リターン(3)
「あの、ちょっといいかしら」
不意にフィセナが手を上げて言葉を発した。
「少し聞いてほしいんだけど……」
フィセナはそう言って、どこからか突然オコジョに似た白い動物を取り出した。その動物はじっとウエルの顔を見つめて動かない。
「ピンリー!?」
タイダが突然声を上げた。それから一瞬ウエルたちの方に振り向き、「僕が以前、獣界から連れ帰ってきた幻獣なんだ」と軽く説明をする。
ピンリーというらしいその白い動物は、タイダの声にピクリと反応し、ぱっと顔の向きを変えた。
「タイダ!」
ピンリーはフィセナの手から飛び降りてタイダの腕を駆け上り、最終的に肩の上に落ち着いた。
「突然いなくなったから、ここが嫌になって逃げ出したのかと思っていたよ」
タイダが言った。
「まさか!わたしがここのことを嫌になるはずないじゃない!」
ピンリーが大げさに驚いて言った。両手を上げて体を後ろに反らし、周りから見たらかなりオーバーな動きをしていたが、どうやら本人は大真面目のようだった。しかし声が高いので叫ばれると耳が痛くなる。住民たちの顔を見回すと、若干顔をしかめる者が見受けられた。
「天の国にふらっと遊びに行ったら、住民につかまっちゃったのよ。頼んでも帰してくれなくて。でも今日はめずらしく家を長く空けていてくれたから逃げられたの。その後は全く覚えてないんだけど、多分どこかで倒れていたんでしょうね。気がついたらここでその女性の手の上よ」
一気にしゃべり、最後にフィセナを指差した。フィセナはにっこりと微笑んで言う。
「フィセナよ。……それより、さっきわたしの手の上で呟いていたことを、もう一度言ってほしいの」
「ああ! そうね、早くしないと厄介なことになるものね」
ピンリーは早口でうわ言のように言った。そしてウエルを見つめる。ウエルはわけがわからない
ままにピンリーを見つめ返した。タイダが怪訝そうな顔をする。
「ウエルがどうかしたのかい?」
「別にやきもちを焼いてるんじゃないわよ。ええ、誰が焼くものですか」
何を思ったのかピンリーが急に弁解をし始める。フィセナが疲れたような表情をした。ウエルはフィセナのそういった表情を初めて見た。ピンリーと相性がよくないのかもしれない。
「ピンリー、誰もあなたの気持ちは聞いていないのよ。あなたの言った通り、さっき言っていたことが本当ならとても厄介なことになりかねないわ。だから、もう一度みんなの前で言ってみてちょうだい」
フィセナが穏やかに強制した。
「あら、ごめんなさい。ついつい話がそれてしまって。そう、そのウエルとかいう子なんだど……、というかタイダ、この子の過去をちゃんと見ていたの?」
顔をぐいっと近づけて聞く。またもや話がずれつつあるが、気づいているのかいないのか、ピンリーはフィセナの冷たい視線など全く気にせず、平然とした態度を取っていた。
「もちろん見ていたさ。過去というよりは一日ごとにその日の出来事を見ていたという感じだったけれど」
タイダが答える。ピンリーは「そう」と頷いてから新たな質問を投げかける。
「じゃあ、死ぬ瞬間は?」
タイダが急に押し黙ってしまう。しかしそれくらいでピンリーの勢いは削がれたりしなかった。
ピンリーはさらに聞いた。
「死ぬ瞬間は見たの?」
「……見てない」
タイダがうつむきながら後ろめたそうに答えると、ピンリーは肩の力を抜き、周りからすれば普通のペースで、しかし本人にしてはかなりのスローペースで優しく語りかけた。
「あなたが何を思って死ぬ瞬間を見なかったのかは知らないけどね、タイダ。あなたは闇の番人なのよ。どんな理由があったって特別扱いや差別だけはしちゃ駄目。番人たるものいつでも公平な立場にいなきゃ。……わかるわね?」
「……ああ」
タイダの返事を聞き、ピンリーはにっこりと微笑む。
「さて、ここからが本題よ。みんな聞いて。ここにいるみんなよ」
住民たちの方に体を向き直して、小さな手を大きく広げ、何度か手を打って懸命に注目を集める。
「タイダはまだ番人をやめることができないわ。もしどうしてもやめろって言うなら仕方がないけれど、誰もそうは言わないでしょうね」
ピンリーは首を伸ばし、住民たちの顔を大げさに見回して間を取った。みんなはピンリーが一体何が言いたいのかわからず、ただひたすら次の言葉が出るのを待つ。
「だって、この人はまだ死んでいないんだもの」
ピンリーがはっきりとそう告げた。
「まさか……」
タイダは目を丸くした。
ざわざわと辺りが騒ぎ出し、国中に動揺と驚きの波が広がっていく。ウエルも驚いて言葉が出ない状態だった。




