13 窮地
「ウエルが一人で城に向かった?」
タイダは声を上げた。
そうだ、そうだった。ウエルは人がなんと言おうと突っ走っていってしまう、そんな人だった。
『今俺らで追いかけてはいるんですが……』
頭の中でカルドが言った。言葉ががんがんと頭に響く。
「ああ。ありがとう。ウエルを見つけ次第、こちらに戻ってきてくれ」
頭を押さえながら言う。
『……フィセナさんは?』
カルドが心配そうに問う。
「あの人は抜け目がないし、案外ずる賢いところもあるから平気だろう」
そう答えてはみるものの、確信は何一つない。
「――だが、本当に危険な状態にあるように見え、さらに自分たちの力だけで救出が可能だと判断した場合のみ、救出を許可する」
形式ばった口調で指示を伝える。これが今許可できる最大の範囲であった。
『……わかりました』
カルドが了承し、通信を終える。タイダは深いため息をついた。
「……戦争とは本当に嫌なものだね。だんだんと何が正しくて、何が正しくないのかがわからなくなってくる。何をやっても、まるで自分が禁忌を犯しているような気分になるんだ……。――ねえ、僕は正しい道に進んでいるのかい?」
背中を向けたまま、そばに控えているラガーへ問う。
「戦争自体が、禁忌なのだ。……元から正しいも何もない。一度戦争が始まれば、誰も正しい道には進めない」
「そうだね……」
タイダは静かに肯定した。もう拳を握ってはいない。
「ラガー、僕のわがままを聞いてくれるかい?」
タイダから発せられた思いつめたような声を受け、ラガーは不安げに顔を向けた。
フルドとカルドはウエルを追いかけ、ウエルが城に入るところまでは何とか確認できたが、その後はすっかり見失ってしまった。
「……まずいな」
フルドが小さくこぼす。二手に分かれて探す方が効率もいいのだろうが、カルドはずいぶんと衰弱している。むしろ分かれた方が心配の種は増えてしまうだろう。
「カルド、行こう」
二人で地道に探していくしか方法はなかった。フルドはただ自分の勘に従い、突き進んでいく。階段がどれくらい設置されているのかはわからないが、とにかく見つけ次第上ろうと思った。
どの経路を使うかはともかくとして、とりあえず最上階を目指せばいずれウエルに会えるだろう。フィセナが番人に連れ去られたと聞いた以上、番人がいるという最上階を目指すのは必然だからだ。
「最上階、ってことは中央の塔を目指せばいいんだね」
外から見た時に、三つの円柱の塔のうち中央の塔だけ一階分ほど高く作られていたので、中央の塔の最上階に番人がいると見て間違いない。
一階、二階とあまり敵に遭わずに済んで出だしはずいぶんと快調だったが、そのあと中央の塔に入ってからは、敵の数がぐんと増えた。
共通の区画から個別の塔へ入ったおかげでフロアの面積が減り、複数あった階段も一つに限定されたので、ウエルが同じ道を通ったのは間違いない。それはところどころに倒れた光人たちを見てもわかる。ウエルはすでにここを通過した後だ。
しかしそれでも新たな敵がフルドとカルドのもとにやって来て、目の前の道をふさいだ。軽く三十人はいる。
「ウエルのほうの増援はもっと少ないといいんだけど」
剣が容赦なく二人を襲ってくる。全て倒してから進んでも構わないのだが、とにかく先に進みたいフルドとカルドは必要最低限にしか剣を振るわず、階段を上り切ってから壁にかかった絵画などを落とし、敵の大幅な足止めを狙った。
しかし四階に到着すると、先ほどの倍以上の敵に出くわした。しかも今度は、一筋縄では行きそうにない連中も数人ほど見受けられる。
「結構な手練が混じってるね」
フルドとカルドの額にうっすらと汗がにじむ。もたもたしていれば先ほど撒いた敵も追いついてきてしまうだろう。
「うああああ!!」
ウエルは目に入ったものを全て素手で殴り飛ばしてがむしゃらに突き進んだ。しかし最初こそ自分の腕で何とか対応していたものの、先に進むにつれて自分に向かってくる光人たちの数が徐々に増えてきている。
しかも武器のほうは外で推測していた通り、先に進むにつれて鉈や鎌を一つの通過点としながら、次第に剣の割合が増えてきている。しかも確実に相手の強さも増してきていた。
番人のそばには強い者を残し、弱い者を外に出向かせたのだろう。剣を使うのに抵抗があるから、などと言って、避けてはいられない状況になりつつあった。
「仕方がないか……」
本当ならカルドのように鞘ごと剣を振って済ませたかったのだが、ウエルの技術を考えるとそんなことはできそうにない。ウエルは腰の剣をするりと抜いた。
一つの鞘に収まっていたものだから気がつかなかったが、抜いてみると剣は二本あった。つくりが全く同じ物が二つ。とても薄く、ちょっとした衝撃でも折れてしまいそうな見た目なのだが、触ってみると意外に丈夫そうだ。案外、岩にたたきつけても欠ける程度で済むかもしれない。
ウエルはその二本の剣を構え、向かってくる住民たちを見据えた。人体の急所は心臓と首以外知りもしないが、とりあえず足を狙えば動きは止められるし、死にもしないはずだ。
ウエルはゆっくりと剣を動かした。違和感はない。一度も剣を振ったことがないはずなのに、昔から何度もこの剣を振ってきたかのような、そんな不思議な感覚にとらわれる。
対峙していた三人の住民が同時に剣を振り上げた。ウエルは自らに向かって振り下ろされる全ての剣をなぎ払い、そしてほとんど間を開けずに彼らの足を切りつけた。
ずしゅっ、と肉を切る嫌な感覚がした。
たとえ生界で死んで体はなくとも、お互い触ることができて痛みも感じるのだから、切る感触があって当然だ。一瞬、血も吹き出てくるんじゃないかと想像をしてぞっとしたが、そんなことは起こらなかった。よく考えれば、ここにいる者はみな血の通った体を生界に置いてきている。だから霊界で再現されるのは切る感触や切られた感触までで、中身は伴わないということのようだ。さらによくよく思い出してみれば、道中ガラスでけがをした住民たちも流血はしていなかった。
足を切られた住民たちは、うめきながらその場へ座り込む。
「嫌な感じだ……」
ウエルは顔をしかめて剣を見る。早いところこの感覚に慣れなくてはいけない。誰かを斬りつけるたびに目をつぶるわけにはいかないし、そんなことをしていれば相手や自分の命が危うくなる。
しかしどちらにしろ、剣の使い方や人間の急所について教わらないことには、この先不安で剣を思い切り振れなそうにない。
「!」
ぐいっ、と突然誰かに服をつかまれ、ウエルは硬直した。
(誰かが後ろにいたのに、気づかなかったのか……?)
ウエルに緊張が走る。服をつかんだ誰かはウエルに言った。
「剣を振るのが恐いの?」
「追いついたぞ!」
後方から疲労とも歓喜とも取れる声がした。
「あーあ、来ちゃったよ」
フルドがいたって真剣な顔をしながら言った。階段下に落とした住民たちが、ついに追いついてきたのだ。
「さっききちんと倒しとかなかったのは失敗だったな」
カルドがわずかに口元をゆがませて言う。二人は完全に囲まれてしまった。




