第4話:山小屋の悪魔
『狩り』と『刈り』
どちらも命をいただく前段階の行為。
両者の違いは前者の相手のように抵抗をするか、後者の相手のように何もしないか。
―――というのを適当に考え付いてました(笑)
それより、やはり書き溜めって偉大ですね。この話を入れてる最中ブラウザ落ちて焦りました
「嬢ちゃん、朝だよ。とりあえず起きな」
「ふぁい…」
「ほら、シャキッとする。ご飯も食べな」
あの後、結局私は聞き取りに時間を費やし、文字通りお言葉に甘えて泊めてもらったのだった。
村の山の魔獣を狩りつくすという山小屋の悪魔。それについての聞き取り結果は老婆の忠告通り。
「知っとるも何も、そいつのせいでワシらの村はすったもんだしとるよ!」
「アクマだよ!アクマ!名前?ノ…、ノィ…?、なんて言ったっけかな」
「あの悪魔を見張ってた狩人老夫婦ももうずっと帰ってこんでな…。もしや殺されてしまったのではなかろうかと思うとるわけじゃ」
おおむねこんな感じ。
得られた新しい情報は名前の最初の音が「ノ」らしいということと、他にもその悪魔を見張るなりしようとした人たちがいたらしいということだ。
「アタシの言ったとおりだったのはわかるけどさ、ホントに山行くのかい?」
「ええ…、そうするしかありませんから」
老婆の顔には相変わらず「行くな」と書いてある。そこまで避けなければならないものであるのかと今更ながらに思いもしたが、ここ一連の状況を何とかしようと思ったらそうするしかない。
老婆の忠告通りのことしか聞き込みでは得られなかった。
その子供(というか密猟者)について何か新しい情報をつかむことができたというのであればまだよかったけれども。実際に出てくる情報はやれ「あの少年は悪魔だ」だの、やれ「かかわるのはやめておけ」だのばかりで、一番欲しかった具体的な外見とか推定年齢とかそういう情報は出てこなかった。
ならば後は自分の足で現地に赴いて何とかそれを探すしかなくなる。
漬物とこの地方でよくとれる穀物を使ったふんわりとした水気のある主食、ほんのちょっとの肉からなる朝食を食べ終え、早速装備を整える。
魔獣の、もっと言えば密猟者のせいで危険な状態の山に向かうのであれば、今の自分にとれる立ち回りは何でもいいからいつでもできるようにしておかなければならないのだ。
「...無事に帰ってくるんだよ」
「はい。行ってきます」
◇◇◇
村から離れておよそ25分。老婆の家を出てからは大体45分。
今は馬なんて気の利いたものを出したらもれなく襲われるので全部徒歩。
さすがにそんな場所にもなれば猟師以外の人はそうそう立ち入らないし、その猟師も近頃の騒ぎのせいでぱったりいなくなっている。
(本当に誰もいないなぁ)
同行者なんて誰もいないこの状況。自然と考え事をする時間は増えるばかり。
どうして山の魔獣がこんなに騒々しくなっているんだろう、というところから。
村民の噂話を思い出してはどうして密猟者なんていうのがいるのやら、密猟者なるものはどうしてわざわざ騒ぎを起こすレベルまで獲物を狩り続けているのやら、というところまで。
そもそもどうして自分はこの片田舎の山周辺のもめごとにかかわり続けているのか。
(そんなに私、お人よしだったかな…?)
誰もいないから考えは散らかっていくが、結論を出すためのものではないので気にすることもなく。もしかしたらぶつぶつ独り言として口から出ているかもしれないけど誰もいないからどうでもよく。
(そういえばノイロゥ君もこの山に住んでるんだったっけ。危ないからそのうち―――)
ふと、そういえば、と、ある少年のことに考えが及んだ時だった。
(…?)
場所を言えば山に入ったあたり。
(待って…)
そこで違和感を感じた。
「…ノイロゥ君はあの山小屋に住んでて魔獣を狩って暮らしている…」
最初はほんの小さな引っ掛かりだったのかもしれない。
けど引っかかるものがある。思わず、はっきり声を出して確認しようとするぐらいには。
「今、私は何を思っていた…?」
何か重大なことを見落としているような気がした。
その重大なことが何なのか、頭の中でうまく結びつかないことに奇妙な違和感を感じた。
「魔獣を狩って暮らして…、いる…。だから…」
―――危ないからそのうち、町にでも連れ出そうかな?
「―――。」
突如として、思考がねじ込まれるような感覚を覚えた。
いや、そう感じたのはほんの一瞬だった。次の瞬間にはそういう感覚は消え失せ、すでに初めからそういう考えに至っていたみたいに――
「いや、そうじゃないでしょ…!?でも…」
そうじゃない。としたら一体何なんだ。今自分は何を考えられてない?何を思い出せていない?
違和感は大きく膨らんでいく。一度心に芽生えた不安か不信の種はあっという間に大きくなり。そうなればただでさえ少ない冷静さはあっという間に失われ、歩調はだんだん走りに変わる。
―――嬢ちゃん。あの山には近づいてはいけないよ。
ノイズがかかったような、そんな声が頭をよぎった。
「―――はぁっ、はっ、はっ・・・!」
―――あの山には最近、悪魔が住み着いたからねぇ。
昨日聞いた言葉のはずなのに、どうしてうまく思い出せない?
「っ…、ハァ、ハァ・・・!」
―――幼子さ。周りのもん全部狩りつくしちまうような。
だんだんその声がはっきりしていく。
「まさか…、まさか…!」
幼子。山に住み、獲物を大量に狩りつくす。
もうここまで来て、「まさか」だなんて馬鹿な言葉を吐くこともないだろうに。
走り続け、気が立ってるはずの魔獣となぜか出くわさないことも気づかず、そうしていつの間にかあの時の山小屋が見えるところで足を止めていた。
山小屋を見れば、中で見た光景が嫌でも思い出される。
中で見たのは『壁に大量にぶら下がっていた腐った肉』だった。
初めに自分が譲ってほしいと頼んだのは『大量に屠られた魔狼の素材』だった。
それを譲ってくれた相手は、『血と泥にまみれたまだ幼い少年』だ。
―――ぐるぐる回る頭を一瞬で覚ましたのは、少年「ノイロゥ・ツァイラ」の狩りの光景だった。
「っ!」
少年が山小屋から出る。それを見た私は反射で木を背に、茂みにしゃがんで身を隠す。
動悸が収まらない。が、これから彼が何をするのかしっかり見なければならない。
―――ごそごそ…。ひたひた…。
「ひい、ふう、みい…―――」
少し体が落ち着くまでに時間はかかった。
その間に何やら数える声と生き物の足音らしき物音が聞こえるのが気になる。
彼に気づかれないように茂みを少しかき分けて視界を確保する。
「―――ぇ」
生きている魔獣が、整然と3列に並んでいた。
種類は違えど、魔獣はすべからく一様に首を地面につけて息をしていた。
少年は、一列に並んだ魔獣の首に一匹ずつ、粗雑な木の槍を突き立てていた。
「―――」
抵抗もなく、声だけ上げてただ畑の作物が刈り取られるように次々と絶命していく魔獣達。
小屋の裏側までには何かを引きずったような真新しい痕跡。
何が起こっているのか、訳が分からなかった。
今すぐこの場を逃げ出したかった。
けれど、逃げることができなかった。
自分ではない何かが動くな、と言っているようだった。
「よし、これでしばらく食うには困らないだろ」
『刈り込み』が終わったことを、少年の言葉で認識できた。
辺りはすっかり血の海と化しており、彼が足踏みをすると同時にびちゃびちゃと水音が聞こえてくる。
少年が運べるサイズの魔獣を小屋の中に運び込む頃、ルージュは弾かれたように立ち上がり、見つかっているだろうことも気にせずただひたすらこの場から必死に走って逃げて行った。
逃げることしか頭になかった。あれほど聞こえていた逃げるな、という声は聞こえなかった。
Tips:魔獣
この世界に生きる生物のうち、一般人の手には負えないほどの凶暴さを持ったものや何かしらの魔法を操ることのできる種を指す。さもなくばただのケモノである。
そう考えると、腕の立つ人間も立派な魔獣である。魔族も立派な魔獣である。
世の中みんな魔獣、と言いたいが。例えばうねうね動く力の強い触手植物がいたとしてそれは果たして何に分類されるのか?