開幕(2)
「機械はどこにある?」
「別に教えてもいいんだけどね、かなり高価な物だから、壊されちゃうとちょっとなぁ……」
ニヤニヤとわざとらしく笑いながら言う。
「でも、壊したって、必要になればまた作るよ。それこそ僕が死なない限りはねぇ」
言い切ると同時、ディルバ―は椅子から離れて床へと下り立ち、タイダと対面した。ディルバーは三十代半ばの外見から想像される身長よりも、はるかに小さい。ウエルが大体百七十センチメートルで、タイダはそれより五センチメートルは低いと見えるが、ディルバーはそのタイダの胸の高さぐらいしかない。
ディルバーは言う。
「先日とても偉い方がお見えになってね、大量のクリスタルを僕に渡して言うんだ。『三日後に闇の国を半壊させろ』ってね。なぜ半壊でやめるかわかるかい? これはまだお遊びに過ぎないってことさ」
クククククと不気味でイラつく声を上げ、さらに続ける。
「僕を殺さなかった、君が悪いのさ」
タイダは拳を固く、そして強く握り締めた。
「僕は……」
タイダは何か思いつめたような表情で立ちつくしている。ウエルは無意識のうちに手を動かしていた。
どすっ、ばん、がらがらがら……。
タイダは大きな物音で、はっと我に返った。タイダの目の前ではディルバーが下に転がり落ち、体の半分以上が物に埋まっていた。ウエルが殴ったのだ。
「ウエル」
タイダが名を呼ぶと、ウエルが振り返り、息を荒らげて叫んだ。
「タイダも一発ぐらい殴ってやればよかったんだ! 殴るのは駄目だなんて、言ってないだろ。夕イダが黙ってるから――」
思わず、自分が殴ってしまった。気づいたらディルバーをぶん殴っていた。
タイダはウエルの言葉に対し、困ったように微笑んだ。
「ごめん。でもウエルがついて来てくれなかったら、最初から最後まで血が上りっぱなしで本当にディルバーを殺していたかもしれない。……ありがとう、助かったよ」
「……だからって、黙って突っ立ってることはないだろ……」
ウエルは急に脱力して言った。タイダは一瞬苦笑してからディルバーを見つめる。
「……それにしても、ずいぶんよく吹っ飛んだね」
物に埋もれてもはや足しか見えないディルバーだったが、ピクリとも動かないところを見ると、どうやらすっかり気絶してしまっているようだった。ウエルは目を見開いた。
「わたしもびっくりだよ。何せ今まで人を殴ったことなんて、一度もないんだから」
ウエルのその言葉に、タイダはさらりと返答してみせた。
「若いうちに霊界に来ると、その後の人生で手に入れるはずだった能力がちゃんと身についている
ものなんだ」
タイダは言うや否や、ウエルの反応を待たずにがさごそと部屋の中を物色しだした。
「……何をしてるんだ?」
ウエルが思わず問いかけた。
「機械を探してるんだ」
タイダは視線を動かさずに答える。
「ああ……」
衝撃波を作り出したとかいう機械のことだろう。ウエルもタイダに続いて部屋をあさり始めた。
「でも、壊しても意味がないとか言われてなかったか?」
「確かに言われたけれど、壊しておくに越したことはない。それにまた同じものを作らせるなんて失態は繰り返さないよ」
言いながら、壁に取り付けられた注文機のコードをぶつりとちぎり取った。
「これで、自分勝手に物を取り寄せられない」
タイダはちぎり取った注文機をぽいと投げ捨てた。意外と過激なところがある……というより、ディルバーに対して容赦がない。
「物は支給制にするよ。どうやって毎日食べ物を届けるかはそのうち考えよう」
しかも、ほとんど考えなしで行動を起こしたらしい。
「……」
ウエルは若干恐ろしく思いながらも無言で機械を探し、途中、ふと気がついて聞いた。
「でも自分で天の国まで買い付けに行ったら意味がないんじゃないか?」
「そこは行動制限をさらに厳しくするさ」
「そういえばさっきも行動制限が何とかって言ってたな」
「ああ、この家は特別でね。指定した人を閉じ込めておく力があるんだ。だからディルバーは一日に一時間程度しか外に出られないって言っていたんだよ」
「……あ」
部屋中に散らばった物を手当たり次第にどけているうち、ようやく衝撃波を作り出したと思われる機械に到達した。
「これじゃ……ないか?」
ウエルはこれがその機械だと確信する一方で、いささか不安も覚えていた。直径一メートルほどのその機械はカラフルなコードが飛び出しているほか、いろいろな部品が剥き出しになっていて、正常に動くのかどうか疑わしい。しかしタイダはすぐにその機械に反応した。
「それだ」
タイダは機械に近づき、注意深く様子を窺った。
「壊すだけじゃないのか?」
「機械っていうのはなかなかにやっかいだからね。壊す前に解体をして、完全に動きを止めないといけないかもしれない」
「……へえ」
機械のことはよくわからないが、そういうことらしい。
「わかるのか?」
「何となくだけどね。でもこの機械はショートもしなさそうだし、普通に壊しても大丈夫そうだ」
言いながら、手のひらから青白い光を放出させ、機械を壊す。
「その力って何にでも応用できるんだな」
ウエルが驚きと感心を込めて言った。
「人は殺せないけどね。あと物を飛ばしたりとか、超能力みたいなこともできない」
「よくわからないな」
ウエルからすれば、機械を壊せる時点で充分に超能力じみている。
「多分そのうちわかるよ」
タイダが苦笑する。
「さあ、とにかくここを出よう」
タイダはそう言うと、こともなげに物の上を歩いて渡り、扉の前へと移動した。
「ああ」
ウエルは答え、がしゃがしゃと室内の物を踏み渡りながらタイダの後を追った。先に外へ出ていたタイダがウエルも出てきたのを確認し、扉を閉める。そしてウエルに少し待つよう伝え、家の外壁に手を当てると、またも青白い光を放出した。
「……行動制限を厳しくしてるのか?」
察したウエルが問いかける。
「ああ。一時間だったのを二十分に変える」
「相当減らすんだな」
「ここは五つの門に近いからね。ホールから遠ざけようと思ってここにしたんだけど、失敗したかもしれない」
タイダは作業を終えると扉を開け、その内側にペンで大きく『行動制限二十分』と殴り書きをした。書き終わったペンは家の中に放り投げて、扉を閉める。ペンは散らばった物の中から拝借した物だったようだ。
「よし、行こう」
タイダは「とりあえずホールに戻ろう」と言って早足に歩き出した。歩きながらも崩れた家の下に取り残された人がいないかを確認するのを忘れない。
「……わたしはタイダをずっと恨んでいたんだ。でも、本当はこれっぽっちも恨んでなんか、いなかったんだ」
ウエルがタイダと同じように家々を確認しながら、唐突に呟いた。
「小さい頃なんかは特に災難ばっかりで、だけど、それに対する怒りをぶつける場所は到底見つからなかった。だから、うまい具合にわたしの目の前に現れたタイダを、無理やり怒りの対象にしたんだと思う。タイダがちゃんと仕事をしていて、そのおかげで厄災が減っていったことは、十分理解していたはずなのに……」
「……僕の話をしていいかい?」
ウエルの話には一切触れず、突然タイダがそのようなことを言ってくる。
「いいけど……」
ウエルは困惑気味に返事を返した。
「水色の家……、ディルバーの話が出た時、僕はあからさまにその話を避けただろう? 別に彼と僕との間に、人には言えないような辛い出来事が起こったというわけではないんだ。ただ、ちょっとしたトラウマのようなもので……」
そうしてタイダはぼつり、ぽつりと自分の過去について語り始めた。




