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第一話 「ヘア・スプレー・クイーン」

 何あれ?キモーい。

 ゲラゲラと笑う女子学生。

 下品極まりない、笑い声だった。

 彼は嫌な気分だった。

 

 なんで?

 

 その日は、英語の授業だった。

 みんなの、それぞれの好きな英語の歌を、紹介するスピーチをしましょう。

 そんな主旨の授業だった。

 松原まつばら少年は、正直だった。

 同級生たちが、ジャスティン・ビーバーだとか、バックストリート・ボーイズなんかの曲を、英語の先生が用意したタブレット端末で再生しながら、紹介するなか、松原少年は、80年代後半のアメリカのオルタナティブ・ロックバンドのBサイド曲を、再生しながら、スピーチをした。

 彼はこの曲が、好きだった。

 この曲を聴くと、安心した。

 孤独な人間は、僕だけじゃないんだと、彼は思えたのだ。

 変なヤツと、後ろ指を指されるのは、僕だけじゃないんだと、彼は思えたのだ。

 劣悪な家庭環境で育った彼には、正にこの曲が、国民的ヒットナショナルアンセムだった。つまり、彼にとってこの曲は、昔で言えば、『上を向いて歩こう』。今で言えば、『Lemon』みたいなものだった。

 

 なんで?

 なんで否定するのだろう。

 彼は思った。

 世界中には、たくさんの肌の色の人間が、いるように。

 好きな食べ物は、人によってマチマチだったりするように。

 可愛いと思う女の子の基準は、人によっててんでバラバラだったりするように。

 面白いと思うマンガは、僕と、僕の隣の席の町田くんとでは真逆なように。

 君たちの家庭が幸福であるのとは対称的に、僕の家庭環境は崩壊しているように。

 

 何が好きでも。

 

 どうであっても。

 

 自由じゃないか。

 

 本来は。

 

 そう松原少年は思った。

 しまいには、英語の先生が怒り出した。

 その時の英語の先生は、教科書を松原少年に投げつけ、怒鳴った。

 こんな気持ちの悪い、変な曲を、授業のスピーチで用意するヤツがいるか、と彼をなじった。

 お前は人間としておかしい。とまで言い出した。

 病気だ。と彼に向かって言った。

 

 クラスの生徒達は、ゲラゲラと笑いながら、彼を指差し、あざけった。

 「死ね」とまで、言うヤツもいた。

 松原少年は、下を向いて、黙っていた。

 黙っていた。

 

 

 

 なあ田中、死なない人間っているのかな?

 僕の唐突な質問に、202号室の田中はこう答えた。

 「さあ、いないんじゃね?」

 なんで?

 あまりにと言えば、あまりにも唐突。しかも意味もよくわからない問……なんだけれども、僕は、なんで?と聞き返した。

 「なんでって……俺はそんなヤツ、見たことないから」

 そうか

 「そうだ」

 わかった。ありがとう。

 僕は自室に引き返した。

 先ほど観たテレビのCM。

 きれいな女性が、ヘア・スプレーの缶を持って、こう言っていた。

 「美と言う観念は、消えません。それならば、美人になって、モテモテになれば、その人は死にません。じゃあ皆さん、美人になりましょう。このスプレーを使えば、皆さんも、モテモテ美人に早変わりです」

 そうか、美しくなれば、人は死なない。

 そう僕は、そのCMから学んだ。

 でも待てよ、人間は、生き物だ。

 生き物は、必ず死ぬ。

 だって、生き物だから。

 試しに、何か殺してみよう。

 だって、知りたいから。

 人間は死なない。美しければ。

 僕はカッターナイフを手に持って、外に出た。

 

 おーい。

 僕は202号室の扉をノックした。

 「うるせえよ。なんだ?またさっきの話か?」

 田中が現れた。

 眠ろうとしていたのか、目をゴシゴシとしている。

 僕は何も言わずに、田中を切りつけてみた。

 みごと僕の一筋は、田中の眼球に命中した。

 血が滴った。

 これで目も覚めるだろう。いいことをした……たぶん。

 田中は数秒間、何が起きたのかわからないと言った感じで、呆然としていたが、よほど痛かったのか、両手で顔を覆って、うずくまった。

 しまった。僕は反省した。

 目を斬りつけるなんて、僕はバカなのか。

 ダメじゃないか。

 ダメじゃないか。

 

 

 

 首を狙わなきゃ。

 

 

 

 殺すことが、目的だ。眼球を切り裂いても、人は死なない。

 僕はすぐに反省を行動に移した。

 うずくまった田中の髪の毛を鷲掴み、強引に頭を持ち上げ、一直線に田中の首を、カッターナイフで貫いた。

 血が滴った、先ほどよりも大量に。

 田中は死んだ。数秒間は息があった。その田中の首を貫いてから、田中が死ぬまでの、数秒間。息がヒューヒューと、首の風穴から漏れていたのが印象的だった。

 なんだ。死ぬじゃないか。

 嘘、じゃないか。

 回れ右をして、自室に帰ろうとした。

 けれど、田中の死体を見て、思った。

 申し訳ないけれど、お世辞にも田中は、外見が美しくない。

 ボサボサの髪の毛、無精髭。それにちょっと小太りだし。

 さっきのCMの、きれいなお姉さんの話では、美しければ、と言う但し書きがなされていた。

 そうか、田中は、美しくないから死んだのか。

 ダメじゃないか。

 これじゃ、なんのために……。

 確認したい。確認しなければ。

 とりあえず、シャワーを浴びよう。田中の血で体中がベトベトしている。

 そう思ったので、僕は自室へと引き返した。

 だけれども、風呂を浴びようとして、風呂場のドアノブに手をかけたところで思った。

 まあ、いいか。そんなことより、確認しなきゃ。

 死なない人間がいるのかどうかを。

 そんな好奇心のほうが、体を清潔に保ちたいという欲求に勝った。

 僕は全身に返り血を浴びたまま、カッターナイフを持って、外に出た。

 

 とりあえず外に出てみたものの、夜も更けたこんな片田舎の外には、人気ひとけがなかった。

 どうしようかな。僕は思った。

 そうだ。コンビニに行こう。

 そうすれば、人もいるだろう。

 意外に思う人もいるかも知れないが、片田舎ほど、コンビニは賑わうものなのだ。主に夜にたむろする田舎ヤンキーで。

 それにそう、コンビニに行けば、さっき見たCMのヘア・スプレーも売っているだろう。それを手に入れてどうするのか?具体的な使用方法は思い浮かばないが、実際に手元に現物が有るのと無いのとでは、少し違うだろう。

 それに第一、全ての事の発端は、そのCMのヘア・スプレーなのだから。

 僕は鼻歌を歌いながら、コンビニに向かって、田舎の住宅地の道を歩いた。

 夜風が心地よかった。

 秋の虫の鳴く音が、風情を醸し出していた。

 行き先がコンビニなだけに、気がつけば「大麻が大好き~」とか歌っている人たち(タイマーズ或いは大麻ぁズ??)の、例のお猿さん(モンキーズ)たちのカバー曲を口ずさんでいた。二番のサビの、「ずっと夢を見て~」の後の歌詞は、「安心してた」だったか、それとも「幸せだったな」だったか、どちらだったかしら?なんて思ってるうちに、目的地に到着した。

 案の定、夜の田舎にぽつんと存在する、気怠い光を発するコンビニの、丸い昔のポストみたいな灰皿の近くには、田舎ヤンキー三人組が、ヤンキー座りして、タバコをふかしていた。

 若い女の子のヤンキーの三人組だった。

 しめしめ、と僕は思った。

 僕はゆっくりと近づき、カッターナイフの刃をチキチキと鳴らした。

 

 「何あれ、キモーい」

 三人組のうちの一人がそう言った。

 

 あれ?なんか、デジャブだな。どこで聞いたんだっけか??思い出せない……pastttt?englishhhh?doukyuuuseeeeeiii?思い出せない……まあいいや、そんなに重要なことじゃないし。僕はそう思った。だけどちょっと、胸に引っかかる……。そうも思ったが、すぐにそんなことは頭の片隅に追いやった。

 

 「レナ、そうやって指差すんじゃないよ、きっと頭のおかしい人だよ」

 金髪の髪の長いヤンキーの女の子が、僕に指を差している女の子にそう言った。

 その女の子、キモーいと、僕に言った、まるで最近のDQNドキュンみたいな女の子。またはそれを、別の言葉で言うならば、キャッサバを水で練って丸めた物、即ち「タピオカ」が入った飲み物を買うのに列をなしてインスタグラムをすることに熱中してそうなその女の子。は、どうやらレナというらしい。そのヤンキーの女子三人組の中では、一番整った顔立ちをしている。

 (因みに、タピオカ入の、牛乳入りの紅茶飲料を買うために列をなし、インスタグラムをすることを、僕の言葉で四文字熟語に置き換えると「悪戦苦闘」と、なる)

 ただ、強いて言えば、緑色に染めた長い髪の毛(僕はロン毛の女の子は好きだが、髪をカラフルに染めるのは感心しない。理由はなんとなく)と、鉛筆で書いたようなほそーい眉毛が気に食わない。理由はなんとなく。あと、サンリオ?ディズニー?でぇにいず????だっけか?よくわからない……のキャラ物のジャージもダサい。理由はなんとなく。

 「あいつ、何で血のりのついたシャツなんて着てるんだろうね?マジウケる」

 「あれじゃね?ハロウィンだからじゃね?確か今日って、そうでしょ?」

 「あー確かに」

 「なんにしても、キモいね」

 「なんかあの手に持ったカッターナイフも、がんばって演出してる感がして、痛いね」

 

 演出じゃないお!君たちを殺す為だお!!

 2ちゃんねるで頻繁に出没する、やる夫のように僕は心の中で叫んだ。

 なんとなく松岡修造氏と、惑星ベジータの王子様の顔が思い浮かんだ。ような気がした。

 

 「マジキモい」

 「死ねよおっさん」

 「ほんとほんと、死ね」

 

 僕はヤンキー三人組に近づくと、すぐに殺そうと思った。

 が、今の会話を聞いていて思ったことがあった。

 

 今君たちは、僕のことを、キモい、死ね。そう言ったね?

 「そうだけど……それが何?」

 君たちは本当に、本当に……。

 

 僕は思わず、震えた。

 

 「なんなのおっさん、気持ち悪いんですけど」

 そう言うヤンキーも、打ち震える僕のことを見て、若干怖くなってきているようだ。声がかすかに震えている。

 「ねぇ、レナ、警察呼ぼうか」

 「そうだね、それがいいかも。このおっさん、本当に頭おかしいのかも」

 

 君たちは、本当に!

 

 僕は震えた。震えた。震えた。。。主に感動で。

 

 思わず僕は、大声を上げてしまった。

 

 素晴らしい!

 

 「……は?」

 

 素晴らしい!素晴らしい!素晴らしい!素晴らしい!素晴らしい!素晴らしい!素晴らしい!素晴らしい!素晴らしい!素晴らしい!素晴らしい!素晴らしい!素晴らしい!素晴らしい!素晴らしい!素晴らしい!素晴らしい!素晴らしい!素晴らしい!素晴らしい!素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしいすばら死ィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 だってそうじゃないか。

 

 僕はやっと気がついたのかもしれない。

 

 キモい。死ね。と言えるということは、逆を言えば、その言葉を言う人は完璧だから、何一つ、欠点がないから、そう言えるということになる。

 「キモい死ね」は、その人その対象そのものを否定する言葉だ。それはつまり、その言葉を発した本人は、超人、いや、もしかすると、神にも匹敵する存在でなくてはならない。

 誰だって、存在し、生きている。そのことを、そのことそれ自体を否定するということは、いくらなんでも、人間に許された行為ではない。

 ということは、キモい死ねと言う言葉を発する者は、神様じゃないといけない。

 全知全能。何一つ欠点の無い、神様。

 神様なら言ってもいい。「キモい死ね」は、神様なら言える。

 むしろ逆だろうか。

 神様にしか、言うことが許されない言葉なのである。

 神様は当然、美しい。

 ということは、君たちは世界で一番、いや違う、宇宙で一番美しいのだ。

 ということは。

 ということは。

 ということは…………。

 

 

 

 殺すには、最適。じゃないか。

 

 

 

 僕はやっと気がついた。

 

 そうそれは、神から注がれる、無限の愛。

 

 君たちは美しかったんだね。

 美しかったから、僕をなじったんだね。

 

 そうそれは、純粋なる愛。邪心も醜さもいやらしさも、学校も塾もブラック企業も、リストラも過労死も、戦争も核兵器も貿易摩擦も、カルト宗教も政治犯も、ついでに調子に乗ったうざい野球部員も、頭のおかしい剣道家も、生徒に教科書を投げつけ机を蹴る教師も、陰口もいじめも徹夜も受験勉強も〆切も、そういったいやらしさ、この世の悪が、一片も存在しない、アガペー。

 

 大丈夫。

 君たちは死なない。

 美という観念は死なない。

 神様は、死なない。

 だったら。

 だったら……。

 

 

 

 殺しても、いいよね。

 

 

 

 大丈夫、絶対に、生き返るから。

 

 

 

 今からそれを、証明してみせる。

 

 

 

 僕は満面の笑みを浮かべて、素早くヤンキー三人組のうちの一人の首を切り裂いた。

 大量に流れ出る真っ赤な血液。

 それさえも美しかった。

 それさえもいとおしかった。

 あまりにも突飛な出来事だったためか、そいつ(確か、レナ)は鳩が豆鉄砲を食ったような間抜けな顔だった。

 でもそれさえも、美しかった。

 

 そうして、そのヤンキーの女の子は死んだ。

 すぐに僕はその隣の、腰を抜かして動けなくなっているもう一人のヤンキーの女の子も、殺害した。こいつは、腰を抜かしていたので簡単に殺せた。

 辺りには血の池ができていた。

 それはちょうど、ミート・パペッツの『レイク・オブ・ファイア』のようだった。

 まるで地獄絵図じごくえず

 おっと、死体とは言え、神様たちだから、天国絵図の間違いか。

 

 最後に残った女の子は、金切り声を上げながら走って逃げ出したが、僕はすぐに追いかけて、捕まえ、後ろから髪を掴んで首をカッターナイフの刃で貫いた。

 もちろん即死だった。

 

 さあ、お楽しみは、これからだ!

 今から、こいつらは、生き返るぞ!

 

 僕はわくわくどきどきしながら、神様の亡骸が蘇生し、再び動き出すのを待った。

 三日間飲まず食わずの状態で、広大な砂漠をさまよい続け、やっとのことで到着したオアシスでカップラーメンにお湯を注いで三分間待つような、気持ちだった。

 

 しかし、ゆうに五分は経過したのにもかかわらず、その死体たちは、動かない。

 

 なんで?

 

 なんで?

 

 なんで?

 

 なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんd3えはうくぁhでうwgcwこfふfふえいふえいhcjsjんcmskんcwkchdhclwdchdlcsw???????????????????????????????????

 

 僕は混乱しながら思った。

 

 なんで?

 なんでだよ?

 神様は、死なないんだろ?

 美しい人たちは、死なないんだろ?

 これじゃあ、なんのために……。

 

 ざっけんな、ざっけんな、ざっけんなよッ!!!!

 

 怒りが、僕の中で爆発した。

 例えようのない、ドス黒い感情だった。

 

 徒労、じゃないか。

 ただの骨折り損のくたびれ儲け、じゃないか。

 無駄、じゃないか。

 

 僕はいかった。

 そして叫んだ。

 叫びながら、さっきまで美しい神様だと思っていたもはやただの肉塊を、蹴り飛ばし、顔を踏みつけ、暴れまわった。

 靴の裏で肉を踏むぐにぐにとした感触が、足に伝わってくる。

 血溜まりが、バシャバシャと音を立てた。

 

 

 

 「おまわりさん!こっち、こっちです!」

 

 気がつくとそんな声が聞こえた。

 ついでにパトカーのサイレンが、ウーウー言うのも聞こえた。

 

 「そこのお前!カッターナイフを捨てて、今すぐ地面に手を付きなさい!」

 

 ああん?じゃまするな、僕はただ死なない人間がいるのかを確認しようとしただけだ。

 僕は怒りに任せて、カッターナイフをブンブン振り回した。

 混乱していた。主に実験の失敗で。

 

 「だ、だから、刃物を捨てなさい!」

 

 うるさい。じゃまをするな。黙ってろ、ポリ公が。

 僕が何をしたと言うんだ。

 ただ人を殺しただけ、じゃないか。しかも生き返らないし、こいつら。

 

 「おとなしくしなさい!撃ちますよ!」

 警察官は、いつの間にか拳銃を構えていた。が、僕はそんなことは一切気にならなかった。

 

 うるさsaiよォォォ damaれyoォォォォォォォ

 なおも僕は、混乱して、カッターナイフをブンブンした。

 

 パンッ!!!

 

 鋭い音が、秋の夜更けに、響いた。

 

 僕は心臓を撃たれ、地面に倒れた。

 僕から流れ出る鮮血が、新たな血溜まりを作った。

 

 ロッキぃー♪ コレぇプス♪ インザコーナぁーはぁあーんー♪

 

 そう歌う、ベジタリアンになってからいい曲が書けなくなった左利きのベーシストが思い浮かんだ……ような気がした。

 ロッキー・ラクーンの一節が、頭の中で流れた……ような、気がした。

 

 そうして僕は、息絶えた。

 

 

 

 月曜の朝のホームルーム。教室の空気は重かった。

 私の同級生で、友達の、レナとマキとナナミが、頭のおかしいおっさんに惨殺されたのだ。

 業務用のドでかいカッターナイフで、無惨にも首をすっぱり切られていたという。

 なんでそんなことをしたのか、犯人の動機は不明だという。

 犯人は三人を殺害したのち、すぐに駆けつけた警察官に撃ち殺されてしまったので、もはやそのことを聞くすべがないのだ。

 「皆さん、落ち着いて聞いてください。昨日の夜、このクラスの、レナさんとマキさんと、ナナミさんが、通り魔に殺害されました。皆さんも気をつけて、行動してください。暫くの間は、なるべく一人で下校しないこと、それから不審者には近づかないこと、それから…………」

 

 先生の言葉も、耳に入ってこない。

 単純に、友達らが殺されて、ショックだという気持ちもあるのだが、他の原因もあった。

 まだ事件が起きるちょっと前に、レナの彼氏に告白され、それに私は応じてしまった。

 それが原因で、レナとは最近、ぎくしゃくしていた。

 そんななか、レナたちが殺された。

 ある意味、私にとっては、むしろ都合がいいのだけれど、簡単に、そんなふうに割り切れるものじゃない。

 それにレナの元彼氏(今は私の彼氏だけれど)も、レナが殺されて、多少なりともショックを受けていると思うし。

 死人に口なしとは言うものの、実際にそれで利益を得ても、あまり嬉しいものではない。

 私は落ち込んでいた。

 理由は……よくわからないけど……でも、いい気分ではなかった。

 

 学校が終わって、私は一人で下校した。

 いきなり先生の言いつけを破った。

 でもしょうがないんだと思う。いつものように、友達とキャッキャいいながら下校するのは、はばかれたし、何よりも、メインでつるんでいたレナたちが殺されて、一緒に下校する仲間が少なくなってしまったんだから。

 気がつくと、ポツポツと雨が降っていた。

 空もどんよりと曇ってきていた。

 辺りは薄暗くなっていた。

 早く家に帰ろう。私はそう思った。どうせ家に帰っても、やることはないけど。

 

 早く家に帰るため、普段はめったに通らない道を、私は選んだ。

 その道は、人通りのほとんど無い、ちょっとやぶみたいな道だった。

 さっきよりも、雨が強くなってきている。空も暗さが増している。早く帰らなきゃ。そう私は思った。

 早足で道を歩いていたら、前から女の人が歩いてきた。

 あれ?珍しい。こんな道普段は誰も通らないのに。

 段々と近づいていくと、私は更に不思議に思った。

 なんとなく、背格好が、レナに似ている。

 でも、そんなはずはない。レナは殺されたんだから。ホームルームで、先生が言っていたんだから。まさか、実はドッキリでした!みたいなことは、絶対にないだろう。それに第一、いくらなんでも、不謹慎過ぎる。

 でも、更に近づいて、顔を確認してみたら、それは紛れもなく……レナだった。

 え、え?なんで……?なんでレナが……?

 私は怖くなった。

 早足でレナの隣を過ぎ去ろうとした。

 レナの隣を過ぎ去ろうとしたその時、そのレナによく似た人物は、こう言った。

 

 すば……らしい……。

 

 「え……?」

 思わず私は、立ち止まった。

 

 すば……らしい……。すばら……しい……。す……ばら……しい……。すばらしい……。すばらしい……。すばらしい。素晴らしい……。素晴らしい……!素晴らしい……!素晴らしい!素晴らしい!素晴らしい!素晴らしい!素晴らしい!素晴らしい!素晴らしい!素晴らしい!素晴らしい!素晴らしい!素晴らしい!素晴らしい!素晴らしいッ!!!!!!!すばら死ィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 その狂ったかのような声に、私はガクガクと震えた。

 怖かった。

 金縛りにあったかのように、その場から動けなかった。

 

 「レ……ナ……?」

 

 そう、あたしだよ

 

 「なんで……?死んだんじゃ……なかったの……?」

 

 死んだ。けど生き返った

 

 「え……?」

 

 美しいから、生き返ったんだよ

 

 「それって……どういう……?」

 

 美という観念は、消えないからね。だからあたしは、死ななかったんだ。

 

 「わけが、わけがわからないよ……どうして……?どうして……」

 

 今からそれを、実演してあげるよ。

 

 「え……?」

 

 あなたは、あたしよりも、美しい。あたしの彼氏を盗ったくらいだからね。だから、あたしより、美しい。美しければ、人は死なない。だから、今からそれを証明してみよう。

 

 そう言い終えたレナは、右手に血のついた、業務用のドでかいカッターナイフを握りしめていた。

 

 「ちょっと、ちょっと待ってよ!なんなのそれ、意味わかんないよ!確かに、レナには悪いと思ってるけど、でもそれとこれとは関係が……」

 

 私がそう言い終えるよりも前に、レナは素早くカッターナイフを振りかざし、私の喉を一直線に貫いた。

 

 「かッ……はぁッ……」

 

 ロッキぃー♪

 血が流れた。

 

 コレぇプス♪

 バケツいっぱいのトマトケチャップを、ばらまいたかのような光景だった。

 

 インザコーナぁーはぁあーんー♪

 そうして私は息絶えた。

 

 

 

 こうして……。こうして、この奇妙なできごとは、続いて行くのだろう。美しければ、人は死なない。三文さんもん映画しばいの、安っぽいゾンビみたいに、人は死なない。きっとこの少女も、すぐに起き上がり、また人を殺しだすに違いな……。おっと、この先を言うのは、やめておこう。この先に、言及するのは、やめておこう。私が言えたことではないから。この先は、読者あなたがた自身で、お確かめください。きっと見目麗しい、あなた方のもとにも、美という観念に昇華した彼女ゾンビたちがやってくることでしょう。それでは、また。ごきげんよう。

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