14 迎え
「恐いんだ」
「!!」
ウエルは振り向き、思わずつかまれた服の袖を払って後ろに飛びのいた。剣の柄を強く握り締め、相手を用心深く睨みつける。
相手は子供だった。十歳くらいの少年だ。
その少年は珍しい銀髪で深い青の瞳を持っていた。首には十字架のぶら下がった、シンプルな銀のネックレスがかかっている。少年は手を後ろで組みながら、なぜかにこやかに微笑んでいた。
(どうして子供がここにいるんだ?)
ウエルは混乱した。斬るべきか、斬らざるべきか。頭の中で二つの考えが錯綜している。
「わかるよ。だって僕も恐いんだ」
少年はこちらが剣を構えているのも構わず、飄々と話し掛ける。
「……でもね」
少年はいつの間にかすぐそばに来ていた。
「―――!!」
腹に痛みが走る。それは刹那のことで、何が起こったのかさっぱり理解できなかった。ただ一瞬、視界の先にきらりと光る刃のような物が見えた気がした。それだけだった。
ウエルはその場にうつ伏せに倒れ込んだ。
「恐怖に負けて剣先が鈍ったら、おしまいだよ」
意識が遠のく中で、その声だけが延々とウエルの頭に響いていた。
「どう考えたって助けは来ない。ほっといても他の奴にやられるか……、もしくは出血多量でどの道死ぬな」
少年はすでに意識のないウエルの顔を覗き込みながら平然と言う。手には鈍く銀色に光る剣が握られている。剣は特注品で、身長の低い少年が扱うのにちょうどいい長さに作られていた。剣の腹にはアルファベットで小さく「スティーグス」と彫られている。
少年はつまらなそうに剣を鞘へと収めた。
「番人からこいつのことを聞いて楽しみにしてたんだけど……。霊界の人間は見た目が多少幼くても、知的能力を含め、その後手に入れるはずだった能力は全て手にしている。つまりここに存在する全ての者は大人と等しい。そんなことも、わからないなんてね。……興ざめだよ」
少年はさげすむような目でウエルを一瞥すると、背中を向けて去っていった。
「……」
どれくらい時間が経ったのか、ウエルが目を覚ますと少年の姿は見当たらなかった。ずいぶん気を失っていたようにも思えるが、時計を確かめると一分ほどしか経過していなかった。
「うっ……」
ウエルはうめき声と共に顔をしかめた。体を起こそうとした瞬間、ものすごい痛みが体を突き抜けたのだ。何とか体を少し浮かせて腹を覗く。当然のことだが血は流れていない。しかし何かに刺されたような跡がはっきりと見て取れた。
「ううううう!」
痛みを堪え、何とか体を起こして近くの壁にもたれかかる。
「剣で刺されたのか……」
しばらくは頭がぼんやりとしていたが、急に思いつくものがあって、ウエルは唐突に自分のズボンに巻きついたベルトをはずした。そして傷の部分に当てて、そのままベルトをきつく締める。
「止血の意味って……あるんだよな?」
自分でやったことではあるが、少しも自信がない。だって、血が流れていないのにどうして止血をする必要があるのだろう。
そうは思うのだが、今朝フルドとカルドの家のテーブルに置いてあった物が頭に浮かんできてしまったのだから、仕方がない。ウエルは今朝、確かに絆創膏を目にした。趣味で集めているとは考えずらいので、きっと血が流れなくても止血は必要ということなんだと思う。しかし……。
「いくら止血したって、この傷じゃ助からないだろうな……」
ため息とともに言葉を落とす。光人が来れば確実にやられてしまうだろうし、もしフルドやカルドがここへ来てくれたとしても、この敵の中、けがをした自分を連れて行くなんてさすがに不可能もいいところだ。彼らが治療用具を持っていて、なおかつこの傷をふさげる技術を持っていれば可能かもしれないが。
死に直面して、思い出すのは霊界に来てからの出来事ばかりだった。
(生界ではろくな人生を送っていなかったからな……)
ウエルは苦笑した。人生最大の厄災は、きっとどの親戚の性格も破綻していたということだった。タイダが霊界でどんなにがんばろうと、親戚の性格までは変えられない。だからどれほど厄災が減ろうと、ウエルの人生はあまりいいものにはならなかったのだ。
ただ、もしタイダが何もしていなければ、その親戚たちにもっとひどい対応をされていたことが容易に想像できるので、タイダの行動が親戚に対して全く無意味だったとは思っていない。
ウエルは無線機を取り出した。
「……タイダ」
声をかけると、タイダはすぐに応答した。
『ウエル! 何度か呼びかけたのに反応がないから心配しただろう』
無我夢中で剣を振るっていた時なのか、気絶していた時なのか。どちらにしろ全く気づいていなかった。
「ごめん」
ウエルは素直に謝った。何に対してのごめんなのか自分でもわからない。たぶん、謝るべきことが多すぎるのだ。
『……ウエル?』
「……ごめん、もう駄目そうだ……」
ウエルは弱々しく言う。ただ事ではないと確信したタイダが声を荒らげた。
「何かあったのか!?」
「剣で腹を深く刺された」
『なんだって!今どの辺りにいる!?」
「中央の塔の四階の……、多分端の方に」
『わかった。何かで止血して待ってるんだ』
そう伝えた後タイダの声が急に遠くなり、無線機の向こうで住民に指示を出しているのが聞こえた。
(ラガー、天の国のカレーンとビロッドに連絡を取って)
(カレーン、ビロッド。申し訳ないが今すぐ光の国へ向かってくれないか)
(ラガー、君は――……)
ウエルは無線機を地面にことりと置いた。
――タイダが来てくれるわけじゃないのか……。
それはそうか。タイダは仮にも闇の番人だし、しかもまだ光の国にやって来られるほど体は回復していないはずだ。そんなタイダが自分なんかのためにわざわざやって来るはずがない。
――何を期待していたんだか……。
ウエルは静かに目を閉じた。
そもそも、自分は勝手に飛び出して、結局何の役にも立たなくて、その上他人に迷惑をかけて、一体何をしているのだろうか。これでは周りに余計な手間をかけさせただけだ。
「でも」
自分から一歩踏み出したということだけは誇りに思いたい。確かに何もできなかったし、その上、迷惑をかけてしまったが、それでも今までの自分からは想像できないほどの大きな変化なのだ。生界では何もかもを諦めて、自分のためでも、他人のためでも、何かを成し遂げようなんて考えたことはなかったのだから。
しばらくすると窓の外から強い風が巻き起こり、ゴウン、ゴウンとプロペラの回る音がした。
……ヘリコプター?
どこから持ってきたのだろう。目を開けると窓の外には赤い派手なヘリコプターが待機していた。規則的に上下に揺れ動くその中で、ひげを生やしたとても気さくそうな男が手を振っている。
しかし、もはやその光景はウエルの目に入っていなかった。ウエルはその手前の、金髪の少年に気を取られていたからだ。少年は慌ててウエルのそばに駆け寄ってきた。
――来て、くれたんだ……。
「タイダ」
ウエルは目に映った人物の名前を口にする。意識はもうろうとしかけていた。
「とりあえず麻酔をしてからヘリへ運んで、本格的な治療はその後だ」
そう言ってそばに医者らしき男を呼び、麻酔を打たせる。次第にウェルを眠気が襲う。
「全……身、麻酔……?」
どうして全身麻酔の必要があるのだろうか。局部麻酔で十分じゃないのか。もし必要な行為だったとしても、今ここで打つ必要はないはずだ。
考えすぎか……?
もしかしたらこれが普通の手順なのかもしれない。ウエルは医学を学んだわけではないし、この国の常識はよく知らない。
だけど、何かが胸につかえて離れない。何かが、おかしい。
なぜだかそう感じていた。ウエルは意識がもうろうとしながらヘリコプターに運ばれていく中で、何とか意識を保ってタイダを探した。ヘリコプターには乗っていない。ではまだ城の中なのか。首を反対側に向けて、やっとタイダの姿を捉えることができた。タイダはヘリコプターへ背を向けていた。
「タイダ!」
ウエルは叫んだ。タイダはわずかに振り返り、申し訳なさそうに微笑んだ。
一人で行くつもりなのか。そう言おうとしたが、もう限界だった。出血多量に加えてさらに全身麻酔の効果が加わり、ウエルは急速に眠りの中へと落ちていく。
タイダは前に向き直り、ゆっくりと歩き出す。
――ラガー、僕のわがままを聞いてくれるかい?
――……。
――僕も、光の国へ行こうと思うんだ。
――……それは……許可できない。せめて明日にならないと……。
――うん……、そう言うと思っていた。……だから、約束する。だれか僕の仲間が死に追いやられそうになったその時にだけ、行くってことを。
――「死なない」とは、約束しないのか?
――……ごめんね。
「ごめんね」
タイダは微かに口を動かし、誰にも聞こえない声でそう言った。




