11 リミット
闇の国で扉を開けた段階では、扉の先はただ七色の空間が渦巻いていただけだったのに、一歩足を踏み入れて扉をくぐると、そこはもう光の国だった。光の国は空だけでなく家も道も、見えるもの全てが真っ白で、目が痛くなりそうだった。ウエルは思わず何度か目をぱちぱちと瞬かせたが、完全に目が慣れる前に光人たちがやって来てしまった。
ずどどどどどど。
光人たちが向かってくる足音が大きく響いた。雄たけびが耳をつんざく。彼らは気持ち悪いぐらいに一様に純白の服を着ていた。極端な反闇の国思想の結果なのかもしれない。
向かってきた住民たちはかなり殺気立っているようだった。武器はまちまちで、フライパンを手にする者もいればお玉や鍋を手にする者もいた。手当たり次第に持ち出してきたのは明らかだ。しかし刃物を持っている人間が見当たらないあたり、殺気立ってはいるものの、本気でウエルたちを殺そうと考えている住民は今のところいないのかもしれなかった。
「俺が前に出る」
カルドがそう言って前に出た。
「剣は得意なんだ」
確かにその言葉通り、カルドの剣さばきは見事なものだった。ウエルの方に敵が行かないように上手く配慮している上に、光人たちの急所をしっかりとはずしながら、鞘をつけたままの剣を振るっている。しかしそれでもひるまず光人たちが襲いかかってきて、きりがなさそうだった。
ザザ……ザ……。
「……ん?」
腰につけた無線機から急に雑音が聞こえてきたかと思うと、続いてタイダの声が飛び出した。
『ウエル、フルドがもし番人と一緒にいるなら、フルドは城の中央の塔、最上階にいるはずだ』
「最上階」
ウエルが繰り返す。時間はあと八分ぐらいしかない。フルドが光の国に入った時刻によっては、もっと少ないだろう。まだ城のかなり手前にいるため、時間内にそこまで行くのは無理がある。
だけど、やるしかない。
ウエルは無線機を握り締めた。
「わかった。必ずフルドを連れ戻すよ」
『……頼んだよ』
苦渋に満ちた声だった。ウエルの頭に、ディルバーの家に行った時のタイダの姿が浮かぶ。タイダはまた拳を握り、自分を責めているのだろうか。
「……こうなったのは自分のせいだとか思ってるんだろ?」
ウエルが問いかけるが、答えてもらうことが目的ではないので、タイダが質問に答える前に言葉を継いだ。
「ディルバーの家はあそこだけが綺麗に残ってたんだから、あんたじゃなくたってみんな確かめに行っただろうし、大体誰かが闇の国から連れ去られるなんて予想できっこなかったんだから、誰の責任でもないだろう!」
一息でまくし立てた後、さらに言う。
「わたしだってカルドの後ろをついていってるだけなんだ。もしここにタイダがいたとしても、探し出す時間は変わんないんだよ。だからタイダはそこで、できる限りのことをやってりゃ十分なんだ」
途中、カルドが不安そうにしてこちらを振り返ったが、気にせずに話し続けた。
一瞬の沈黙の後、タイダの声が聞こえてくる。
『……そうだね。今そこでがんばっている君たちのためにも、今はこちらでできることを精一杯やらなくてはあまりにも失礼だ。……そうだ。途中、少し大きくて周りと雰囲気の違う家があるはずだから、そこに寄ってみるといい。僕が今まで光の国の情報をもらっていたフィセナという女性がいるんだけど、今回も何か力になってくれるかもしれない』
「……わかった。その家を見つけたら、寄ってみるよ」
ウエルとしては、別に失礼だとかそういう意味で言ったわけではないのだが、特に訂正もしないまま通信を終えた。無線機の奥で「ウエルには助けられてばかりだな……」と呟いたタイダの言葉を、ラガー以外に知る者は誰もいない。
カルドが剣を振り続けて五分、まだ城は遠いらしい。そんな中、道の少し先の右側に、例の大きめで周りとは多少違う外観をした家が目に入った。
「カルド、あそこ」
ウエルが指差すとカルドが頷いた。
「とりあえずそこまで先導する。……その後は一人で平気か?」
「平気だ」
ウエルは頷いた。カルドは先ほどまでと同じように鞘つきの剣を振り、ずいずいと前へ進んでいく。ここまで来てもやはり光人たちの武器は鈍器が多く、しかも殺傷能力の低い物ばかりだった。唯一危ないのはフライパンぐらいだろうか。いや、麺棒も当たり所によっては危険かもしれない。
がん、がん、ごん、がこん。
音だけはたいそうなものが響いているが、軽傷を負った光人が思わず武器を手放し、それが床に落ちただけのことなので、何も心配はない。
ごん、かん、きん、がこん。
がしゃーんっ。
「うわああああ」
「きゃああああ」
……前言撤回だ。少し心配したほうが良い。誰かが、おそらく武器として持ってきたであろうビンを落としたせいで、辺り一面にガラスが飛び散っている。
飛び散った破片は周囲の人々に危害を加え、少々悲惨な状態となっていた。
「……」
一瞬助けるべきか迷ったが、破片が目や頭に刺さった者は見当たらない。みんなそこそこの軽傷のようなので、自分の仕事を全うすることにした。カルドも同じように判断したのだろう。一瞬目を向けたものの、すぐに前に向き直って再び走り出した。
大きな家の前まで来ると、左への緩いカーブの先に、塀で囲まれた城の全貌がはっきりと見て取れた。二階辺りまでは横長の四角い建物になっていて、そこから円柱の塔が三本延びている。真っ白なそれは、どこか童話の中の城を連想させた。
「俺は先に城を目指す」
そう言ってカルドは駆け出した。
その背中を見送ると、ウエルは何も考えずに扉を開けた。その先には薄い桃色の服に身を包んだ長い金髪の女性、フィセナが立っていた。
「それって不法侵入よ」
フィセナが言って、ウエルは慌てて謝った。するとフィセナがくすくすと笑い出す。
「こちらこそごめんなさいね。少しからかっただけよ、気にしないで。わたしはフィセナ。あなたの名前は?」
「スロウ・ウエル」
「それは生界での名前でしょう、霊界のみんなにはなんて呼ばれているの?」
フィセナは若干諭すように言う。
「……ウエル」
「そう。それじゃあそれがあなたの名前よ」
フィセナはにっこりと微笑んだ。親しみを覚える笑みだった。
――僕はタイダ。……続きは何?なんて聞かないでよね。僕はそれ以上もそれ以下もない、ただの「タイダ」なんだから――
不意にタイダと初めて会った時の言葉が浮かんだ。その意味がやっとわかった気がする。ここでは苗字や名前といった形式はとっていない、ということなんだろう。そういえば、こちらに来てから苗字と名前から成る名乗りは一度も聞いていなかった。
「タイダが、ここに来れば力を貸してくれるだろうと言っていた。フィセナ、友達を探すのに協力してくれないか?」
「友達」という言葉に妙に恥ずかしさを覚えつつも、ウエルはきっぱりとそう言った。さらにここに至るまでの一部始終を簡潔に説明する。しかしフィセナはゆっくりと首を横に振った。
「もうわたしにできることは何もないわ」
「……」
確かに、残り時間わずか二分足らずのこの状況で、何かしてもらうというのはいささか無理がある。というより、図々しいに他ならない。
「そう……だよな」
ウエルが肩を落として言う。果たして今から城に向かって間に合うのだろうか。タイダが作った十五分という制限時間は、おそらく考えられる最大の時間なんだろうと思う。つまりはそれより早い段階で、フルドは消滅してしまう可能性が高いということだ。
……でも。
タイダに「必ず見つけ出す」と約束をしたのに、ここで諦めるわけにはいかない。それに消滅まで二十分、などと言ってはいるけれど、個人差だってあるような気がするし、二十分という目安自体、本当かどうか定かじゃない。まさか、誰わたしはかが消滅するまで隣で時間を計っていたわけじゃあるまいし。
……だから、もう少しがんばろう。きっとまだ望みがないわけじゃない。ただの願望かもしれないけれど、最後の希望の糸が切れるまで、わたしは諦めない。
「フィセナ、ありがとう。わたしはもう少しだけがんばってみる」
ウエルは短くそう言って、外へと勢いよく飛び出した。




