エピローグ:悪魔の棲む山
というわけで、第1章の本筋の部分はこれで終わりとなります。
第2章はまた違った雰囲気のものになるんじゃないかなーという予定ですね(予定は予定であり、確実に実行されるわけじゃないとどこぞの国会議員は言いますが)
何か感想をいただければ下記の点で幸いです
・見てくれたといううれしさでモチベーションアップ
・良かった点を言ってくれることで強みを認識できる
・悪かった点を言ってくれることで改善点を認識できる
狼のような何かの群れと、赤い髪の女が戦っていた。
女はここに来るまでに相当無理をしていた。
それが証拠に、冒険者としては軽装とされる鎧はずたずたに、ところどころ部品は脱落しており、
「―――ハァっ、ハァ…!」
誰から見てもわかる通り息を上げ、
「―――ゴホッ!」
咳と同時に血を吐き出す。
「行かなきゃ…、行かなきゃ…、連れださなきゃ…!」
クロスボウはとっくに壊され、全てが金属の剣も片振りを失くしていた。冒険者の証であるギルドメンバーズカードもどこかで取り落とし、一つ一つ己が己であることの証を彼女は失っていった。
それでも、己を差し置いてでもあの少年を連れ出す。
それのみを目的として自分の体に魔法で鞭を打つ。
体にたまった疲労をそれでできるだけごまかし、目の前の魔獣と対峙する。
「ハァアアアアアアアアーーーーーー!!!!」
そこに戦略も何もあったものではない。かつての自分が見れば、目を覆いたくなるだろう雑さで相手に突っ込む。
狼魔獣が口を開けて突撃したところに残った剣の片振りを突き出す。
「――――!!!!!!」
牙が何本も傷をつけるのを厭わず、そのまま右腕を押し込んでいく。
この一瞬で狼魔獣は絶命したが、手持ちの剣は深々と刺さってもう抜けそうにはない。
「グルルルルル…!!」
目の前で仲間を殺された狼魔獣はさらに警戒心を強める。
それを表すように下半身に不釣り合いなほど上半身の筋肉が盛り上がる。おそらくあの状態から前足で殴られてしまえば、鍛えてるとはいえ女の身体ではひとたまりもないのだろう。
「ヅェアアアッッ!!!」
それを瞬時に悟った女は持てる魔力を無理やりにでも絞り出し、右腕からギルドでやったよりも数段激しく赤い稲妻を周囲に走らせる。
狙いを定めない、ただの魔力の暴走であるそれはしかし、結果として魔獣の群れを一掃するには十分な威力だった。
雷の影響で髪留めが焼ききれ、脱力からうなだれた結果、重力に従って髪が全て前に垂れる。
構わず、左腕で髪をかき上げ、明けた視界で状況を確認した。
後に残ったのは焦げた魔獣の体が成獣7~8体ほど。草木も巻き添えになるが、燃えるよりも前に炭になったのか山火事にさえならない。
だが、暴走の代償として、魔力を振り回すのに使った右腕は炭化していてもう使い物にならない。
それでも女は止まらない。止めるための体の機能はすべからくマヒしている。
尽きているはずの魔力を、しかしわずかででもいいから絞り出し。
もうそれしか思い出せない記憶を頼りに、目的の場所へと歩き出す。
◇◇◇
「―――んふげっ!?」
目を覚ましたのは、外でいきなり鳴り響いた轟音のせいだった。
一体何が起こったのだろう。山小屋の少年は自分をたたき起こしたその音の正体を探るべく、ぼろぼろの壁から外を覗き始めた。
「別に雨降ってるわけじゃないよなぁ…。何の音だ今の」
ぶつぶつ独り言。それはそれとして、周りを見渡してみると少し遠くでもくもくと黒い煙が上がるのが見えた。一瞬、山火事かと思ったが、その煙がすぐに弱まるのを見てなんか違うことを悟る。
音の方向に向かって少し歩き、安全そうなのを確認したので走り出そう、とした時だった。
「―――ふえっ!?」
ぼろぼろの、見たこともないような女性が目の前に立っていた。
鎧であるといつか聞いたそれはもはやインナーのみとなっており、そのインナーもぼろぼろになっていて赤黒い傷跡をところどころにのぞかせている。
あまりにもあまりなその有様に一瞬、言葉を失いかけた。
「…、の…ぃろ…」
そうこうしている間に、1.5倍ぐらいはあるだろう身長差で女性は少年を見下ろし、にらみつける。
もうまともとは言い難い瞳だったが、見る人が見ればそこに宿っていたのは憎しみもあった、と言うのだろう。
残った彼女の左腕を頭に突き出され、驚いて動けないでいた少年だったが。
ぱちん。
その音と左手から迸った赤い一筋の火花を最後に、女は崩れ落ちた。
「あー…オマエ、確か…」
火花を見て、少年は合点がいった。彼女はここ最近、この山小屋に来てもらっていた赤髪の女冒険者だった。
いつも通りオオカミを刈っていたら偶然出会った人。
いい加減、数年にも及ぶ山小屋の暮らしに飽きてきた少年は、彼女の語る街に思いを馳せつつ、刈った魔獣の素材とその街で手に入るという物やお金を度々交換していた記憶がある。
麓の村人とは違い、自分を避けてはこないこの女性が物珍しかったので、会うたびに『自分に害はない』『またこの山小屋に来るように』と暗示をかけていったのだ。
「え、ちょっと待って。街行く計画…」
自分が一人で山から降りても村人に見つかってボコボコにされる可能性がある。そういった事情があるので自分との交流をある程度持たせつつ、機を見て彼女に匿ってもらいながら山を降りてやろう、と画策していた。
その計画の成就のために、途中から『いつか自分を街に連れ出せ』と暗示を追加した。
昨日刈りをしている最中に見かけたとき等は特にその暗示を特別強くかけたつもりだったのだが。
「―――なあ、『今日は街に行けそうか?』」
しゃがみ、こと切れた彼女に問いかける。当然、赤髪の彼女は答えない。
「……。ダメか。やっちまったなー…」
独り言。そのまま肩を落として少年はぽつねんと立ち尽くす。
「このまま街に連れて行かせられると思ったんだけどなー」
起きるタイミングが遅かったらしい。
彼女を通すため、いつも通り魔獣に魔法をかけて少し黙らせるつもりだったのに、うっかり寝過ごしたせいでそれが間に合わなかったのだ。
あの音、彼女とオオカミとでの激しい戦いだったのか、と少し離れたところで黒くくすぶる草木や死体を見てノイロゥは独りごちる。
「ハァー…。めんどくさいからこのままでいいか」
そう言う彼の心情は決して穏やかなものではない。今回も行けそうと思った街には行けず。どころか、そのアテがなくなってしまったのだ。
「ったく」
素直にイライラを足に乗せ、女冒険者だったものにぶつける。ただ蹴っても面白くもなんともないので、足をひっかけてから力を加える。
それはひっくり返ったかと思うとかかった重さで地面がくぼみ、そのまま掘られていた浅めの穴に転がり、ずり落ちていく。
「あ」
ケモノ除け兼探知用の落とし穴をそこに掘っていたことをすっかり忘れていた。自分で自分の罠をつぶしてしまった。
いつか本で読んだ「踏んだり蹴ったり」というのはこのことだった。
「あー、もう…」
食料もまだまだあるし、今日はふて寝してやる―――。
Tips:魔族
魔力を持ち、かつ人間と同じく文明をもって知的活動を行う生物。
そもそも『魔族』というくくり自体が人間とそれ以外を区別しようと勝手に決めた枠組みが発祥なので、その中にはザ・悪魔というべき青肌黒目のものがいたり、はたまた獣人だったりエルフだったりする。もっと言うとある程度の言語を持ち、それなりの社会性を持てば魔族であるので上級ゴブリンなんかも魔族にカテゴライズされると一部の学者は主張する。それでいくと人間も立派に『魔族』ということになるが、これを言うと教団に目をつけられてしまう。
ちなみに獣人やエルフ等との交流が活発なこの時代では、魔族の定義も若干変わり、魔王の勢力に属する人間以外の知的種族か、もしくは所属関係なく悪魔悪魔している見た目のものを指すようになっている。