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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)2.5 < chapter.4 >

 それから三十分後のことである。騎士団本部の一角、情報部庁舎にて、何とも奇妙な茶会が催されていた。

 茶を淹れているのは情報部長官、セルリアン。ダークブラウンの肌と漆黒の髪、琥珀色の瞳の、クロヒョウ族の男である。

 ナイルが言っていたように左目がなく、両足は太腿から下が義足。茶器を扱う指先を見る限り、両手とも人工関節と可変型魔導砲に挿げ替えられている。襟元から見えるのは複数の縫合跡。衣服で隠れた部分がどうなっているのか、想像するのも恐ろしいほどの改造人間ぶりだ。

 彼に迎えられている客のほうはというと、特務部隊長サイト・ベイカーと、同隊員ガルボナード・ゴヤ。いつでもどこでもマイペースな彼らが、今は珍しく、借りてきた猫のように畏まっている。

 セルリアンが恐ろしいのではない。彼が淹れている、そのお茶が怖いのだ。

 珍妙な手土産で情報部長官を驚かせてやろう――そんな生温いドッキリを思いついたのが運の尽き。彼らの持参した生魚のマフィンを見た彼は、笑顔で礼を言った後、彼らに茶を勧めた。


「ぴったりの茶葉がある」


 この言葉が、これほど不穏な響きを帯びることがあっただろうか。

 いったい何の茶を淹れているのか。彼の手元の茶筒には、銘柄を印字したラベルが貼ってあるのだが――。


『漢の薔薇園~愛と友情の肉体美~』


 中身が想像できない。

 それは本当に茶の銘柄なのかとツッコミを入れたいのだが、セルリアンはいつも通りの涼しい表情。漂う香りから察するに、何種類かの茶葉とハーブをブレンドした薬草茶のようだ。

 しかし、それにしては何かがおかしい。先ほど茶葉を投入する際、一瞬だけ見えたものがある。


 カラカラに乾燥させたトカゲの足。

 小さくちぎった蛇の抜け殻。

 何かの幼虫。


 ゲテモノスイーツにぴったりなお茶とは、つまり、ゲテモノフレーバーティーのことである。

 自分たちは大変な地雷を踏んでしまったようだ。

 二人がそれを悟ったときには、既に手遅れだった。

 目の前に供された、見た目と香りは大変素晴らしいお茶。そして情報部長官の、空寒くなるほどの優しい声。

「さ、どうぞ。冷めないうちに」

 何という恐ろしい言葉か。ベイカーは、部下の指が震えているのを見逃さなかった。

「ゴ、ゴヤ、大丈夫か? 顔色が悪いぞ……?」

 体調不良を理由に退席を――という目論見は、わずか五秒でバサリと断たれる。

「おやおや、それは大変だ。ならばなおさら、このお茶を飲んでもらいたい。これはとっても体に良いものだからね……」

 琥珀色の目がギラリと光る。


 逃げられない。


 ベイカーとゴヤは、涙目で覚悟を決めた。

「は、はい……」

「イタダキマス……」

 震える手で茶器を持ち上げ、恐る恐る口元へ運び――。

「い、いくぞ、ゴヤ……」

「はい……」

「せーの!」

 二人そろって、一息に飲み干したところで気付く。


 これはお茶ではない。抽出型の魔法薬だ。


 どんな効能の魔法薬かは、説明されずともすぐに分かった。

 ボンという間の抜けた音とともに、二人の体は変化する。

 肩は細く、胸は大きく、腹はキュッと締まり、腰へと続くラインは柔らかく――互いの姿を見た直後、二人は同時に、自分の股間に手をやった。

「……ないッスよ!?」

「うわー、うわー、うわあああぁぁぁーっ!」

 女になっていた。

 大混乱の二人に、セルリアンは鼻を鳴らして言い放つ。

「ドッキリを仕掛けるなら、もっとよく考えてから実行することだな。この程度のゲテモノメニューは見慣れている」

「ふぇえええ~、ごめんなさい~。これ、どうしたら元に戻るんスかぁ~?」

「一口で一時間程度効果が持続するはずだが……まさか全部飲み干すとは思わなかった。半日から一日は元に戻らないだろう」

「マジっすか!? 一晩女のまま!? 超危ないじゃないッスか!!」

「ロ……ロドニーにおっぱい揉まれる! 間違いない! 奴は揉むぞ!」

「『男同士なんだから問題ねえだろ』とか言って、一緒に風呂入りたがるに決まってるッス!」

「もう今日は宿舎帰らない! 帰ったら友情が強制終了する!」

「俺も帰りたくないッス! おっぱい星人の前におっぱいを用意して『揉むな』とか言っても無駄ッスもん!」

「なんというものを飲ませるのだセルリアン! 特務部隊崩壊の危機だ!」

「このままじゃ男性社会的に死ぬ! いやいっそ殺せ! 士族の誇りは捨てたくねえッスよ! うわぁ~んっ!」

 二人のあまりの嘆きっぷりに、セルリアンのほうが申し訳ない気持ちになってしまう。

「いや、その……ロドニーの女癖の悪さは聞いているが……そんなにか?」

 ベイカーとゴヤは同時に顔を上げ、大きく頷く。

「先輩ってばドエロいくせに童顔イケメンで、犬耳で、妙に優しいもんだから、女性のほうがなんとなく許しちゃってるだけで……」

「遠慮なく触るし、揉むし、イケそうだと思ったら何のためらいもなく『ホテル行こうぜ☆』とか直球で言うんだぞ!? それもイケボで! 爽やかに!」

「あー……それは、女性相手の場合だろう? 君たちは一時的に女になっているだけで、あっちも元の姿を知っているのだし……」

「もともと相思相愛だもん! 友達としてだけど!」

「俺だって先輩大好き! 先輩だって、俺のこと大好きって言ってくれてるッスよ! 後輩としてだけど!」

「壁ドンとかされたらもうダメ落ちる!」

「耳元で『いいだろ?』とか言われたらヤバいッス!」

「てゆーかちょっと興味がある! 女の体でセックス!」

「超ワカルゥ~! あ、でも卒業の前に喪失はちょっと……」

「俺もう卒業してるから何の問題もないし! あっ! やだ! どうしよう! 大変! 心の準備できちゃってるかもしれない!」

「えっ! なにそれ隊長ばっかりず~る~い~っ! じゃあ俺も頑張っちゃう~っ!」

「いやいや待て待て、止まれ。落ち着け。どうした君たち。テンションが女子高生になっているぞ……」

 この魔法薬にそんな効果があっただろうかと考えたセルリアンだが、これまで淹れたてを一気に、全部飲み干した者を見たことはない。一度に大量摂取するとメンタルまで女性化してしまうのかと、他人事のように感心した。

「まあ、元に戻るまでは私のところに隠れていればいい。それより、いい加減本題に入ろうか。君たちが訪ねてきたのは、未解決案件についてだったね?」

 ハッと我に返り、キャッキャウフフとじゃれ合っていた二人は居住まいを正す。

「はい。今ナイルがいる、あの部屋の件で」

「死体に偽造霊魂を入れてゾンビ化させる手口、もう五件目なんス。同じウィザードの仕業だと思うんスけど……」

「俺が特務部隊に入る以前の資料は、ごく一部しか閲覧できません。類似する案件に、お心当たりは?」

「ふむ……ゾンビ化させる手口、か……」

 セルリアンは考えるような素振りを見せたが、それは演技だ。二人には分かっている。セルリアンが考えているのは、自分たちに、どこまで情報を与えるかということのみ。それらしい事案なら、いくらでも心当たりがあるのだろう。

「今回の件、令嬢がゾンビ化したのは十年以上前だったね?」

「はい。兄の証言によれば、実家を出て間もなく他界したと……」

「では、そのあたりの資料をいくつか持って来よう。少し待っていてくれ」

 セルリアンは立ち上がり、滑らかな動作で出ていった。

 彼の背中が見えなくなったところで、ゴヤが率直な感想を口にする。

「義足って、もう少し違和感のある物だと思ってたんスけど……」

 一般的に出回っている義足は、たしかに動作がぎこちない。どれだけ訓練したところで、やはり自分の足で歩くのとは異なる動作になってしまうのだ。

 しかしセルリアンは、言われなければ義足と気付かないほど自然な歩き方をしていた。

 事情を知るベイカーは、小声でそっと教えてやる。

「義足というよりはサイボーグだ。脳波と連動して関節部が駆動する。とんでもなくハイスペックな義肢を装着しているぞ」

「えっ? マジっすか?」

「ああ。さっき、セルリアンの手を見ただろう? ただの義手ではなく、可変型魔導砲になっているのを……」

「あ、はい。やっぱりあれ、魔導砲なんスね? 肌が黒いから、継ぎ目が良く見えなかったんスけど……」

「そう、そこだ。あの人は自分の肌色が接合部の隠匿に適すると判断し、自らの意思で両手足を機械化した。実際に見たことはないが、噂では近接戦闘に特化したギミックが満載らしい」

「……ってことは、じゃあ、あれは事故とかで失くしたわけじゃ……」

「それは眼球のみだと聞いている」

「うへぇ……パネェっすね……自分でそれ決めるって……」

「そのくらいの覚悟がないと続かないらしいぞ、情報部は」

「俺、絶対無理ッス」

「俺だって無理だ。自分の体の一部を捨ててまで……と……」

「……あ……」

 女体化している二人は、消えてしまった特定部位について思い出し、何とも言えない顔になった。

「……ちゃんと生えてくるよな……?」

「つーか、あの、これションベンしたくなったらどうやって……?」

「えーと……そういうポルノ映画を見たことがあるから、なんとなく分かるが……」

「え? 隊長、そっち系?」

「ち、違うぞ! その日たまたま上映してたのがそれで……」

「上映って、まさかポルノ劇場行ったんスか!? 六区の!?」

「いや、その……だってロドニーが……行ったことないなら、行こうって……」

「先輩ってば、ストリップ劇場以外にそんなところにも……あの人貴族なのに……」

 問題行動だらけのオオカミオトコ。彼の顔を思い浮かべ、二人は同時に赤面する。

「や、やだ! なんで!? なんか今胸が『キュン』って……」

「せ、せせ、先輩とはそんな関係じゃないんだから! 違うんだから! キャーッ!」

 完全に脳がやられている。しかし残念ながら、当の本人たちにその自覚はない。またも『女子高生モード』に突入してしまった二人だが、幸い、謎の乙女空間はそう長くは続かなかった。

 つい先ほど出ていったセルリアンが、切迫した様子で駆け戻ってきたのだ。

「ベイカー、ゴヤ! シアンから緊急連絡だ! リベレスタン伯爵が、問題のゾンビ屋とつながっている可能性がある!」

「リベレスタン伯爵? コバルトに変態ラブレターを大量送付していた、あの……?」

「そうだ。彼がホテル・グロリオサスに滞在していることは知っているだろうが、その随伴者が問題だ。どうやら、コバルトに似せて整形した死体らしい。元はリベレスタン家で雇った、若い使用人だったそうだが……」

「いや、待ってくれ。そんな具体的な情報、いったいどこから?」

「リベレスタン伯爵夫人からだ。お前とコバルトに会って以来、伯爵の様子がおかしいと思って監視していたそうだ」

「なあ、セルリアン。一ついいか? その人物は、信用に足る者なのか? 世の中には、夫の浮気を疑って荒唐無稽なホラ話を広める女性もいるものだが?」

「誓って言おう。彼女は信用できる」

「……貴方がそこまで強く宣言するとは……その伯爵夫人、いったい何者だ?」

「それは……あまり教えたくはないのだが……」

「申し訳ないが、そこをはっきりさせてもらわないことには特務は動けない。事が事だ。『お前の連れはゾンビだろう』と部屋に踏み込んで、間違いだったら洒落にならん。田舎貴族とはいえ、土地面積だけなら国内第五位だぞ? 爵位も俺より上。俺の立場も危ういが……一緒に踏み込むゴヤは貴族ではない。不敬罪で、その場で手討ちにされかねん。部下の命が掛かっている。隠し事はなしだ。きっちり説明してくれ」

 ベイカーの言葉に、セルリアンは沈黙する。

 眉間に深い皺を寄せ、逡巡すること十秒少々。長い間を置いたのち、ようやく踏ん切りをつけたように、大きく深呼吸して答えた。

「私の姪だ」

「なに?」

「キア・リベレスタン。輿入れ前の名前はキア・ワランゴ。彼女は、私の妹の子だ。私と妹とは十六歳差。キアは妹が二十四のときに産んだ子で、今十四歳だ」

「……たしか、リベレスタン伯は結婚二年目だったよな?」

「ああ……十二で見染められて、なし崩し的に結婚が決まった」

「妹の子……そうか。だから、こちらの資料にチェックが入っていなかったのだな?」

「その通り。騎士団で把握しているのは、妹が士族のワランゴ家に嫁に入ったことと、『そこで子を産んだ』というところまでだろう? よほどの有名人か犯罪者にならない限り、生まれた子供のその後まではチェックしない」

「なるほどな。それは分かったが……ならばなおのこと。その娘を、身内贔屓で信じているわけではないよな?」

「当然だ。キアは贔屓目で見る必要が無い。今すぐコード・ブルーに引き込んでも、工作員として十二分に使い物になる。そのくらい優秀な娘だ」

「いや……どんな娘だ、それは……」

 ナイルやシアンと肩を並べることができる十四歳の人妻。そんなものは全く想像がつかないし、やはりこの『伯父様』は姪っ子を溺愛しすぎているのではないかと思った。

 だが疑いの目を向けていた二人も、次の言葉で思い直す。

「この緊急連絡をよこしたのは、キアと直接話をしたシアンだぞ?」

 ハッとした顔で視線を交錯させる。

 情報部最強戦力、シアン。あの男が直に話し、キアの情報は信ずるに足ると判断したのだ。ナイルほどではないにしろ、この二人もシアンをリスペクトする『信者』である。『シアンが信じた』という事実だけで、即座に疑念を捨てた。

「よし! 行くぞゴヤ!」

「はい! ……って、うわ! ダメっす隊長! 俺ら、今……」

「……女だったな……」

「ふぇえええ~、これじゃ現場どころか、普通に表も出られないッスよぉ~」

「うう……勢いよく立ち上がっただけで、おっぱいが……なんか、『たぷん』って……」

「お、俺も今、ユサって……なんか、今、ユサって……」

「せめて……せめてブラジャーが! ブラジャーがあれば戦えるのに!」

「知らなかったっス! 勝負パンツだけじゃなかったんスね! 女子の下着はブラのほうも戦装束だったんスね!」

「ああ! これはすごい発見だ! 何の役に立つかはわからんが!」

「そうッスね! 何の解決にもならねえッス!」

 おいおい、そのノリが通常か。そう突っ込みたくなったセルリアンだが、ここで乗ったら長くなりそうだ。適当に咳払いして、部屋の隅のクローゼットを開ける。

「これを着ていくといい。うちの工作員用の身分証も貸してやろう」

 投げ渡されたのは本部庁舎ではお馴染みの、総務部制服・女性用である。クローゼットからはブラ、ショーツ、ストッキングなども次々飛び出してくる。

 いったいなぜ、情報部長官の部屋にそんなものが揃っているのか。

 ただならぬ恐ろしさに震え上がりながらも、ベイカーとゴヤはそれらを受け取っていく。

「ナイルには私から連絡しておいた。君たちは『ナイルに呼ばれて現場にやって来た総務部の女子職員』だ。人目のあるところでは女らしい言動で、ナイルの指示に従うように」

「わ、分かった……」

「了解っス! ……けど、その……」

「ん? 何だね?」

 ベイカーとゴヤは顔を見合わせ、真顔で言った。

「着替え、見るのか?」

「別料金ッスよ?」

 やはりそれが通常運転か。

 セルリアンはほろ苦い表情で後ろを向いた。


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