第3話:近づいてはいけないよ
第2話のギルドへの報告部分、ここの冒頭でした。
投稿直前に移動させました。
いい管理力ですねー(棒)
マネジメントとかやらせたら速攻で炎上しそう()
「こんにちは。今日は町の職人さんが作ったナイフとか持ってきたよ」
「……」
「ごめんね、ノイロゥ君。今回もまた…、素材お願いできるかな?」
それからというものの、私は依頼を受けてはあの山に赴くというスタイルを確立しつつあった。
最近、ギルドに掲示されている依頼があの山やその周辺に関わることが多くなっているのだ。その上、こうして私が依頼の魔獣を狩りに赴いた時に限って対象が妙に強くなっていたりはたまたそもそも見つからないか、見つかる前に他の魔獣に襲われることが多くなっている気がする。
それがひどい場合は依頼を達成することができなくなってしまうのだが、そういう時は大抵ノイロゥに頼んで、お金なり町の工芸品なりとを交換してもらう事で対処するようにしている。
どうやっているのかは全く謎だがノイロゥはこの山のたいていの魔獣を狩れるため、どうしても駄目な時は山小屋に行って取引を行うことになる。
無論、そうした事はギルドに逐一報告しているので彼らのノイロゥへの関心は日に日に高まるばかりだ。ちなみに依頼の達成が可能な状況でも足繁く山小屋に通っている理由は自分でもちょっとよくわかっていない。
こんな具合にノイロゥに差し出す金品を用意していれば、ただでさえソロ専という奇特なことをやって貧乏している私の懐はなかなか暖まらなくなってしまう。おまけに自分でやっている割合というのもそれなりに減ったりするので冒険者としてはなかなかによくない傾向であるとも自覚している。それでも依頼に失敗して無報酬となったり、最悪命を落としたりするよりは余程マシなのだが。
そういった事情を一度ギルドに話してみたこともあるが。
「別にかまわないよ。そのノイロゥというのに報酬渡しているのなら特にこちらから文句もない。一種のパーティみたいなものだね」
という片田舎でもなかなかなさそうな緩さでかわされ、そもそもこうなっていることの原因究明には乗り出してくれない。
いくらギルドの討伐依頼は受けた本人が狩ったわけではなくともある程度許容されるとはいえ、ノイロゥが続けて狩っていることに対してすら調査をしないのは怠慢ではないのだろうか。
そうして、冒険者として依頼を受けて討伐やらなんやらやっているというよりノイロゥの小間使いをしているというのが最近近いなぁと思うようになってから一週間のことだった。
(……)
とある空き家のすぐそばにて息をひそめて待ち構える。
手にはすでに装填を終えて発射の時を待つばかりのクロスボウ。
視線の先にはこの間まで人が住んでいた家の窓だ。にも関わらず中でごそごそとやかましい音が響き渡っているのは3匹ほどの魔獣が家の中を荒らしまわっているから。
(―――そこっ!)
引き金を引くと同時にガラスのない窓を、赤く弾けながら光る矢が疾走する。
「―――!!?!?」
その先には家を荒らしていたサル型の魔獣。
弦がはじけた、空気を裂いた、入った、と認識する間もなくその矢じりは背に浅く突き刺さり、当然魔獣は驚く。
(やっ!)
声には出さない。ばれてはまずいので心の中で掛け声一つ。その精神の働きによって、体の中のどこかにざわつく感覚を覚える。
感覚というにはあまりにもイメージがはっきりしているそれは色に例えるなら赤と黄色。その感覚が瞬時に胸から腕に、手のひらに、そして指にまで駆け巡り、外に出て―――
―――バチン!
ここまで一瞬のこと。空気の弾ける音だ。その音は、矢に叩きつけられた稲妻によるものだ。矢じりに込められた魔力をガイドとし、刺さった対象に私の本命の攻撃魔法を叩き込む。そうすることで稲妻の魔法をそのまま放つよりもより正確に、より強力に対象に叩き込むことができる。
渾身の一撃を、無意識のところから放たれて絶命する魔獣。
雷の性質を付与された炎を叩き込まれた背中は大きく焦げ付いていた。口から煙をふかしながらソレが倒れる音で一緒に荒らしていた魔獣の仲間が何事かと振り向く。
起こったことに気づき、何があったのかを仲間が認識するまでにはそれなりのラグを必要とする。なのでこの後何があってもいいように、そのラグをありがたく利用して次弾の装填を終える。
「―――!―――!」
(予想通り!)
音に、そしてついさっき仲間が殺されたことに驚いたサル魔獣がそのまま家を飛び出していく。それを見逃さなかった私はもう一本、装填済のクロスボウから矢を放ち、同じく轟音を立ててもう一匹の息の根を止める。
矢の方向、魔力の残滓が流れる方向。それらを感じ取った残り一匹がこちらに、いきり立った表情で向かってくる。けど、怒りに任せてただただ突っ込んでいくようじゃ恰好の的でしかない。
クロスボウの装填の時間はないため、柄に至るまでほとんど金属製の双剣に持ち替えてまずは一突き。相手の肩に一振りが刺さったことを感触として感じたと同時にもう一本、今度は横振り。相手にも見える角度と速度で迫る剣はさすがにつかまれてしまうがそれで充分だ。
「―――!!?」
剣を通して、今の私の体が耐えられる最大の力で電流を流してやる。
驚いた魔獣が手を放そうにも肉体の主導権を無理やり奪われては当然かなわず、激しいけいれんを起こしていた魔獣はそのうち白目をむき、泡を吹き始めた。
魔力を解かれ、うつぶせに倒れたサル魔獣はそのままあまり鋭くはない剣で首を刺され、その命を終える。
「―――ふぅ!」
これで10体。今回の依頼はこのふもとに出没したサル型の魔獣を10体討伐することだった。ちなみに場所は例によって最近の依頼の舞台となってる山のふもとの村だ。
「嬢ちゃんや。調子のほうはどうだい」
「あらかたは、とりあえず10体は討伐しました」
「んじゃあ、もう終わりかね。アタシも見回り手伝うがよ」
依頼の分をすべて討伐し、他にどこか隠れていないかを確認している最中に村人のお婆さんがやってきた。村に興奮した様子の魔獣が現れたということで彼女が依頼を出したのだ。
「ありがとなぁ、ほんとはあいつらこんな凶暴じゃねえはずなんだけどなあ」
「…やっぱり、そうですか」
「うんむ」
村の人が言うには山の中でよく見る種族であり、なぜかはわからないがいきなりふもとに降りてきて家や畑を荒らすようになったのだとか。本来は狼魔獣よりはおとなしいものであり、木の上で暮らすとのことで近辺の村でも狩りの練習台として見られているぐらいらしいのだけど、私が見たのはやはりそうとは思えないほど目が血走っている魔獣だった。
「なぁ、嬢ちゃんや」
「はい?」
「冒険者ギルドの連中は何も言わないのい?」
「…そうですね。なぜかはわかりませんが…。彼らはここのところ、こうして湧いてきた魔獣を討伐してくれという依頼を出すだけで…」
「やっぱり」
お互いに嘆息一つ。
もう少しギルドのほうも本腰入れて原因調査に当たってくれればこの事態も改善しようものだが一向にその気配がない。人手の足りない組織に言うのも酷だけど、おかげで冒険者も無駄に依頼に駆り出されるし、村人も一方的に被害を受けるばかりだ。
とはいえ、特に今ここで話をしたところで原因がわかるわけでもなく、井戸端会議がごとく話は変わる。
「さて、疲れたろうからひとまずアタシの家においで。漬物が残ってりゃいいけども」
変わるついでに老婆の家にて、一息つかせてもらうことになった。
「あーあー、完全に荒らされとるねぇ」
簡素な石造りの古民家。あまり窓ガラスがないという点、光源が少なくて昼でも何だか薄暗い点、中は今回の騒ぎの影響で荒らされてる点までさっきルージュが戦ってた民家と同じ。
そんな惨状をテキパキ片付けつつ木窓を開けて明かりを取り、漬物のあるだろう台所まで何でもないようにこの老婆は動き回る。
「いただきます」
年老いてなお行動力のあるこの老婆に少し感心しつつ、無事だった漬物をルージュはいただくことにした。
(一応この辺りにも腕の立つ若者ぐらいはいるはずなのだけど…)
この近辺の状況をいち早く察知してギルドに知らせたり、魔物が村を荒らしてもそこまで慌ててる様子には見えなかったりと少しこのお婆さんヘンなのではとおかしな感心を抱きつつ、塩味の効いた漬物をぽりぽり。
「―でなあ、この間なんか近くのイタズラ小僧が―――」
「はぁ…」
そうしながら話した話題はお互いの周り事情だったりする。
村自体は割と平和であり、そこそこの税さえ収めておけば後は自分たちで食べるなりどこかに売ったりする分の作物や肉を獲って暮らしているというのが老婆のお話の要点。
「その冒険者に憧れて…、私もやってるんですよね」
「若い身空で大変だねぇ。でも、どこかで男捕まえたりしないのかい?」
「あはは、ちょっとそういうのは…。あのお、人に関わるのとかもあんまり…」
私自身からはしがない冒険者というくらい。
とある女性冒険者への憧れから始めたものの、あまり人と接するのが得意でもないのでひたすらソロで活動を続けていること。コミュ力不足でちょっと婚期逃しつつあるかもしれないことを老婆に突っ込まれたり。
そんなこんなで体を休めつつ貸してもらったテーブルで魔獣から剥ぎとった部位の確認をしてるときだった。
「ところで、嬢ちゃんは近頃ここによく来てるねえ」
「ええ、この近辺、魔獣がかなり活発化しているということで依頼も結構多いんですよね」
「この近辺?ホントにギルドは何やってんだか…」
「まあ、でも近頃は山に入ってどうこうする手合いもありますし、そのうち―――」
「!!」
とたんに。老婆の目が鋭くなった。
自然とまとう雰囲気、表情も共に険しいものになる。
「ぇ…、どうしました…?」
何か地雷を踏んでしまったのだろうか。
山に行ってると言った途端のこの目つき。
ずい、と老婆が近づいてくる。
その目はまるで怒る、というよりは本気で危ないところに行こうとした子供を叱る、というような気がした。
「―――嬢ちゃん。あの山には近づいてはいけないよ」
―――ふと、あの山小屋を一瞬思いだしたような気がした。
「―――あの山には最近、悪魔が住み着いたからねぇ」
―――ふと、返り血を浴びただれかとの出会いを思い出したような気がした。
「―――幼子さ。周りのもん全部狩りつくしちまうような」
―――ふと、その時の不気味なオーラを思い出したような気がした。
◇◇◇
「…どうしたんだい?」
「…、はっ!?…」
彼女が私の額に手を当て続けていることに気づかなかった。
気づけば汗まみれになっていた。脈の音が耳に聞こえるまでにうるさくもなっていた。
「…いえ、なんでもッ…」
なんでもないわけがない。さっきのフラッシュバックはいったい何だったんだ。
そう自分に問いかけてみるが、誰も何も言わないし、フラッシュバックももう一度は来ない。
何か重大なことを忘れているような気がした。
油断すれば忘れていることさえも気づかない、そんな気さえするソレが一体何なのかわからない。
「……」
「……」
跳ねる心臓の音を落ち着かせようとする。けれど無言の間がかえって気をおかしくしそうだ。
何かしゃべらないと―――
「…けどっ、魔獣を狩ってくれるっていうのなら、別にいいのでは」
「ただ猟師として狩ってるんならね」
「…といいますのは…?」
「奴さん、むやみやたらに狩りすぎるんだ。おかげで襲われたと思った魔獣の連中、全体の気が立っててうかつに山にも踏み入れないわでえらい被害さ」
そんなことがあったとは。けど、それは今のこの山周辺を取り巻く状況と見事に合致している。
今回のサル型魔獣もそうしたケースで狩人か別の魔獣に山を追われたとするなら、村に降りた理由も察しがつく。
というか。
「おばあさん、それギルドには言ったのですか?」
「言ったさ。けど、突拍子もないよねえこんなの」
やはりというか信じてもらえてないのだろう。私にこの情報が来ていない時点で察しがついてたけども。
一方でそれはそうだいう気持ちもあったりする。山の中に密猟者がいるというだけならまだしもだ。山の魔獣を狩りつくせるなど。ましてそれが幼子など誰が信じよう。
そんな正確性に欠ける情報ではあったが、解決の糸口にはなるかもしれない。というか解決しなければ私もこの辺を離れることができない。
居てもたってもいられず、私は数え終えた素材を纏めて外に出る準備をする。
「ですよね。とりあえず貴重な情報ありがとうございます」
「おや、もう帰るのかい?遅いんだから泊っていけばいいのに」
「泊めていただけるのであればお言葉に甘えさせていただきたく。ですが、その前に聞き込みをしたいと思います」
「なるほどね。けど他の誰に聞いても同じことしか言わないと思うよ」
Tips:魔法
この世界の基礎部分を支える技法。ハイファンタジー作品の必需品。
火、水、雷、風、土からなる5属性魔法と光、闇からなる2属性魔法とがある。
前者は物質や現象を操るものがメインであり、後者は概念的な何かを付与するものがメインである。
しかし、ルージュがやって見せた通り前者でも概念的な何かを付与する効果はある。
要するに:原動力の細かいことなど、作者自身よくわかっていないところの多い不思議な力である。