リターン(4)
「死んでない……?」
ウエルが困惑の表情で呟く。フルドとカルドも驚きの表情でウエルを見つめていた。
「どういうことなんだ」
住民たちもウエルを見つめ、何人もがその言葉を口にした。
どういうことなんだ?そんなのわたしが一番知りたい。
ウエルは少々混乱しながらそう思っていた。何か思い出そうと努力してみても、ここへ来る直前の記憶だけなぜかばっさり切り落とされているようで、何一つ記憶に残っているものは見つからない。
ウエル自身、ここへ来たことが死とイコールで結びついていたのだ。他のみんなもきっとそうだったに違いない。おそらく、この中で人一倍死に詳しいであろうタイダでさえも。
「どういうことなんだ」
もう一度誰かが言った。
「ここにいなかったわたしがそんなこと知るもんですか。わかっているのはこの人がまだ死んでいないことと、タイダがそれを見落としたってことだけよ」
ピンリーがさらりと言う。しかしそれだけでこの場が収まるとは思えない。
ウエル自身も納得できなかった。自分は死んでいない。つまりこれは、俗に言う臨死体験のようなものなのだろうか。
ピンリーの発言から数秒もたたないうちに辺りがざわついてきてしまった。その場は騒然とした雰囲気に侵されてしまう。しかしそこにフィセナが割り込み、一瞬の後にその場はまた静寂に包まれた。フィセナは言った。
「この争いを一度終結させるために、ウエルの力は必要不可欠だったのよ。それはわたしもわかっていたわ。でも、死んでいない人をここに呼ぶなんて芸当ができるはずはないから、それはあくまで理想でしかなかったの。だけど数日前にウエルがここにやって来て、この世界は救われたわ。誰がやったのか、どうやったのか、そんなこと今はもうどうだっていいじゃない。わたしたちは彼女がいなければ、すでに消滅していたかもしれないんだから。きっと神様のお導きだった、今はそういうことにしておきましょう」
その言葉に対し、ウエルは慌てて否定した。
「わたしは何もしてない。結局足手まといになってしまったし……。何も、感謝されるようなこと
はしていないんだ」
ウエルはそう言うが、フィセナはにこやかな笑みを浮かべながら、ゆっくりと首を横に振った。
「あなたがいたからこそ起こった結果なのよ、ウエル。あなたがいなければこの世界はどうなっていたかわからなかったもの」
「よく……わからない」
「あなたに助けられた人はたくさんいるはずよ。あなたは気づいていないかもしれないけれど、少なくともわたしはそう思っているわ」
ウエルはなおも不思議そうな顔をするが、フィセナはウエルの手を取って言った。
「さあ、早く戻らなくては本当に死んでしまうかもしれないわ。生きた精神と体が長時間離れるなんて前例にはないし、何が起こるかわからないもの」
「そうだね、とにかく早く体に戻った方がいい」
タイダが同意した。
「ここ二日間で起きたことに関しては気にしなくていい。本当の黒幕は今回の件でずいぶんと痛手を負っただろうし、もしまた何か仕掛けてくるとしても作戦の練り直しなんかもあるだろうから、もうしばらくの間、少なくても二、三十年は息を潜めていると思うんだ。霊人の寿命は言うほど長くないし、もしかしたら再戦の前に黒幕が寿命を終えてしまう、なんていうあっけない終わり方もあるかもしれない。それにもし動きがあったとしても、僕がきちんと対処するからウエルは何も心配しなくていい」
タイダの戦うところを見たわけではないけれど、タイダならやれると思う。そんな気がする。不安がないといえば嘘になるが、タイダにはフルドやカルド、フィセナやラガーなど頼もしい仲間がいるから、本当に大丈夫なのだろう。むしろ実力もないのに突っ走る自分がいない方がいいのかもしれないとさえ思うくらいだ。今回は本当に迷惑をかけてしまった。
しかしそこはどうあれ、そもそも生界に帰るとなればウエルの敵はそこではない。
「……あの生界に、戻るのか?」
ウエルは思わずそう言った。
夢も希望もない、あの世界。父も母もクラットも、大切な人が誰もいなくなってしまった、孤独な世界。
「そんな言い方はしないでくれ」
タイダが言う。悲しんでいるような、哀れんでいるような、そんな感じの言い方だった。
「僕も君に必要以上の厄災がいかないよう、今まで以上にがんばるよ。だからウエルも生界でがんばってほしい。ちゃんとここから見ているから」
「がんばれって……」
ウエルは不満げに言った。タイダはがんばれと簡単に言うが、ウエルにとってはとても大変なことなのだ。
「みんな応援しているよ」
タイダの言葉にフルドやカルド、フィセナが頷いた。そして小さく「異例のことだから上手くいくかどうかはわからないけれど」と不吉なことを呟いてから、青白い光をウエルに向かって放出した。刹那、ぐらりと足元が揺れる。
まずは周りに押し寄せていた闇人たちの顔が闇に溶け、次にフルドやカルド、フィセナの顔が溶けていった。最後にタイダの顔もゆっくりと闇に消え、ウエルの体はがくんと闇の中に落ちていった。手を伸ばしても何もつかめない。ウエルの手はタイダの残像をかすり、空しく伸びていた。
――がんばれ。
みんなの声がこだました。
少しだけ、がんばってみよう。そう思った。もう一度あそこへ戻った時、自分の人生を誇れるように。せめて恥じることだけはないように。少しだけ、がんばろう。わたしはわたしにできることを、今は一生懸命こなしていこう。
今のわたしにできること、つまりそれは生界を懸命に生きていくということだ。




