フィセナ(2)
――とにかくカルドと合流した方がいい。
ウエルは倒れた住民たちを器用によけながら駆け出した。住民たちはすでに闘志を失っているようで、けがの手当てに集中しているのが大半だった。やはりそこまでの覚悟を持って向かってきていたわけではないらしい。
(だけど、武器がだんだんちゃんとしたものになってきているのが気になるな……)
先に進むにつれて、鉈や鎌など殺傷能力の高い武器がちらほら見受けられた。最初の方に向かってきた住民たちは、ウエルの推測通りたいした志を持っていなかったのかもしれないが、だんだんその様子は消え失せている。もしかしたら城内の敵はかなり手ごわいのかもしれない。
しかし今のところ敵は全てカルドが引き付けているらしく、未だに腰につけた剣の用途は見当たらない。
城のすぐ近くまで来ると、カルドがふらふらと立ち上がり、剣を重そうに引きずるのが見えた。肉体的にというよりは、精神的に疲れているように見える。ウエルは声をかけようとしたが、右の脇道に人影が見えた気がして思わずそちらに注意を向けた。
「……?」
人影が薄い桃色の服を着ていたような気がして慌ててその小道に入ってみたものの、細い道が視界に入っただけで他は何も見当たらなかった。そこには人の気配が全くなく、真っ白な世界にただ道だけが長く続いていた。人だけでなく、音も、そして空間そのものですらそこには存在していないかのような雰囲気だった。白い家。白い塀。白い道。全てが真っ白で、それがどこまでも続いている。終わりのない白。微かに胸が締め付けられた気がした。
ザザ……ザ……。
突如無線機が声を上げる。妙なタイミングで音がしたものだから、思わず首をすくめてしまった。相手にその様子が伝わっていないのは承知だが、何となく決まりが悪くてぶっきらぼうに応答してしまう。
「……何だ」
『……一旦こちらに戻ってきてくれ』
聞こえてきたタイダの声にも抑揚がない。
「嫌だ」
ウエルは即答した。戻れということは、フルドを諦めろということだ。そんなことをできるはずがない。
『気持ちはわかるが、戻ってきてくれないか。これ以上犠牲者を出したくないんだ』
タイダは言う。
「でも……」
『もう、二十分もとっくに過ぎた。……頼むよ。君たちを死なせたくはないんだ』
辛そうな声で言う。しかし、どうしても納得がいかない。
「今、早いうちに行かないと黒幕を逃がしてしまうかもしれない。次に来た時には手が出せない状態になっているかもしれない。……それでも、やめろって言うのか?」
『……ああ』
一瞬、間を空けたものの、タイダははっきりと言った。
「タイダは闇の国がどうなってもいいのか? 次は手を出せない状況になっているかもしれないのに戻ってこいだなんて、それじゃあ闇の国はどうするんだよ。何かたいそうな理由でもあるのか?どうしても戻らなきゃいけない理由でもあるのか? 犠牲者を出したくないなんて理由は通じない。どうあったって犠牲者は出るんだ。むしろ時間ができる分、お互いにいろいろと用意もできて、次に回した方が犠牲者が増える可能性は高い。それでも戻ってこいと言うのは、何でなんだ」
ウエルはほとんど怒りに任せて言った。少々言いすぎかとは思ったが、止まらなかった。
『……僕は、君たちに死んでほしくないんだよ』
タイダが先ほどと同じような言葉を繰り返す。その口調はかなり切実なものだった。
「でも、戦いがある度にそんなことを言っていたら終わらないじゃないか。戦いに出向く奴全員にそんなことを言っていたら、終わらないじゃないか」
ウエルが困惑して言った。
先に行ったカルド。確かに死んでほしくない。危険な状況に陥るようだったらすぐにでも逃げてほしい。帰ってほしい。
だけど、それじゃあ終わらない。
誰も終わらせられない。この争いは、終わらない。
決定的な矛盾。
死ぬかもしれない場所に誰かを向かわせなければならない。けれど誰も行かせたくない。
けれど。
けれどそれなら、誰が行く?
『僕が――……ん?』
タイダは不意に言葉を止めた。
「……」
ウエルが訝しげに思いながらもタイダの言葉を待っていると、タイダは突然嬉しそうな声で言った。
『ウエル、どうやらフルドが見つかったらしい』
ウエルの脳が一瞬凍結する。
「…フルドが?」
ウエルはやっとのことでそう言った。唐突な吉報に、脳の動きがついていけない。
『ああ。今しがた見つかったらしい。ウエルにも伝えてくれと言われた』
信じられないといった感じでタイダが言った。それはそうだろう。ウエルだってそうだ。フルドはまだ生きていると信じてはいたものの、実際にこうして生きていたと言われてみると、不思議とあまり実感が湧いてこない。けれど生きているという事実はしっかりと脳へ届いていて、安堵と喜びが体中を満たしていく。
「フルドとカルドのところに行ってくる」
ウエルは一度無線機を切り、駆け出した。カルドはまだ城の門前にいて、その隣にフルドが申し訳なさそうに立っていた。




