昔話(6)
――世界の始め、まだ白い空間のみがそこに存在していた頃、その場所には一人の人間が存在していました。それは今の「神様」と呼ばれる者でした。記憶も知識も何にもなかった神様は、ただただその世界をゆっくりと漂っていました。
ある時、目の前に赤い木の実が転がり落ち、神様は何も考えずに赤い木の実を口にしました。その実にはたくさんの知識が詰まっていて、そこで初めて神様は知識というものを得たのです。
膨大な知識を得て、神様がまず知ったのが「寂しさ」です。唐突に寂しさを覚えた神様は、衝動に駆られて自分と同じような姿をした人間を二人作り上げました。作り上げるのには大変な労力を必要としましたが、作り方は赤い木の実のおかげでよくわかっていたので、あまり苦労せずに作ることができました。しかしせっかく生み出した二人の人間は口を利けず、赤い実を食べる以前の神様のように、ただただその空間に存在しているだけでした。神様は急いで赤い実を探し出し、二人に食べさせました。そこで二人も知識を得、神様と話ができるようになったのです。
ある時、三人はお互いに呼び名がないと不便だということに気がつき、それぞれをアダム、イヴ、エールと称しました。このエールというのが神様です。エールとイヴは女性で、アダムのみが男性でした。最初のうちは三人とも仲よく暮らしていましたが、しばらくするとアダムとイヴの仲が深くなっていき、それに気づいたエールは次第に嫉妬心を募らせていきました。
ある日エールは、心の中に充満した嫉妬心に耐え切れなくなってしまいます。エールはとうとうその嫉妬心と共にアダムとイヴを追い出してしまいました。自分のいる世界と完全に切り離してしまったのです。
エールはその後しばらくすると、まただんだんと一人ぼっちが寂しくなり、アダムとイヴや自分と同じ見た目をした人間を大量に作り出しました。しかしそれも結局上手くいかず、その世界も自分のいる空間から切り離してしまいました。
その後は人間ではない新たな生物を作り上げ、自分の姿もその生物たちに合わせて生活をすることにしたそうです。新たな生物たちとの生活はどうにか上手くいき、エールは今もなおその世界で生き続けています。
一方、エールの世界から切り離されたアダムとイヴですが、二人は何年も何年も暗く寂しい嫉妬の中で過ごしていました。ただただそこにうずくまり、ただただそこに存在していました。何年経っても死ぬことはなく、何かするべきこともありませんでした。
しかしある時、暗闇に一人の人間が現れ、二人の世界は広がりました。その人間は突然アダムとイヴの前に現れて言いました。“どうしてこんなところにいるの”。アダムとイヴは自分たちと同じ姿をした生物が他にいたことに驚きながらもしっかりと答えました。“ある人を悲しませてしまたからだよ”。目の前に現れた人間はさらに聞きます。“いつもここにいるの”。アダムとイヴは答えます。“ああ、そうだよ。ここでずっとうずくまっているんだよ”。すると目の前の人間は不思議そうに首をかしげました。“もったいないね。外にはあんなにも広い土地があるのに、何もしないなんて”。今度はアダムとイヴが首をかしげました。唐突に現れた人間に連れられて外へ行くと、そこには広大な世界が広がっています。まだ誰も手をつけていないのでただ地面が広がっていただけですが、今まで暗闇の中に閉じこもっていたせいか、それはとても輝かしく見えました。そしてそこには希望が満ち溢れているようでした。
アダムとイヴが思わず笑顔になると、エールの締め出した暗い嫉妬の心から白い光が飛び出しました。それは嫉妬心に混じっていたエールの清らかな精神のかけらでした。かけらは遠くの地面にぶつかって、嫉妬心と同じようなもう一つの異空間を作り出しました。けれど光がぶつかった拍子に土地が二つに割れ、数日後にはさらに土地が割れて、全部で三つの土地に分かれてしまいました。アダムとイヴは自分たちの持つ力で土地同士を何とかつなぎとめ、今の世界を形成していきました。
この三つの土地が現在の闇の国、光の国、天の国となっているのです。――
「生界については詳しく書かれてないけど、少なくとも霊界に関しては上手くできてるよね」
ウエルが読み終わったのを確認したフルドが言った。
「確かによくできてるな」
しかしそうすると、ホールは嫉妬の塊だということになる。そう思うと何だか切なかった。
「多分その突然現れた人間っていうのが、生界からやって来た人物なんだろうと思うけど」
フルドがウエルから差し出された本を受け取りながら言った。
「わからないのは、神様がアダムとイヴを追い出した後のことだね。この話だと上手い具合にぼかされていて、神様が結局どこにどういう姿でいるのかまではよくわからないんだ」
そんな話をした後、しばらくして十時頃。フルドが「タイダさんのところに行くのが遅れるといけない」と言って、カルドを無理やり起こして仕度をさせた。カルドはまだずいぶんと眠そうだったが、それでもかなりスムーズに、ほとんど無言で仕度を終わらせた。
ウエルが家の外に出ると、そこには昨日と全く同じ灰色と茶色の風景が広がっていた。昼ともなれば人がたくさん見られるかと思ったが、そうでもない。昨日と同じで人の姿は全くと言っていいほど見当たらなかった。
「人が全然見当たらないけど、霊人って普段何をして過ごしてるんだ?」
ウエルは気になって問いかけた。
「僕らは仕事に行ったり、ついでに生界見学してきたり、それ以外は家でいろいろやってるけど」
カードゲームとか読書とか、などと例をあげる。
「外の道に人が見当たらないのはいつものことだよ。仕事に行く時に会うぐらいで、あと用事と言えば他の家に遊びに行ったりするぐらいだろうしね」
「買い物に行く必要もないし、外へ行く用事がほとんどないんだよ」
カルドが横から付け足して言った。
「確かにそうだな」
ウエルが頷く。注文機のおかげで買い物をしに外へ出る必要がないので、自然と外出回数も減るのだろう。
「……そういえば」
ウエルは、ふと一度だけ見えた水色の家のことを思い出す。これだけ同じ形と色をした家々が並んでいて、一軒だけ様相が違うとなれば、何か特別な理由がないはずがない。
「昨日、端の方に一つだけ水色の家が見えたんだけど、誰か特別な奴でも住んでるのか?」
言い終わった後、隣でフルドとカルドが明らかに動揺するのがわかった。
「……僕らも噂でしか聞いてないけど……、多分、タイダさんに直接聞いた方がいいと思うよ」
フルドとカルドの顔が微妙に曇っていた。あまりいい話でないのは確かである。
「……わかった」
それ以上何も質問してはならないような雰囲気だったので、ウエルは一言そう言って頷いた。一体、水色の家には何があるというのだろう。




