フィセナ(3)
「フルド!」
ウエルは感極まり、思わず抱きついた。
「心配かけてごめん」
フルドがウエルを受け止めながら謝る。
「でも、あまり言い訳を言っている暇も、状況を説明している時間もないんだ」
耳元に届いた真剣な声を聞き取り、ウエルはフルドから体を離して次の言葉を待った。
「フィセナさんが、連れて行かれた」
「え」
ウエルが驚いて声を上げる。五分ほど前だろうか。その時はまだ家にいたはずなのに、いつの間に連れ去られてしまったのだろう。
「フィセナさんは次期番人だから国替えの薬を持っていて、それを使って僕を助けてくれたんだ。だけど僕を拘束しろと命令した張本人の光の番人シャラーや、それに従う住民たちに、『僕が生きている』ということがわかるとフィセナさんが危険にさらされてしまう。だから、僕はしばらく出るに出られなかったんだよ。だけどさっきフィセナさんの行動に気がついたシャラーがやって来て、フィセナさんを連れて行ってしまったんだ」
フルドが早口で言った。
しかしフルドが姿を現せない状況にあったとはいえ、どうして先ほどフィセナは本当のことを言ってくれなかったのだろうか。ウエルは頭を悩ませる。
(そういえば「もうわたしにできることはない」って言い方をしていたか)
それは「時間がないからもうできることはない」の意ではなく、「もうやることは全てやったから他にできることはない」の意だったのかもしれない。ウエルはもしかすると上手い具合に遊ばれてしまったのだろうか。
「だから、早く助けないと」
フルドが言って、ウエルは慌てて頷いた。カルドも遅れて頷いた。
「ああ。じゃあ一回タイダさんと連絡を取ら――」
「――なくていい」
ウエルはカルドの言葉をさえぎって思わず言った。
「連絡なんてしなくていい」
もう一度、今度はしっかりと言った。
どうせタイダと連絡を取ったところで「一度戻って、それから作戦を練ろう」などと言うに決まっている。今闇の国に戻れば国替えの薬の関係上、フルドやカルドは二度と光の国に来られなくなるし、そうしたら天の国から腕の立つ者を呼ぶか、もしくはタイダの休息が終わるのを待つか、とにかく一定時間フィセナの件は置いておかれるはめになるだろう。それでは間に合わないかもしれない。
しかし、ウエルだってタイダの気持ちは十分にわかっていた。ウエルも先の数ある命より、目の前の少ない命を優先するような人間なのだ。だけど同時に、自分の命より相手の命を優先したいと考える人間でもあった。これは偽善かもしれない。エゴかもしれない。だけど、そう思う。
死ぬかもしれない境地に誰かを向かわせなければならない。けれど誰も行かせたくない。
けれど。
けれどそれなら、誰が行く?
それなら、自分が行く。
「もし」
もし他人が行くぐらいなら、自分が行った方がいい。そう決意した人間が多くの人に愛されていて、その人たちも同じことを考えたなら、さらなる矛盾が生じるだけだろう。それともただの悪循環が延々と続くのかもしれない。
しかし。
しかし、自分は、わたしは、どうなのだろう。
「わたしが死んだら」
悲しんでくれる人はいるのだろうか。フルドやカルド、それにタイダはどうなのだろう。よくわからない。泣いてほしい気もするし、この場合は泣かないでほしいような気もする。
「……え?」
ウエルの呟きにフルドとカルドが首をかしげた。
「いや、なんでもない」
ウエルは首を横に振って言う。そしてウエルはまた言った。
決意に満ち溢れた目で。しっかりとした表情で。はっきりとした口調で。
「わたしはフィセナを助けに行く」
自分にどれだけのことができるかはわからない。自分に他人を救えるかなんてわからない。でも、やるだけやりたい。逃げたくない。
今まで人生から逃げたくて逃げたくてしょうがなかった自分が言うのもおかしいけれど。
でも、逃げたくない。そう思った。
「だけど、二人も一緒に来いだなんて言わない。この後は好きにすればいい」
二人のことは巻き込みたくないから。だから、帰るなら帰ってほしい。ウエルは二人の返事も待たず、言い切った途端に一人城へと駆け出した。
「ウエル!」
フルドとカルドが慌てて止めるが、聞く様子はない。
「カルド!」
フルドが目をやるとカルドは静かに頷き、二人もウエルの後を追って駆け出した。
ウエル一人を行かせるなんて、できるはずがないじゃないか!!




