奪還(2)
「なるほどね」
タイダは渾身の力で壁を押す。しかし壁はびくともしない。カルドも真似をして一緒に壁を押すと、わずかだが壁が動くのを感じた。どうやら回転扉になっているようだ。最終的にはフルドも協力して、何とか扉が開いた。中には縛られた格好のフィセナが立っている。
「余裕そうじゃないか」
タイダが言った。
「どこが余裕そうだっていうの? もう少ししたら酸欠で死んじゃうところだったのよ」
ぱらりと体に巻きつけられた縄を落として言う。
「確かに縄は自分ではずせるし、次期番人とはいえ力はすでに持っているから、脱出も簡単にできたと思うでしょうね。でも、この扉は外側からしか開かない仕組みになっていたのよ? いくら力があったって意味がないわ。内側から開かないようになってるんだから、その時点で脱出は不可能だったのよ」
かなり機嫌を損ねているらしい。しかしこの狭い空間に閉じ込められていたのだから八つ当たりしたくなるのも当然かもしれなかった。
タイダはその部屋に視線を向ける。天井までの高さは二メートルもない。それだけでも息が詰まりそうだが、奥行きと横幅は扉が回転する分を差し引きすると、共に一メートル弱しかなさそうだった。
「でも、間に合ってよかったよ」
タイダが屈託なく言って笑った。何だかんだ言いながら、自分が一番フィセナのことを案じていたのだ。フィセナはタイダを抱きしめて素直にお礼の言葉を口にした。
「助けに来てくれてありがとう」
フィセナはタイダから体を離し、フルドとカルドにもお礼を述べた。
「あなたたちも助けてくれてありがとう」
「あ、いえ……」
フルドが慌てて頭を下げる。
「むしろ僕のせいでこんなことになってしまって、すみません」
フィセナはフルドを助けたがために、捕らわれてしまったのだ。しかしフィセナは軽やかに笑って言った。
「あれはわたしが好きでやったんだから気にしないでちょうだい。それにシャラーはわたしがタイダと通じていることが気に食わなかったみたいだし、遅かれ早かれこうなっていたと思うもの。むしろ恐い思いをさせちゃってごめんなさいね。あれはもちろん本心じゃないから気にしないでちょうだい」
そこでフィセナはくすりと笑う。
「夢に出なければいいんだけれど」
フルドも思わず笑みを見せた。
「確かにあの時は怖かったですけど、その名演技のおかげで命が助かったんですから、たとえ夢に出てきたとしても僕は感謝し続けますよ」
フィセナはありがとうございますとお礼の言葉を述べるフルドにどういたしましてと微笑んだ後、急に心配そうな表情を浮かべてタイダへ顔を向ける。
「そういえば、どこもけがはしてない? それに体は大丈夫なの?」
フィセナもみんなと同様、タイダが短時間のうちに再び光の国へ足を運んでいることを気にしてくれているようだ。
「大丈夫だ、どこも心配はいらない。……僕はね」
タイダは苦々しく言葉を濁す。
「……誰かがけがをしてしまったのね」
「ああ……。でも有能な医者がそばについているし、大丈夫だと思う。……それよりも、頼みたいことがあるんだ」
そう言って倒れたシャラーのもとへ歩み寄る。
「この人を助けてくれないか?」
「……それって、大丈夫なの?」
フィセナがわずかに驚いた。そしてタイダの目の前に移動し、瞳をじっと見つめる。
「シャラーは今回の事件の黒幕なんでしょう?」
「……ある意味では」
タイダはゆっくりと慎重に答える。
「黒幕でもあるし、また、被害者でもある」
「どういうことなの?」
フィセナが首をかしげる。少し離れたところで黙って聞いてはいるが、フルドとカルドも興味深そうな目を向けていた。
「……詳しくは闇の国に戻ってから話そう。フィセナも来てくれるね」
「ええ。少しだけなら」
フィセナは躊躇せず答えた。
「ありがとう。それでシャラーなんだけど……」
「光を送り込めばいいのね?」
「ああ。話が早くて助かるよ」
体内が大量の闇で侵されているため、光を送り込んで浄化する必要がある。そこで光の力を持つフィセナの協力が必要だったのだ。しかし傷の方まではどうしようもないので、浄化が終わった後、医者の手で直してもらうしかない。
「医者は今ラガーに呼んでもらったから、じきに到着すると思う」
「そう」
フィセナは番人の患部に手を当て、タイダと同じような青白い光を放出した。
「これで大丈夫なはずよ」
フィセナはさすがといった感じで、かなり手際がよかった。
医者の手配はすでに済んでいるので、シャラーは端のほうに寝かせておくことにした。
「それじゃあ早く戻ろう」
タイダが急かすように声をかけると、カルドが言い辛そうにそれを止めた。
「あ……、でも」
「カルド、どうしたんだい?」
「いや……、その、俺たちを狙っていたり、もしくはそのせいでけがを負った光人たちはどうしますか?けがの方はそんなに深いものを負わせてないので大丈夫かもしれませんが、何とか収拾をつけないと帰りにまた襲われかねません」
それはもっともな意見だった。
「わたしが何とかするわ」
フィセナがにっこりと笑って言った。確かに次期番人が何かを言えば、素直に言うことを聞いてくれるに違いない。次期とはいっても後に番人になる者なのだから、それなりの効力は持ち合わせている。
実際、帰り際に何度か襲いかかられはしたが、みんなフィセナがいるのを見て一様に動きを止めたし、フィセナが「もう無益な争いはやめなさい」と声を張り上げれば、戸惑いながらも武器を下ろした。
「もっと早いうちにこうできればよかったんだけど……」
フィセナが申し訳なさそうに言う。
確かにフィセナが初めから動いていれば、そもそも争いは起こらなかったかもしれない。しかしこれでもフィセナは精一杯動いていたのだ。国の様子をタイダに密かに伝える、あの時はそれが限界だった。
シャラーとフィセナだったら闇の国排除思考であるシャラー側につく住民がはるかに多く、下手に動けばフィセナ自身の命が狙われかねなかったのだ。
「タイダ、こう言うと逃げの言葉に聞こえてしまうかもしれないけれど、今この国の住民に根付いた闇への感情はなかなか消えないと思うの。一度根付いたその感情を消すのはとても難しいわ。間違った思想ほど長く残って、正しいものほど廃れやすいものだから」
タイダは黙って聞いている。フルドもカルドも静かにそれを聞いていた。「間違った思想ほど長く残り、正しい思想ほど廃れやすい」その言葉はずっしりと心の中に入り込んできた。確かにそうかもしれないし、そうではないかもしれない。タイダにはまだその判断はつかない。けれどとても重要なことだというのはわかるので、頭の中でずっとその言葉を巡らせていた。
「……でもね」
フィセナが続ける。
「少しずつでも、その間違った闇への感情を正していきたいと思うの。いいえ、そうするわ。どんなに時間がかかっても、必ず正してみせる」
それはまるで自分に言い聞かせているようであって、同時にタイダたちに誓いを立てているようでもあった。必ず正してみせる。そう言ったフィセナの顔は、まぎれもなく光の国を代表する番人そのものであった。
フィセナは将来の番人として、自らとタイダたちに誓いを立てたのである。




