7 白と黒
「やあ、来たね」
ホールへ行くと、タイダが笑顔で迎え入れた。
ここに初めて来た時、外から見るとホールはちゃんと球形だったのだが、今日は人が通れるくらいの黒い入り口だけだった。フルドによれば普段はそれくらいのもので、生界や他の国から人が来る時だけ、歓迎の意をこめて丸く形を作るらしい。
ウエルはホールの中を見回した。 やはりホールは真っ暗で、視界だけが異様に優れていた。
「!」
ウエルは思わず息を飲んだ。タイダの背後に、五つの目を光らせている何かがいた。しかも首だけがそこに浮いている。一瞬「幽霊」という言葉が脳裏に浮かんだが、今は自分もそのうちの一人なのだと気づいてその言葉をかき消した。
ウエルはあらためて五つ目の首下を見つめるが、そこにはやはり何も見えなかった。
「どうかした?」
タイダが不思議そうに声をかける。
「その……、あれの、下半身が見えないんだけど……」
ウエルは戸惑いながら、タイダの後ろの首を指差した。
「ん? ああ、ラガー! 驚かせちゃ駄目だろう。全部見えなくするか、ちゃんと出てくるかのどっちかにしてくれよ」
タイダは首に向かって声を上げた。
「あれが、さっき言ってた幻獣だよ。闇と一体化してる」
フルドが嘯く。なるほど。一体化して、下半身はすっかり闇に溶け込んでいたというわけか。闇に一体化するという意味が何となく理解できた。
ラガーはのそのそとタイダの方に歩み寄り、今度はしっかり下半身も外に出す。頭には角が生えていて全体的に毛は短く、ふさふさとした感じはない。鼻はそれほど長くなく、ライオンのような雰囲気を帯びていた。大きさも大体そのくらいだ。
「驚かせてすまない。ホールを支えている番獣、ラガーだ」
タイダがラガーの首に手を当て、言った。
「ホールを支えてる幻獣を、番獣っていうんだ」
フルドが補足する。
「……よろしく」
「よろしく」
ラガーは低い声でそう言うと、用は済んだとばかりに今度は完全に闇の中へと溶けていった。
「人見知りが激しいんだ」
タイダが苦笑する。
「ところで、さ……」
ウエルは少々迷ったが、思い切って水色の家について聞いてみることにした。
「何だい?」
ラガーの消えた方向を見ていたタイダが振り返る。
「闇の国の家は全部茶色だけど……」
ウエルがそこまで言うと、突然タイダが口を挟んだ。
「それがどうかした?」
まるで、それ以上は何も言うなという感じの言いようだった。表情は普段のままで、それが逆に奇妙な迫力を演出していた。
「……形も全部似てるなと思って」
ウエルは聞くのを諦めた。
「統一感があって気に入ってるんだ」
タイダはほとんど受け流す感じでそう答えた。発言に意味がないことをわかっているのだろう。
「さて、本題に入ろうか。ウエル、君が今後どの国で暮らすことにするか決めなくちゃならない。……本来なら」
タイダが意味深に言う。フルドとカルドが不思議そうにタイダを見つめた。
タイダはフルドとカルドに視線を合わせ、言葉を投げかける。
「フルド、カルド。君たちは今、闇の国と光の国が仲違いし始めているのは知ってるかい?」
フルドとカルドは少し驚いた顔をして、首を横に振る。
「……全員ではないんだけどね。光人の中には『闇なんかなくて、光だけあればみんな幸せになれる』、と言う人がいるんだ。前からそういう考え方の人もいたけれど、最近特に増えてきているようなんだ。光の現番人、シャラーがそういう考えだってことは以前から重々承知していたけれど、最近になって派手に行動するようになってきたらしくてね。同じ考えの人を城に集め、さらに、そういう人たちを増やそうとしている」
タイダはそこで言葉を止め、静かに息を吐いてから言った。
「早いうちにその動きを止めようとはしていたんだけど、もう無理だろう。昨日、光の国を見てきたら、城の周りは高い塀で囲まれていた。きっと、近いうちに争いが起こる」
「そんな……」
フルドとカルドが呟いた。タイダは苦笑する。
「光が当たると影ができるだろう?影は光によってその輪郭を現しているんだ。それと同じで光は影なしでは際立たない。光と影はお互いに尊重し合って成り立っているんだよ。光と闇は一対のものなんだ。僕はそう思うんだけど、残念なことにそう思えない人も多いみたいなんだ」
苦労して手に入れるからこそ幸福にも価値が生まれる。光人たちはそれを理解できないという。
タイダはそれが無性に悲しいらしかった。
タイダがウエルに視線を向ける。
「どうして闇がなくてはならないものか、ウエル、君ならわかるよね」
タイダが静かに言った。ウエルは少しだけ考えると、ゆっくりと声を発する。
「……たまに、何でも思い通りに人生が進んできたって奴がいるんだ。そういった奴は、少しでも自分の思い通りに事が運ばなかったりすると、すぐに癇癪を起こして暴れ出す。何にも苦労なんかしてないからだ。だからきっと、闇の国がなくなって幸福ばかり与えていたら、世界は争いが絶えなくなる。幸福の意味も変わってくる。争いに勝つことが幸福となって、負けることが不幸になる。そうなると永遠に、争いはなくならない」
「その通りだよ、ウエル。……でも、どうしてなんだろうね。争いを防ぐために、争いをしなくてはならないなんて……」
タイダはとても寂しそうに言った。そして気を取り直すように、また言う。
「まあ……、そんな感じだから、近いうちに君らの力を借りることになると思って……」
突如「ドォーーン」と地響きのような鈍く深い巨大な音が響いて、空気が振動した。
タイダは嗚呼、とため息に近い唸りを上げ、頭を抱える。
「始まった……」
タイダ以外の三人は、あまりにも突然にやって来た開戦の合図に、言葉さえも出てこない状態だった。




