第2話:狩りのできる子
第2話です。
ルージュの一人称で書いてるためか、地の文多めです。
それと、場面だいぶ飛ばしまくってます。
【よくわからないけどなんだか放っておけない】
私がその男の子に抱く印象を問われれば、こう答えるだろう。
何せ、少しでも町で過ごせば知っていることを少年はほとんど知らないのだ。
「…『うる』?」
最初に会ったときに狼魔獣のいくつかの部位を売ってくれと頼んだ時の反応がこれだ。
必要最小限の言葉の使い方ぐらいは覚えていることはわかるが、売るという事がどういうことなのかを知っていなかったのだ。
「えっ…?あー…」
そんなの相手にしたことがないので正直会話に詰まる。
「キミが狩ったんだよね?その魔獣。それを、この『お金』っていうのに交換するの」
という具合に、お金のことももしかしたら知らないと思いつつ、掌に相場ちょうどの貨幣を少年に差し出せば、
「あ、ああはいはい!そういう事か…」
と得心がいったかのような反応を返してくる。後で聞けばお金というものが何なのかについてはいろんなものと交換できる大事なモノ、という程度に知っていたらしい。
おおよそ人間社会に関する知識常識というものは欠けてると思った方がいいかもしれない。
それからは色々なことを教えてあげるつもりで私はこの少年―――名はノイロゥという―――に接することにした。
「―――とりあえずキミの恰好、色々と汚すぎるから洗うよ」
「えー…、めんどくさいなぁ…」
「洗ってあげるから!ちょっとついてきて!」
「メンドクサイ…」
「服ももうそれぼろぼろでしょ。私の着替え貸してあげるから」
「キミ、名前は一体なんていうの?」
「…ノイロゥ。ノイロゥ・ツァイラ」
「ノイロゥ君ね。私はルージュ・エクレール。ルージュでいいよ」
「これ?剣だけど…?」
「けん…」
「持ってみる?って無理ね…」
「おもい…」
こんな具合に、ノイロゥの体を清めたり名前を聞き出してみたり、ちょっとした雑談をしてみたり。
そういうことをしていたらいつの間にか真夜中になってしまっていたので私は山小屋で一晩明かさせてもらうことにした。
「肉切っとかなきゃ」
「…明日の朝でもできるでしょ。というかこんな暗いんじゃ無理よ」
「僕はできるからそっちは寝てて」
なかなかノイロゥは寝付こうとしなかったがいいのだろうか。そんなことを一瞬考えたが、それより今日はいろいろとありすぎた。
つまり、考える間もなくルージュは眠りについたのだった。
◇◇◇
「―ー―へえ、ノイロゥ君、水魔法とかが得意なんだ」
「―――」
朝、目を覚ましたらノイロゥはとっくに起きており、朝食の支度をしているところだった。
私に声をかけられた彼は一瞬身体を強張らせたが水属性の魔法の行使を続ける。今は湿り気のある土から飲める程度の水を抽出している最中だ。
ある程度塊になっている土の先端から、そこそこきれいな水がちょろちょろと垂れてくる。それを今は水瓶と思しき器に注いでいる。多分これを当面の水とするのだろう。
魔法。私たちのいる世界で割と一般的な技だ。
私たちの世界で生きるモノには多かれ少なかれ魔力というものが宿っている。
魔力を使って様々な物を操ったり、操った物で現象を引き起こさせたり、珍しいものでは、属性に因んだ性質を別のものに付与したりするのが魔法だ。
世間一般で広く扱われているのがいわゆる5属性魔法である。
火、水、土、風、雷。それぞれを操るための魔力が存在しており、人によってそれぞれ得手不得手というものがあるのだ。
今ノイロゥが使っていたのは水を操るための水魔法。
土の湿り気から水を抽出するため、土属性の魔法も使っている可能性もありうる。そうしておかないと土が崩れたりして抽出した水に多少なりとも混ざってしまうのである。単属性でできることは基本的に操ることだけなので、よほどのことがない限りはいろんなものを掛け合わせて様々な効果―――複数の属性のものを単純に操ったり、属性にちなんだ性質を別の属性魔法に付与したり―――を生み出すわけだ。
「んー、そしたら火とかは得意じゃなさそうかなー?」
自分で言っておいてなんだが、これは偏見だ。どれだけ苦手でも普通の人なら火おこしぐらいはできる魔力を持つ。水魔法と火魔法を両方得意とする者もいる。逃げるために高温の煙幕のようなものを出したり攻撃のために水蒸気爆発を起こさせたりするというのはその手の人にとって一般的な手段だ。
しかし、小屋の火おこしの板のそばにあるのは虫眼鏡と乾いた草。
わざわざ魔法ではなくこんなやり方で火を起こしているとするならこの偏見は結果的に当たってるのだろう。
「……」
少しジトっとした目でこちらを見てくるノイロゥ。あんまり探りを入れるのは良くなかったか。
けど確かに、火おこしをするために必要程度な魔法も使えないとなれば周囲の目も厳しいものだったのだろう。生活にも戦いにも使える火魔法はそれだけ需要も多いのだ。
ちょっと悪いことしたかもしれない。ので、ちょっとだけお手伝いをすることにした。
「ごめんごめん。お詫びにて言ったらあれだけど火つけておくね」
積んであった枯れ草をまとめ、暖炉と思しき穴に放り込む。その草に手を、もっと言えば指をかざし。
バチン、
と空気のがはじける音がする。同時に指先から積んであった枯草に赤い稲妻が落ち、枯草はその熱で一気に燃え出す。
魔獣の群れから逃げ出すのにも使ったこの稲妻の魔法は私の得意とする魔法だ。私自身は雷属性の魔法だけでは何かに電気を流すことが精いっぱいなので、火に雷の性質をかけ合わせることで出せる偽物の火花だったりするが。
「ところで、売ってくれるのってこれでいいんだよね?」
暖炉と思しきものに火を入れ、ある程度薪を入れた私は詫びを入れながら低いテーブルのそばに落ちていた物を拾い上げる。
狼魔獣の牙や耳のかけらだ。多少いびつになっているのがわかるが、これさえあれば一応は依頼達成という事にしてもらえるだろう。
「そっちじゃない。こっち」
「え?」
いきなりノイロゥが声をかけてくる。見れば彼はテーブルとは違う方向にあるぼろぼろの箱を指さしていた。開けてみると、今手に取ったものとは比べ物にならないものが入っていた。
驚いてノイロゥを見てみるとじっと見返してくる。
「えっと…、これを持って帰れってこと?」
そう私が聞けば彼はこくんとうなずき返してくる。
何とも太っ腹なことで、目の前の少年には関心ひとしきりとなるルージュ。
毛皮でできた小さな袋の中に入っているのは一対の耳。もう一つの袋には特徴的に大きな犬歯が2対。あとの中身は見てないがそういう袋がいくつも入っていたのだ。
特に毛皮と耳の切り口についてはせいぜい一般の冒険者が金属ナイフを使って解体したものに少し劣るぐらいの精度だ。犬歯も戦いで砕けたものを拾ったわけでもなければ、はぎ取りに手間取ったような傷のつき方をしたわけでもない。
先ほど拾い集めた分はテーブルの上に戻し、袋のなかから一つ一つがわりかしきれいな形の素材をつまんでゆく。
ただ一つ気になるのは、それらの大部分は血まみれになっているという点。
「これは…」
とはいえ。よくもまあこんなひどい環境でここまでの素材をとれたものだと驚かざるを得ない。
しかし今回の依頼は素材が欲しいというものではなく、一定数討伐してくれというものである。
とりあえず依頼達成を証明できる分だけ持ち帰ればいいのでその分だけ持参の袋に詰めておき。
「これだけの物だったら、ギルドも納得してくれそうだしお小遣い弾むよ」
その代金を少ない財布から取り出して少年に渡す。
「それじゃありがとー!」
代金は報酬の1/3と、不機嫌にさせちゃった迷惑料を少々。そのことを伝えてもノイロゥはあまりピンと来ていない様子だったが。
次は街にでも連れて行こうかとか考えながら私は山小屋を後にするのだった。
昨日の魔獣は一晩経ってほとぼりが少し冷めている様子。そもそも私自身脅かしただけで直接攻撃加えたわけではないので見つかりさえしなければたぶん大丈夫だろう―――
◇◇◇
言われなければ少し大きな民家と勘違いしそうな所のドアを開け、閑古鳥のなくカウンタバーに座り、甘めの飲みやすいお酒を一杯。
「すみませーん。カシスオレンジ一杯ください」
「毎度。今日も無事に帰ってきたんだね」
ここはいつもの、どこか古ぼけた片田舎の冒険家ギルド。有体に言えば「冒険家」と呼ばれる何でも屋に対して仕事を斡旋している場所だ。
もう少し詳しく述べるのなら、周囲の様々なところから何かしらの依頼を集め、内容に応じて難易度を査定したうえで適切な冒険家に仕事として紹介をする。そういう場所であるからか打ち合わせなりパーティを組むなりの諸目的のための酒場も兼業しており、暇なときにはお酒を飲みながら他のメンバーと雑談に興じることもある。
…のだが。
ここは所詮街ではなく片田舎であり。
私、ルージュ・エクレールもパーティを組まずにやっているため、この酒場で私が話したことがあるのは今目の前にいるギルドマスターだけなのであった。
大きな町のそれとは違って石造りではなく、できるだけ費用を安くしようと外装、内装ともに質素な木造建築であり、テーブルもさほど広くもなければ椅子もそんなに多くはない。
いつか魔が差した誰かが火でも放ちそうな気もするけど今のところはそんな気配もなく。
頼んだお酒を飲んで私は一息つくと、掲示板から魔狼の群れの討伐と書かれた依頼書を取り、自分の持ってきた証拠品とを照らし合わせる。
「ん、よし…」
ノイロゥからもらった魔物の素材がそのままクエスト達成の証拠となることを確認するとカウンターとはまた別の窓口にそれを持っていくのだった。
「―――というわけです」
「なるほどね。報告ご苦労」
窓口から少し離れたところ。
支部のマスターであるヴェント・ヴェルディに、酒場の相席にて達成したクエストの報告をする。クエストの報奨金はもうすでに受け取ってあるので、今回の私の手取りはノイロゥに払った分と準備に使った分を差し引いた1/3ぐらいだ。
「その、ノイロゥという少年は他にも何体も魔狼を狩っていた、という認識で合っているか?」
「ええ、おそらくは」
「ふむ…。群れで気が立っているだろうにか…。これはもしかすると…」
目を光らせるギルド支部のマスター。超がつくほどの人不足にあってまだ見ぬ人材の匂いを嗅ぎつけたのかどこか獲物の情報でも集めているような雰囲気を醸し出し始める。だが。
「でも、汚いし不愛想で世間も知らない様子ですし…正直言ってあんまりおすすめはできないんですけど」
言葉のとおり。今のままではあの子を社会に出すのもなんだか違う気がする。
「…なんだか随分な言いようだな」
「それはそうでしょう…。火属性の魔法をろくに使えない子供が何であんな山の中で生き延びてるのか不思議なくらいですし、なんだか不気味なオーラが滲みだしているような気がしてならないんです」
「む、そうなのか」
「ええ」
今言ったことは一度山小屋を離れ、街に帰って思い出したときの彼の印象そのままだ。
有体に言って世間一般の、光の下に出していいような子供ではない。あれで浮浪児によくあるような助けを求めるような雰囲気なりどこか世間をあきらめた様な雰囲気なりを感じられるような子供なら役所であるとか、ノイロゥみたいな狩りの能力を持つのであればそれこそギルドに至急引き取ってもらうことも考えたのだろうが。
当時は必死だったのであまり深く考えてなかったが、思い起こせば気が立っていたはずの魔狼をたった一人でロクな武器も持たずに仔も成獣も含めて何体も屠っているのだ。ハッキリ言って不気味である。
「なるほど。情報ありがとう。ところで、次の仕事はどうする?」
「ああ、ではこの―――」
次の依頼はまた別の魔獣の、今度はある部位を持って帰るというものにした。
無意識なのか偶然なのか、その依頼はノイロゥに出会ったところと同じ山で出没するという魔獣に関する仕事だった。
「ただ、出発前に一度教会に行かせてください。魔獣に噛まれてしまってるので」
「ああ、分かった。治してもらっといで」
Tips:冒険者ギルド
本文でもふれられた通り、冒険者に対して「依頼」という仕事を斡旋するところ。
これだけ聞くとただの職業安定所にも見えてしまうが、彼らに対して紹介されるのは往々にして何かしらの理由があって危険が伴うものである。
依頼達成は冒険者による自己申告を皮切りに、依頼者周辺の状況や討伐依頼なら討伐対象の部位の納品などを見て判断する(という今のところの設定)
ちなみに一般人向けの職業紹介所もちゃんとある。