第7話:サブターゲット
もうこの章も佳境に入りました。
もし仮に、登場人物の誰かがもっと強ければ。
もうちょっと適切な行動をとれていれば。
もう少し作者がそういう気概を見せていれば。
もうちょっとだけ長く、盛り上がりのあるものになったのかもしれませんね。
もももももも…
いつも通りに出勤したセオが見たものは、出してはいけないところから煙をふかしていく冒険者ギルドの建物だった。
幸い、まだ息のあったヴェント・ヴェルディによって火はあっという間に消し止められ、応急手当をしながら近くの教団に通報したセオの対応によってヴェントは一命をとりとめた。
教団の僧侶曰く、体におびただしい雷の魔力の残滓と火傷が見られたとのことで、受けた魔法が水属性に適応した体には相性の悪いものだったろうということ、あと少し出力が大きければ何かしらの障害が残っただろうということだった。
要するに。
「ヴェントさんはしばらくの間入院、ってわけですね…」
「うん、面目ない…」
二人は今、教団運営の小さな診療所にて事件についての話し合いをしていた。包帯にまかれ、そこそこ整った顔立ちが台無しだな、とベッドで寝ているヴェントを見ながらセオは医師に告げられた病状とこれからの処置を振り返る。
体の大部分にわたる火傷の治療、急を要する部分は僧侶の回復魔法で回復をできるだけ促進、そして受けた魔力の残滓の除去。
これらの処置は体にかかる負荷の理由から時間をかけて行うものとされている。
よって、ヴェント・ヴェルディはしばらくギルドマスターの職をセオに譲ることになる。
「んで、一体誰にやられたんですか?これ」
「……」
「まあ、何となく察しはつきますけども」
当然、次の話は犯人についてのものとなる。
流れとして聞かなければいけないが、セオにはヴェントが名前を言うのをためらった理由を察してはいた。
これまで、魔物の素材などから手を下した冒険者の判定などを行っていた身分、ヴェントの体から一体どんな攻撃を受けていたのか、その攻撃を出せてかつギルドに出入りし、彼に対して不意打ちを取れそうな人物が一体誰かということを考えるとおのずと犯人は浮かび上がる。
「…うん。ルージュだよ」
「…やっぱり。彼女もあれはあれでだいぶ前からソロなんて荒業やり遂げてんですから、ちょっとぐらい対策はとっても良かったでしょうに」
その言葉にはぐうの音も出ない、といった様子のヴェント。
だが、いくら何でもギルドにあれだけ協力的で友好的な関係を築いていた冒険者だけに、そのギルドに手を出す理由がわからない。
セオ自身、ルージュがヴェントに死ぬ寸前の危害を加えるなど信じられない、という面持ちではいた。
「彼女の様子がどうもおかしいんだ」
「おかしい、というのは?」
その信じられないという気持ちは次に、どういうことだという疑念に取って代わられる。
「何かにとり憑かれているようだった。ノイロゥ捕縛の依頼を見た瞬間、いきなり取り乱したんだ」
「それは…、昨日の彼女の様子から言って不思議じゃないんじゃ」
「取り乱した末に、いきなり自分があの山に行くと言い出したんだ」
「…まさか」
「増援を呼んでいるから待て、今は行くべきではないと言った途端に激昂されてこの有様だよ」
それこそまさかだった。
長年ソロで冒険者活動をやっているだけあって、あの山の危険度状況から適性ランク修正の提言も含めて報告を細かく行ってくるような彼女が、それらの一切合切を無視してその場所に突っ込むなどあり得るのだろうか。
「…それが、闇属性の魔法による効力っていう線はありうるんでしょうか」
「可能性はある。どこかで教団の立ち話を聴いたんだ。極めて珍しいが、たしか―――。闇魔法の中には相手の精神に干渉し、正気を失わせるものがあるらしい」
額に手を当て、わずかな記憶を頼りにそれらしい話を引っ張り出してきたヴェント。
「…さすがですね、魔法オタク…」
知識の妙な広さに舌を巻きつつ、半ば呆れのセオが。
「―――」
そのヴェントに、重大なことを見落としてしまっていたかような表情を見て固まった。
「―――ルージュをギルドか、その周辺で見たか?」
「へ?いや、見てな―――、っ!!」
遅れてセオもその重大さに気づく。
ヴェントがやられた。セオが駆けつけたのはそのしばらくしてギルドに消火措置を施したその後のことだ。
それまでの間、セオはルージュを一切見かけていない。
二人の間で想定されたのはいわゆる最悪の結果だった。
「セオ、何とか外出の準備はできるか!?」
「ちょ、それはいくら何でも―――、いや、担当医さん!もしくは僧侶さん!!」
セオの呼び声に反応し、すぐさま医師と僧侶の二人が駆けつける。
「何か容体に変化が起こりましたか!?」
「いえ、ですがせめて歩けるまで回復魔法を強めることはできませんか!?」
「いや、それはできん!」
必死の懇願に対し、帰ってきたのは予想通りの返答。だが、二人としてもここで引き下がるわけにはいかず。
「お願いです!緊急事態なんだ!何とか僕の体を」
「ならん!これ以上魔力を強めればおぬしの体が耐えられん!」
「やってみなくちゃわからんだろ!」
この類のやり取りはおそらくこの手の仕事に就いていればよくあることなのだろう。医師も、僧侶も、苦い顔をしてヴェントたちを見る。
そのうち、二人に根負けした僧侶が手をヴェントの上にかざし始める。
「!!」
それを見てセオの表情はパッと明るくなった。
手から優しいと形容できる光がヴェントの体に広がっていく。
だが。
「!?、ぐぅううっーーーー!!?」
次の瞬間にヴェントは苦しみだし、それを見た僧侶の手からも光は止んだ。
「はぁ、はぁ…」
「なんで…、今のって…」
あのヴェントが耐えようと思っても耐えられない、そんな苦痛を受けたことがセオは信じられなかった。
今、僧侶の手から感じたのは紛れもない回復魔法だ。光と水の魔力をもって、対象者の治癒力を促進させることで傷の回復を早めるためのもののはずだ。
「見ての通りじゃよ。体に干渉する以上、痛みを避けることはできん。麻酔があれば話は別じゃろうが、この診療所にはそんなものもない」
そんなことは知っている。だからヴェントも耐えようと歯を食いしばっていたし、始めの回復魔法による措置も目を見張るほどの速度での治癒には至っていなかったはずだ。
「そして何より、こやつの火傷は深すぎる。無理に治癒力をあげれば痛みがなかろうと治る前に命が尽きてしまうぞ」
「…そんな」
押し黙る一同。
患者であるヴェントの痛みはまだ抜けておらず、そのうめき声が響く。
◇◇◇
結局、早期退院はしなくていい、と改めて申し出たのはヴェントだった。
一度痛い目を見て冷静になったのだろう。自分たちが思っていたよりも負わされた傷は深いことを知り、よくよく考えてみれば重傷の兵士に行われるような急な回復薬や回復魔法には麻酔がつきものであること、その麻酔はこのような小さい診療所では望むべくもないことにも思い至り。
そして今取り寄せたところで早期退院によってやろうとしていたことは間に合わない、ということまで分かってしまったのだ。
第一。
「セオ。君が僕を見つけてからここに運ばれるまで、どれぐらい経っていた?」
「…。35分ぐらいは」
そういうことだった。
ヴェントの命を取り留めるための応急手当で10分。その間、急いでしたためた手紙を魔法で飛ばしてから関係者が駆け付けるまで10分。そこから、重傷の患者を運ぶのでペースは落ちて15分。
それまでに周りを警戒しても見たが特に人影らしきものも見当たらなかったのでルージュはとっくに離れてしまっていたのだろう。
雷や風に強い適性を示すものの共通する特徴に、目にも止まらない素早さがあげられる。さすがに、外れの村にまで全力をもって走り続けたなどということはなかろうが、そこまでに向かう始発の馬車にでも乗られてしまったとするなら、今の自分たちが向かったところで追いつくはずもない。
「…………」
「…………」
しばしの沈黙。
ヴェントとしてはルージュのことは気に入っていただけに今回の件は悔やんでも悔やみきれないだろう。
普段あまり変わることのないその表情が歪んで見えたのは気のせいではないはずだ。
「…。今回のクエストの告知及び街のギルドへの通達をしてきます」
とても、かける言葉がセオには見つからない。
半ばごまかすように、思い出したようにヴェントに言いつけられていた仕事を持ち出し、荷物をまとめる。
「ちょっと待って欲しい」
その様子には目をくれることなく、窓の外を向いたヴェントは出発する直前のセオを呼び止めた。
「もしあの山で誰かのメンバーズカードや名前入りの武器を見つけることがあれば、…それもついでに回収してきてくれるように頼めるかい」
「―――承知しました」
歪んだ表情を誰にも見せないヴェントから言い渡された指令。クエストの、いわゆるサブターゲットの追加だ。
ギルドの都合だけでこういうことをするのは本当はなかなかない。まして、まだそうなったわけでもない。
けれど冷静を欠いた冒険者が向かってからの行く末はいつも決まっている。
だからこれはせめてもの―――。
Tips:回復魔法
身体のあちこちを触るための水魔法をベースに。
『癒し』や『エネルギー』を旨とする光魔法をかけ合わせることで実現する魔法。
光魔法の中でも非常にポピュラーなものであり、教団所属なら大体の人が教わる。
だが本文中の通り、体のあちこちを触る水魔法がベースにエネルギーを活性化させる魔法なのでどうしても痛みが伴う。
余談だが、同じことは『安息』の概念を持ち合わせる闇魔法をかけ合わせることでもできてしまう。
むしろ『遮断』の概念も持つことからより少ない痛みで治癒することができてしまう。ただし、こちらは光魔法の本気よりは治癒に時間がかかるのが難点。
そして教団利権の問題で光魔法と闇魔法を分業するという発想には誰も至らない。