パフォーマンス・アート
「あなたも、自分のやりたい事をやって
自由に生きてみませんかあ?」
その女は道行く人々に声をかけていた。
通りすがる人々は皆、”なんだ また何かの勧誘か”
といった感じに無視して素通りしていったのだが
とある物好きな男が足を止め、その女の話しかけに応えた。
「なに? それ? どういう意味?」
男が話しかけ、それに女が言葉を返す
「毎日、会社やら学校やらバイトやらに行くだけの毎日に
疑問を抱いた事は ありませんか?
他にも違う毎日を過ごせる人生があるんじゃないだろうか
営利企業に所属するだけが全てではない
何かに所属して集団行動の義務を果たす以外にも
生きていく方法はあるんです!」
普通に良い高校を卒業して良い大学を卒業して
大企業に入社して会社のために働いて出世する人生
それが社会人というものだという常識を教育されて
会社に通勤している男にとっては
本当にそうしたら どうなってしまうのか?
そんな警戒心だけが湧き上がる怪しい呪文を唱える女。
私と一緒に活動をしませんかあ? と言い張る。
「自由に生きるって響きはいいけど? 普通の常識からしたら
そーんな道楽てか趣味の合間にバイトするような
世間の常識が許さない日常を、何故、過ごしたいんですか?」
と男は問い掛け、女は用意していたセリフを歌うように答える。
「私は自分が好きなやりたい事だけをやって生きてます。
自由に自分のやりたい事をやって生きるには
同じ会社で同じ職務をする人々と同じルールを守って
集団行動をして誰かが職務のために作った形式を踏襲したり
所属する人間なら果たさなければならない義務を果たしたり
そうして生きるのとは違う才能と努力がいるんです。
あなたは今? 本当に、やりたい事をやってますか?
本当に自分と同じ事を一緒にやっている仲間
そう言える人が いますか?」
その時の男にとっては実に不思議な呪文にしか聞こえなかった。
”自由に自分のやりたい事だけをして過ごす世界”
を一緒に追求してくれる人間となって一緒にいて欲しい。
というような事を語りかけてくる女が
関わった人間に呪いをかける呪術師のように見えていた。
・・・・
そして時は流れ、数年が経過した。
男は昔、女がしていたのと同じように
道行く人々に呼びかけていた。
「あなたも、自分のやりたい事をやって
自由に生きてみませんかあ?」
ある日、男は自分に生き方を教えてくれた女を見かけ
忙しく通りすぎようとしたのを呼び止めて話しかけた
「久しぶりだね? 今? どうしてる?」
「普通に会社で働いてますよ。
え? まだ、"自由に生きる夢"を追いかけるだけの
夢を食べて生きるバクのような生活を
許して貰えているんですか?
私は周囲にいた人間が
そんな生き方を許してくれなくて
”大学卒業までに仕事として成立しなかったんだから
才能が無かったんだ。あきらめて就職して
同じ会社の同じ部署で同じ仕事をする人々と一緒に
会社と仕事のために生きる社会人になりなさい
そうした方が人生が幸せだ
何にも成れずに宙ぶらりんな人生はツライぞ”
と親に説得されて、自由を追いかけるなんて
若いガキの頃の馬鹿げた妄想なんて
捨てざると得なかったから、貴方が羨ましいですよ。」
数年前に会った時と同じ人物とは思えないようなセリフが
女の口から出て来るのを聞く男。
実際の所、何も結果が出せずに
やっても、やっても誰にも評価されず
食べるためにバイトをしているだけの自分が
なんと答えたら良いのか、わからず
言葉が途切れ、沈黙が続いたが
しばらくして男が女に語る
「いやあ、確かに、今
”何にも成れずに宙ぶらりんな人生”を送っていて
今の自分は誰にも必要とされない存在だから
会社員に戻れるなら戻りたいなあ・・
と、たまに思うんだけどね
もう若くないし、職務経歴に何も書けない時間を
何年も過ごしてしまったから
まともな会社に相手にされないから無理だけど
無い物ねだりじゃないけど僕からしたら
会社に必要とされている君が羨ましいよ。」
再び沈黙が流れた後、女が口を開く
「昔、劇団で最後に一緒に舞台やった時の
ラストシーンのセリフ
”私は退屈な同じ事の繰り返しで、いいから
安心感を得られる人生を選び
貴方は安心感などは無い不安感を抱えた心で
刺激的でドラマティックな激動の人生を選んだ
互いに相手を見て羨む事は あっても
今となっては座っている椅子を
交換する事は不可能なのだ
さらばだ生き方が違ってしまった友よ”
だったっけ? 本当に、そんな気分だよね」
「そうだな、最初に会った時から数年で
互いの生き方を交換したみたいとも言えるかな」
「かもね・・・そういえば
始めて舞台脚本を共同で書いた時の
冒頭ナレーション。覚えてる?
”人間の心には悪魔が眠っている
その悪魔は何かを機に眼をさます
その日、男の心に悪魔が現れた
その悪魔は何をするがゆえに
悪魔として存在するのか?
男の悪魔は面白半分に気まぐれに
生き方の違う人間の人生を入れ替えて遊んだ
ある時は王様を農民に、農民を王様に入れ替え
ある時は女王様を売春婦に、売春婦を女王様に入れ替え
今まで慣れ親しんだ日常が突然に変わり
混乱して嫉妬、悪意、反感、欲望など人間の心にある
醜い部分が溢れ出るのを楽しむゆえに
悪魔として存在し恐れられていた
その女は運悪く男の心の中に長年眠っていた
そんな悪魔を叩き起こす呪文を唱えてしまい
多くの人々を不幸のドン底に陥れた。”
だったっけ?
いまだに覚えているなんて未練がましいかな
でも、良かったね
まだ劇団を維持できてるんだ?」
「まあね」
その一言で会話が終わり、女は雑踏の中に消えて言った
女の言葉が男の心に刺さった二回目の夜
生き方が違うからという理由で
今の連絡先を互いに言い出さなかった。
広い大都会、多分もう偶然ですら
二人の人生が交錯する事は無いのだろう。