第6話:行ってはいけない!
そろそろ第1章も終わりです。
話の展開は駆け足だけどしゃーないしゃーない
夕刻。ルージュの最後の報告から数時間。日も沈み始め、空がオレンジ色に染まり始める頃。
この片田舎のギルドではそろそろいいだろう、と新規のクエストの受付を締め切り始める。その時間帯なのだ。だいたい帰還した冒険者の報告で賑わうのは。
と、この支部のマスター、ヴェント・ヴェルディは少し思いを馳せてみるが、ここには数えられるほどの者しか登録されていない。
街ギルドへの近況報告の作成や依頼の進捗の管理など、一応仕事が無いわけではないがやはり人がいないとやりがい気概は感じられなくなるのだが。
今回は状況が違っていた。
「ノイロゥ...」
カウンターにて、肘をつきながらヴェントがひとりごちる。
ここにて精力的に活動してくれている冒険者のルージュが報告してきた名前だ。
それに反応してか、カウンター後ろのドアが開く。
「...ルージュさんが度々関わった、という少年と同じ名前ですよね」
「ああ」
ここの数少ない職員である青年、セオがドアを通り、カウンター前に座る。一応まだバーは営業中だが、そろそろ閉店時間も近いので特に注意するわけでもなく話は続く。
「やっぱり、ルージュさんは別にいいとしても、ノイロゥはこの後何かしら対応は取らなきゃですよねぇ」
「うん。そうなるね」
ルージュが初めてノイロゥの事を報告してきた少し前から、あの村周辺で魔獣がやたらと活発化していることは把握していた。
それだけその村から討伐依頼が多くなっていたのだ。
少し不審に思ったので、ギルドとして最近何か変わったことがないか依頼をしてきた村人に聞いてみもしたが「幼い悪魔が山を荒らし回っている」という予言めいた要領を得ないことしか聞きだせなかった。この支部の永遠の課題である人手不足もたたってこれ以上の追求もできず。
しかし、ルージュがひとつふたつとノイロゥの事を報告に入れていくにつれ、確信には至らずとも村の証言と何か繋がりがあるのではという疑念をヴェントもセオも抱いていった。
当然この事について、人員の追加と実態の調査を街ギルドに頼んでみている。だが辺境に割く時間も人もないというところだろうか、動きが起こる気配もない。
だからしばらくは彼女を情報源として、討伐依頼を通じて魔物の素材を集めさせるなり山の状況を聞くなりしていた。
「あとヴェントさん。素材の分析は終わりました」
「ああ、ありがとう。今回はどうだったかい?」
「これはルージュさん自身が仕留めたもので間違いないと思いますよ。今回のサル魔獣のものですよね」
「ん、焦げていたのかい?」
「そういうことですね」
報告を入れてくれるセオ。討伐依頼達成の証明として持ち込まれる魔獣の素材の解析はもっぱら彼の仕事だ。
通常、はぎとられた魔獣の素材には大なり小なり、戦いの痕跡が残されるものである。
それと討伐を名乗り出た冒険者の特徴とを照らし合わせれば報告の真偽の材料にはなる。
「今回のものはノイロゥでは逆にありえない、…」
そして今の案件では、判断の材料としてノイロゥが狩ったという魔獣の素材の状態も集めて記録を取っていた。
セオ曰く、ルージュが持ってくるものはたいていどこかひどい焦げ目がついているか、ごくたまに傷がほとんどついていないのにどこか肉質に変化をきたしているらしい。
それに対してノイロゥからもらったとされる素材は血まみれの外見に反して傷らしい傷も何もなく、まるで家畜が屠られて血を抜かれたかのような状態なのだという。
初めは毒を撃ち込むなり、不意打ちを仕掛けたなりというものを考えたのだがルージュの依頼を受けてから帰るまでの時間の短さや活発化した魔獣の数、素材から毒が検出されないという点からその線はあまり考えられない、という結論にも達している。
「ノイロゥの狩った魔物、いつか君が言った屠殺のような状態だというのは案外的を射ていたかもしれないね」
しばらくの間謎のままだったノイロゥの狩りはしかし、先ほどのルージュの報告によって明かされた。
獲物は無抵抗のまま、最低限の傷から血を抜かれて死亡。
それをなし得る方法はヴェントの知る限り、5属性魔法の中では存在しない。だが、相手はただの動物じゃなく、凶暴な魔獣が多数なのだからそれらが無抵抗という時点で何かをしたことにはなる。
「闇属性…ですか」
「可能性は極めて高い。彼女の怯え様から言って、光ではまずありえないだろう」
必然的に残るのは、世間一般にはあまり使い手のいない光属性か闇属性の魔法を使ったということだ。それも光属性は教団が使い手をしらみつぶしに探しては独占している、という現実がある以上消去法で闇属性であるということになる。
いつだかヴェントが読んだ書物では、闇属性はたいてい毒の生成、呪い、影に潜ってからの暗殺など、偏見を免れられない効果の使い手が多いとされているので、人間社会で大手を振って使うものはまずいない。
「魔族…ですかねもしかして」
「偏見だが、その線も持っておいたほうがいいかもしれないね」
教団を中心に、光の側に属すると自称する人間。魔王と呼ばれる存在を中心に、人間と対立する文化を持つ闇の一族。
ヴェントとしては闇属性の可能性がある、というだけで魔族と断定する教団のようなアプローチは本当は取りたくないが、周囲の環境に、ひいては近くに住む村に損害を出し始めてからずいぶんと経つ。周囲の生活にまで影響を及ぼし始めているのなら、早急に対応をしなくてはならないのだ。
「よし、それじゃあクエストを貼りだしてほしい。なお、今回の件は魔獣の問題につきここだけじゃおそらく手に負えない。明日にでも街のギルドにも通達を出そう」
「わかりました」
◇◇◇
概要:密猟者の捕縛。
潜伏場所:外れの村の山。
成功条件:密猟者をギルドまで連行。かつ村の山の魔獣がおとなしくなった時点をもって成功とする。
備考:密猟者はノイロゥ・ツァイラと呼ばれる、闇属性の使い手と思しき少年である。
備考:相手はきわめて特異な魔法を周囲の魔獣に行使するレベルの魔族である可能性が高い。
備考:連行には生死を問わず。
「―――何これ…」
朝、気の沈んだままギルドに向かった私が目にしたのは、一風変わった依頼書だった。
この依頼書が何を意味するのか、私にはすぐに理解できた。
そういう立場にあったからなのか、
「うん。見ての通りだよ。ルージュ・エクレール」
後ろから、ヴェントさんが話しかけてきたことにも特に驚きはしなかった。
「うちは知っての通りの人員不足だからね。本当は専門のスタッフを差し向けるのが普通だが...」
人員不足のここでは普通のクエストと一緒に依頼の形で貼り出して、腕利きの冒険者に頼むしかない。というわけか。
違う、そうじゃない。
「ノイロゥを、捕まえるんですね」
「?、依頼書にもそう書いてあるけど」
「ーーー!」
事態はここまで動いていた。
「私の、せいなんでしょうか...!?」
瞬間、ヴェントが豆鉄砲を食らったかのような顔になる。
「私が、あの子に関わり続けてたから、こういう物が出てくるまでになったんでしょうか...!?」
ノイロゥをこれから捕まえようとギルドが動いている、という事実。加えて、その事を当たり前のように思っているヴェントの反応。
何故かは分からない。
ただ、これらを見たとたん、胸の中がざわつくような感覚を覚えずにはいられなかった。
私のせいなんだ。
私が、関わったばかりに。
私が、あの子を早く―――
「―――ーュ?ルージュ!ルージュ!!」
思考の坩堝の向こうでヴェントが呼び掛けていることに遅れて気づく。
「いきなりどうした!?」
「っ!」
「疲れているのか?」
急に晴れる視界。
目の前にはこちらの様子がおかしい、とでもいうのか、心配そうにした男の顔。
「昨日は休めと言ったんだけども―――」
「休めるわけ、ありません」
「―――」
「私の、せいなんです。私が、何とかしなくちゃいけないんです...!」
ヴェントの気遣いを遮る言葉とともに、どんどんうずくまっていく。
そのままぶつぶつと、後々の私はこの時、私が、悪いんだとしきりに呟いていたと、記憶している。
言葉とともに、言い知れない気持ちで視界が塞がっていくような感覚。
そこに、ある一点の光が見えたような―――。
「おい?」
立ち上がり。
ヴェントの肩を掴み。
「私がそのクエスト、受ければいいんですね!?」
「待て、一体どうした!?」
「私が、あの子の場所、よく知ってるんです!」
「!!」
目を見開くヴェント。相手が何を言わんとするかを理解した故の表情なのだろう。だが構わずにまくしたてる。
「だから、私が、行けば、確実に!」
「ダメだ、今行ってはいけない!」
「どうして!?私じゃダメって言うんですか!?」
「今増援を呼ぶところだ!知っての通りあの山は危険だ!だから、」
「そんなの理由になるか!!!」
言い争う間、気が高ぶっていたのか、はたまた別の理由か。体の感覚が鈍り、それは体の魔力が勝手に暴れる感覚を逃したことにもつながった。
辺り一面、轟音とともに赤い稲妻がほとばしる。テーブルに着いたそれは上のクロスを。依頼書を貼り出す掲示板では依頼書と掲示板そのものを。
そしてすぐ近くでルージュの肩を掴んでいたヴェントを。
気づけば、辺り一面、火の海だった。
その中心で荒い息をつくルージュ。
しばらくすると、倒れていたヴェントに気づくこともなく走りだし。
その視界には酒場の出口が、いや、その遠くにある山しか見えていなかった。
◇◇◇
火の海の中。
「…、水、よ…、ゴホッ」
テーブルや掲示板はすでに燃え尽き、その火は床にもあらかた移り。
「水よ…、私の意に応え、私の家に仇なす物の意思を包み込め…」
かすれ、弱り、聞こえるか聞こえないかの言葉を終えたとき、倒れ伏した男の背中から幾何学的な紋様の、水色の光が浮かび始める。
そのまま、その魔法陣から夥しい量の水を放出し始め、ちょうど燃えているところを狙ったかのように水は這い回り、たちまち、火は消し止められた。
「ヴェントさん!?ヴェントさん―――!?」
同じギルドの職員、セオが入り口に着いたのはその頃だった。
Tips:教団
ファンタジー世界の必需品その2。どの世界にも宗教は出来上がるもの。
ひとまずは現実でいうところの十字架教なイメージで間違いはないだろう。
砂漠の戒律教なんて引用にしてあまつさえ悪魔扱いするというのは手の込んだ自害行為である。
悟り教はオリエンタルな地域を醸し出すスパイスになるだろう。
…ともかく。
ここでいうところの教団とは、この世界で最も広まっている宗教の教団。
光属性を独占している点であくどいイメージを持つ人もいるが、教団に属する光魔法の使い手はおおむね医療など世のため人のための活動に従事している。
「人々からの信頼で強くなる」という光魔法の特質の関係上、変な人の手にその技法を渡らせて光魔法の株を落とすわけにはいかないのだ。