16 奪還
「待っていたわ、闇の番人」
部屋にポツリと置かれた高価そうな椅子に座り、シャラーが悠然と言った。部屋には彼女の後ろにある大きな窓と、そこに白いカーテンがかかっているだけで、他に家具は何も見当たらない。光調節機すら見当たらなかった。しかし相手は光の番人だ。自分で調節するから必要ないんだろう、と思い直す。
「次期番人は、どこにいる?」
タイダが問う。しかし番人は答えなかった。
「教えるわけがないじゃない」
突然タイダの意識がぐらりと揺れた。倒れそうになるのを何とか堪え、体勢を立て直す。
「光を強くしたか」
シャラーはにやりと笑う。ただでさえ短時間しか間を空けずにここまで来ているのだ。もって三十分という計算をしていたが、このままだと二十分もつかどうかさえ怪しくなる。
「何ならもっと強くしてあげましょうか?」
返事を聞く前に光の濃度を上げられてしまった。これは早めに切り上げるしかない。
タイダは腰のホルスターに手をやり、そこに隠し持ってきた短剣をホルスターごと握り締めた。
――チャンスは一度だけしかない。
タイダは一度ホルスターから手を離すと、今度はホルスターの留め具をはずし、鈍く黒色に光る拳銃を取り出した。
バン、バン。
でまかせに撃ってはみたものの、先ほどから視界が揺れて狙いが上手く定まらない。部屋の光が強すぎるのだ。
タイダはもはや立つこともままならず、その場にしゃがみこむ。シャラーはその様子に気づき、さらに深い笑みを浮かべた。
「カーテンに一発。もう一発は……、どこに行ったんでしょうね?」
顔の表情はぼやけてよく見えないが、ニヤニヤと笑っているであろう姿が目に浮かぶ。せめて一瞬でもこの光が弱まってくれれば何とかなるのだが……。
シャラーが椅子から立ち上がり、一歩、また一歩とタイダのほうへ近寄ってくる。
「まさか闇の番人ともあろう方が、こんなにも弱いなんてね」
シャラーが唇をぺろりと舐め、小さく言った。よく聞こえなかったが、声の質が変わり、トーンも少し落ちたようだった。
しかしそれを疑問に思う間もなく、シャラーは手元の剣を振り上げた。慌てて銃を構えようとするが、頭では理解していても体がついてきてくれない。タイダは銃を諦め、何とか力を振り絞って体を横に倒した。剣は髪の毛をかすり、倒れた背中の横に突き刺さる。まさに間一髪だ。
(光さえ弱まれば……)
ここまで光が強くなるとは予測していなかったため、自分で想像していたよりもかなり悪い状態に陥りつつあった。ここまで光を強くできるこの番人を誉めてやりたいところでもあるが、この状況ではそうも言っていられない。おちおちしていれば次の攻撃がやって来る。
「くっ……」
壁の力を借りて何とか立ち上がり、もう一度剣を構え直したシャラーを睨みつける。途端、ふっ、と体が急に軽くなった。
(光が、弱くなった……?)
タイダはほとんど無意識のまま腰の短剣へと手を伸ばし、右手で握り締めてから左手でそれを支えるようにして持った。そして、自分の全体重をかけてシャラーへ突き出す。短剣はぶす、ぶすっと一度突っかかった後、刃の付け根まで深く突き刺さる。
「う……」
シャラーの目が真っ白に変化して、髪の毛が逆立っていく。
「ぐわあああああああああ」
まるで水分が一気に蒸発するかのように、シャラーの中から何かが急速に放出されていく。それはシャラーの叫び声と共に空の彼方に消えていき、後にはぐったりとしたシャラーが取り残された。シャラーがゆっくりと床に倒れ込む。しばらくの間は目を覚ましそうにない。
「大丈夫ですか、タイダさん!!」
前方からフルドとカルドの声がして、シャラーを見つめていた目を素早く引き剥がす。タイダは慌てて顔を上げた。
「ウエルは?」
自分はけがも体調も大丈夫だと答えた後、彼らが次に発した言葉がそれだった。この部屋に入る直前にウエルを保護したことだけは伝えていたけれど、ずっとウエルの様子を気にしていたらしい。
「無傷で連れて帰れたらよかったんだけど、ウエルはひどくけがをしていたから先に闇の国へ戻したんだ。けがについては、天の国から優秀な医者を呼んであるから信用してくれていい」
フルドとカルドは顔を見合わせ、複雑そうな表情を浮かべる。そしてその後、やっと気づいたように、倒れているシャラーの安否を気遣った。
「……死んでないですよね?」
「死んでいないよ。ただ内側から闇の力をたくさん注入したから、放っておくと危険だ」
剣にはあらかじめラガーに頼んで、闇をたっぷりと染み込ませておいた。その上タイダ自身の力も込めて突き刺したのだから、いくらシャラーとはいえ体がもつはずはない。
「あ、あとフィセナさん!!」
フルドが焦った声を出す。フィセナのことはすっかり忘れていたらしい。二人はウエルのことで頭がいっぱいになってしまったようだ。
「そうだね。早く見つけないと。……でも」
と、タイダは不思議そうに二人を見つめた。
「二人とも、さっき僕を助けてくれたみたいだけれど、一体何をしたんだい?」
その問いにフルドが、唇の先をわずかに上げる。
「たいしたことはしてないですよ。ただ僕たちは、椅子を運びやすくしたまでですから」
二人の後ろを覗き込むと、窓の前には一見して椅子とは思えないような物体が散らばっていた。それには面影すら残っておらず、もはやただの木屑であった。
「多分、椅子に光調節機が仕掛けてあって、それで室内の光を調節していたんだと思います。光の番人は力のコントロールが下手だって話はよく聞きましたけど、本当だったみたいですね」
駄目元で椅子を壊してみたんですけどね、とフルドがおかしそうに言う。この読みのおかげで命拾いをしたのだ。感謝しなくてはならない。
カルドは何かが気になったようで、しゃがみこんで壁の周辺を見つめ始めた。
「どうしたんだい?」
タイダはゆっくりと立ち上がった。多少の立ちくらみがあったが気にするほどではない。
「ここの壁下の床に、薄い線がついているんです」
言われた部分を見てみると、確かに床にこすったような跡があった。




