6 昔話
「おはよう」
フルドが陽気に声をかける。
「……おはよう」
ウエルは、昨夜のことで多少の気恥ずかしさがあり、頭をガリガリとかきながら言った。
「朝ご飯は何がいい?」
テーブルの上に散らばった書物や絆創膏、それからメモ帳や鉛筆などを片付けながら、フルドが聞いた。
「食べられりゃなんでもいいよ」
髪を結びながらウエルが言う。
「……カルドは?」
「まだ寝てる。いつもお昼頃にならないと起きないんだ。どうやったら毎日十二時間近くも寝られるのか、不思議でしょうがないよ」
フルドはそうぼやきながら、壁に設置された丸い形の通信機のような物を引き寄せた。壁からするすると紐が延びていく。それに向かってフルドが言った。
「パンと目玉焼きとソーセージ、二つずつ」
ガチャガチャと音がしたのを合図に、フルドが壁についたオーブンのような横長の扉に手をかけた。中からはお盆に載せられてほかほかと湯気を立ち上らせた、パンと目玉焼きとソーセージが出現した。
「どうなってるんだ」
「これは注文機。どういう仕組みになっているかはよく知らないけど、食事に限らず、欲しい物を注文すると、この取り出し口に送られてくるんだ。もちろんタダじゃないけどね」
ここを見て、とカルドが扉を指差す。ウエルは立ち上がって扉に近づいた。扉には小さなディスプレイがついていて、そこには何やらメーターが表示されていた。目盛り全体の半分くらいが緑色で塗りつぶされている。
「残金が少なくなってきて緑の棒が赤色に変わると、近いうちに注文ができなくなるぞってことなんだ。そして支払ってるのはお金じゃなくて、コレ」
フルドの手にはいつの間にか、両端が尖ってきらきらと輝く、真っ白いガラスのような物が握られていた。
「昨日言った通り、僕らの仕事は生人に適切なレベルの試練を与えることなんだ。それでちょうどいい試練を与えることができたら、この白いクリスタルが出てくるんだよ。いまいち適切じゃないレベルの試練を与えてしまったらピンク、全く見当はずれなレベルの試練を与えてしまったら赤、という感じに変化していくんだ。それで、仕事で得たクリスタルはこの扉の下の細い筒に入れれば、色の度合いに合わせて目盛りが変化していくんだよ」
言いながら白色のクリスタルを筒に滑り込ませる。確かにメーターの目盛りが移動した。目盛りが十段階に分かれているとしたら、四つ分ぐらいは増えただろうか。
「白やピンクなら今みたいに増えていくけれど、赤いクリスタルを入れるとマイナスされてしまうんだ」
フルドがディスプレイに指を沿わせながら丁寧に説明をしていく。
「だからって赤いクリスタルを筒に入れないで放置することはできない。そうするとなぜかすぐにばれて、数日後には残金から本来マイナスされる予定だった分よりさらに多く減らされちゃうんだよ。クリスタルは、生人に過度な試練を与えない限りは絶対に赤色にはならない。だから、たいていの住民は控えめな試練を与えて、ピンクのクリスタルを集めているみたいだね」
白いクリスタルを獲得しているフルドたちは優秀なようだ。しかし、考えれば考えるほど不思議な仕組みだ。
「どうやって色分けされたクリスタルが出現するんだ?」
「どういう仕掛けかは、僕ら住民もわかっていないんだ。そういったクリスタルの管理や品物輸送の類は、全部天の番人が行ってるみたいだけど」
「へえ……」
「あ、あとホールについての詳しい説明もしとこうかな」
フルドが席につきながら言った。ウエルも続いて席につく。
「食べながらでいいから聞いてね」
ウエルと自分のカップに飲み物を注ぎながら声をかける。中身は冷茶のようだ。
「まず一番大事なのは、ホールは生界や霊界、どの世界とも全く異なった空間だということ。ホールは番人の力だけじゃ上手く支えられないらしいんだ。だから別空間に存在する『獣界』っていうところから幻獣を連れてきて、ホールを支えてもらっているみたいだよ。幻獣はホールの闇と合わさって、闇そのものとなってホールを支えているんだ」
闇そのものになって、とそう簡単に言われても、あまりイメージが湧かない。
「ああ、そういえば」
フルドが声を上げる。
「天の国には唯一大きな図書館があってね、僕はよくそこで本を借りるんだけど、以前ホールに関して面白い文献があったよ」
そう言ってフルドが軽やかに笑う。
「面白い文献?」
ウエルが聞いた。
「この国の始まりについて書かれた本、神話なんだけど、僕らがよく知っている、アダムとイヴが神様の言いつけに反してリンゴを食べて追い出されてしまった、っていう話とはちょっと違うんだ」
ウエルは本を読んだ経験がそれほどなかったが、アダムとイヴの話は何となく知っていた。
「確かイヴが蛇にそそのかされてリンゴを食べて、その後アダムにも食べさせたら二人とも神の怒りを買った……ってやつだよな」
「うん、そんな感じ。だけど僕が見たのはホールの成り立ちに絡んだ話でね、神様が二人の人間を作ったってところまでは同じなんだけど、その先がちょっと違うんだ。確か自分でも買って置いてあったと思うんだけど……」
フルドはそう言って立ち上がり、本棚をがさごそと探し始めた。
「あったあった」
しばらくするとフルドが薄い本を携えて戻ってくる。
「これに載ってるんだけど……」
そう言ってページをめくり、ウエルに手渡す。ウエルは食べ終えたお皿を脇によけて、本に目を落とした。




