第5話:闇の子
やってて思ったけどコレ、時系列としてはだいぶ短いですね。
比例して文字数もだいぶ短いですね。
短いのはいいことです。
読みやすければ。
…戦々恐々
『会っちまったんだね…!この馬鹿…!ほんに、よう生きて帰ってきたよ…!』
村に戻ってすぐのころ、老婆にそんなことを言われた。
私はそれほどまでに憔悴していたのだろう。
パニックになっていた私を見るや否や、何があったのかを察してくれるそのやさしさに涙を流しかけた。
『密猟者―――あなた方の言う悪魔の名前は…、ノイロゥで間違いないでしょうか…?』
『!!』
いくばくか落ち着きを取り戻した後は、悪魔と呼ばれる幼い密猟者の話が事実であったことを話し、大変心配された。
ただ、あの狩りの光景までは知らなかったようで、話すと大変仰天していたが。
とにもかくにも事態の収束をはかるべく、ギルドへ報告しに急いで老婆の家をたった。
(密猟者という証言は事実だった…)
道中、村と別の村をつなぐ、それなりの速度の馬車に揺られつつ考え事をする。
(あんな狩り…、あり得ない…)
あの時の映像はやはり記憶に強烈に刻み込まれていた。
抵抗もなく、うつろな目をして命を差し出す大小さまざまな魔獣。次々と流れ、次第に文字通りの血だまりとなっていくくぼみ。
「―――っ!!」
思い出しただけで吐き気がする。
最悪だったのは、それを見て逃げたいと思いながらも逃げることができなかったことだ。
ずっと聞こえていた『逃げるな、動くな』という気持ちの悪い声のせいだ。体が金縛りに遭ったようになり、結果として最後まで見ることを強制される。
「…やめよう。ろくなことにならない…」
あれは冒険者としても、猟師としての道もとっくに外れたただの虐殺だ。報告の義務があるので忘れるわけにはいかないが、なるべく忘れていたかった。
なので、そのほかのことでギルドに報告すべきことをまとめる。
気になるのは、村人はノイロゥのことを中途半端に知っている風だったという点だ。
あの少年は悪魔、という口ぶりからして目に見えない何かを恐れている風ではないのは確かだ。どころか、うろ覚えで名前を言おうとしていた人もいた始末。そうすると、見知っておきながらあそこまで忌み嫌う理由が何なのか。
アレを見たのならなるほどそれもうなずけるが、聞き込み対象の誰一人として狩りの方法について言及した人はいなかった。
無論、恐ろしすぎてそういうことを思い出したくもない、という線もあるが、村人の「悪魔」に対する表情は怖いものを見たというものではなく、異物を排除すべきというようなそういうものだった。
(…よそう)
変な方向で考えが深くなりそうなので打ち切ろうとする。これはあくまで憶測でしかない。確かなことを聞けてもいないのに心の中のことで素人が考えを進めてもろくなことにならない。
(……)
とはいえ、馬車に揺られる時間はちょっと長い。
少し経てば他にやることもないのでまた考えを巡らせ始める。
悪魔と恐れられてはいたが、同時にただの少年でもある。それも、一般人が扱うレベルの魔法もいっぱいいっぱいの様子で操るようなレベルのだ。
ならなぜ、村の人は山に入ってノイロゥを観察するなり排除するなりしようとしなかったのか。
それはわかりきっている。山の魔獣が活発化していてそれどころではない、というだけの話だ。けど、ノイロゥという少年が山にいることを知っている、ということの説明にはならない。
(…聞き込み、やっておくべきだった)
今更だけどそう思う。今のままでは彼のことを村人がどれだけ知っているのか聞けてないままだ。
だがそう思っても後の祭り。そもそもあの時はあれだけ動転していてその余裕なんてとてもなかった。
それに、そのノイロゥに、私は様々なものを与え、同時にクエスト達成の協力をしてもらっていた。
今更ながらにその事実が重く肩にのしかかる。
◇◇◇
結局、自分一人では大した結論を得ることはかなわない。
なので、この田舎のギルドに戻り次第、私は事の次第を冒険者ギルドに報告をした。
「―――なるほどね。報告ありがとう。それとしばらくは休みたまえ」
まず、山で見たことの始終を報告した。
内容をあらかじめ紙にまとめておいて読み上げるだけでも嫌でも思い出すので途中、途切れ途切れになってしまった。
初めはあまり話したくない様子の私をいぶかしむヴェントだったが、報告が進むにつれて「それが事実なら」と次第に険しい表情をしていった。
「密猟者の少年のことなら、こちらのほうでも話は聞いている。確実性が全くなかったし、調査段階だったから君には伝えてなかったね。申し訳ない」
次いで、村の人の証言に出てくる少年の話を聞いていたかも確認した。聞いていたのなら、私にも伝えてほしかったという気持ちはあったが、ここは飲み込んでおく。
ある程度の報告を終え、いまだに震えの止まらない私は一息付けようとしゃべるのをやめた。
「……」
「他に何か気になることはあったかな?あれば教えてほしい」
他のこと。残るのはあの少年がギルドにも話したノイロゥであることだが、正直に言えばこれは話したくはない。
保身、といえば全くその通りだ。だから、いつかは話さなければならないのだろう。
「…村の人は、名前も含めてあの少年のことを知っている風でした…。狩りの方法までは知らないようでしたが、それでも悪魔であるとか何とか言って、彼のことをひたすら忌避していました…」
「…ふむ」
「このこと、何か理由があったりするものなのでしょうか…?」
投げかけてみた質問だが、あまり回答は期待していない。あくまで残る事実を出すのを先延ばしにしているだけ。
自分が情けなく感じるが、同時に彼が少し考え込んだのを見てほっとしている。
「例えばの話だけど、その少年はもともと村の生まれ、しかし闇属性に生まれついたことで村から迫害を受けて山に移り住んだ、とかあるかもね」
「……」
「無論、ただの憶測だよ。あの村は意外と教団信仰が篤いからありえない話じゃないけども」
憶測、と但し書きをつけたそれだけど、それでも言われてハッとするものがあった。
人々が扱う5属性魔法とはまた別の系統として存在する、いわゆる2属性。
すなわち、光、闇と称される特別な魔力。
神に仕える人たちが扱うとされる光の力に対し、穢れた者や魔族が好んで扱うとされる闇の力。癒し、浄化、活力を旨とするのが光なら、闇はあらゆるものに侵蝕し、取り込み、穢す力とされる。
そのことから村であろうと何だろうと闇を忌避するものは多い。関わるものも共々避けられるのが常だ。
「―――。だとしたら…。私は、何かの処分を受けるのでしょうか…」
私はもう言い逃れはできないと、あきらめに似た何かを感じた。
アレは5属性魔法では決してありえないことをやっていた。
頭に響いていた謎の声も、動かない獣も、そもそも初めに感じた不気味なオーラも闇の魔力によるものである、というのなら説明がついてしまうのかもしれない。
どうせ関りを持っているのは事実だ。ギルドも、教団も、そう遠くないうちに私を罰するのだろう。
「ノイロゥ・ツァイラ。密猟者の少年の名です」
「……」
だから、自白を始めた。半分身投げに近い気持ちだった。
「村の人からも、名前が何だったのかは確認が取れたんです」
自然、口角が上がる。
「―――私、密猟者に、闇の子供に協力してもらってたんですね…」
諦めとか、悲しみとかそういった嫌な気持ちがないまぜになってどうしようもなくなると、
なんでついつい顔は笑っちゃうんだろう、と心のどこかで私は思った。
Tips:闇への迫害
ファンタジー系の定番。
どこにいても何にしても嫌われ者やそれに類する外れものはいるのである。
闇はねちっこくいやがらせな効果がメインであるため、悪者としてイジメの対象になりやすい。
そしてそのことを大々的に喧伝して煽っているのは光の側にある教団である。
だが光が悪者になるのは闇の側から見た話でしかない。
みんな、自分は悪くないと思ってるんだよ。