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忌み子の幻想放浪日記  作者: 一波栄
第2章:明るい魔族計画
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第5話:明るい魔族計画

ノイロゥの初めての就職先は、同い年の魔族でした。

闇属性魔法をいろいろ教えてもらいつつ、重要な役割を任せてもらえるなんて

ノイロゥは運に恵まれてます。さすが主人公です。

ちなみに今のノイロゥは、いわゆる「前が見えねェ…」な状態です。

「―――というわけでだ。傷が治り次第お前には闇魔法の習得をしてもらう!」


「何が、『というわけでだ』だ。意味わからないぞ」


 高らかに、誇らしげに修行開始の宣言をするウォールとそれをめんどくさそうに聞くノイロゥ。

 今、ノイロゥ達は元居た山小屋の跡地にてそれぞれの時間を過ごしていた。

 もっとも、顔の骨を折られて顔面が文字通り凹んだノイロゥは今は横たわり、ウォールの描いた魔法陣による治療を受けているのだが。


「そんなこと言うなよ人質ぃ。結果オーライだろ?」

 ノイロゥの八つ当たりな抗議もどこ吹く風の様子で魔法陣に闇と土、水の魔力を注ぎ込むウォール。

 結果オーライってなんだ。今回のことは要するにカツアゲしたのがたまたま貴族で、その関係者に絡まれてたらたまたま財布を落っことす凡ミスをしでかして、それをごまかすために変身を大げさに解いて魔族に戻ったら野次馬が集まって、棚ぼたで冒険者がやってきて、流れでその冒険者を瞬殺して、その場にノイロゥ(本物)という痛々しい様子の『人質』がたまたま手元にあったという流れだ。


 結局その場は気絶したノイロゥだったので後からウォールにそういう流れを聞いていたのだが、なんともはや。


「人質って…、何を要求してるんだ何を」

「あー…。より強い勇者?」

「……」


 特に考えてはいなかったなあ、という思いっきり顔に書いてあるウォール。

 人質というワードも、多分人をさらう時によりワルっぽく聞こえるようなチョイスだっただけなのだろうか。


 だが、それよりもノイロゥとしては聞き過ごせなかったことがある。

 この魔族の少年、本当に『ノイロゥ・ツァイラ』を大々的に名乗って派手に立ち去ったそうじゃないか。

 要するに。


「もうあの街行けないんじゃないのか」


「だろうな。けど、遊ぶのは単なる暇つぶ…。もとい、街の人間の調査だ。あくまで俺の目的は魔族として名を挙げることにあるんだからな」


 ウォールの言う結果オーライというのはそういうことだったらしい。もっと聞くところによれば、魔族では子供がある程度の力を持ったら一人で旅をさせるのが当たり前で、ウォールはその流れでついでに伝説の魔王のごとく名を挙げることを思いついたのだとか。


 そんな感じのことを、微妙に目を泳がせながら語るウォールにノイロゥは話半分で聞き流す。

 正直、まだまだ街で遊びたいノイロゥにとっては割とどうでもよく、むしろ迷惑な話だったのだけれども。


「治療つづけるぞー」


 それをこれまた正直に言ってしまうとこの治療を中断されてしまう予感もあったので口には出さないでおいた。


 涼しげな感覚が身体の周りを覆い、反対に体の中は少し暖かい感覚が生まれる。

 顔の骨が折れているというのにそれが気にならなくなるほど、ゆっくりとした時間の流れに身を任せる感覚。


 闇の持つ数少ないポジティブな概念である『安息』。その効果を発揮して患者の心と体をリラックスさせつつ、大地から命のエネルギーを分けてもらい、水の魔力とこれまた闇の魔力でそれを優しく『浸透』させる、闇魔法使いのなかではそれなりにポピュラーな治療法。

 光の魔力で行われる、直にエネルギーを注ぎ込むソレとはまた違った方法による回復は、かかる時間こそ比較して若干長いが患者に負荷をかけない治療を可能としていた。


「それと、今やっている闇魔法の治療法は真っ先にお前に習得してもらう。お前は闇の魔力の素質が抜群にあるからな」

「えっ?」


「他にもどこかの影に同化して潜って忍び込む『影潜り』とか、毒物生成とかな」

「えっ、えっ?」


「お前程度の水と土の魔力適正でも、それだけの闇魔力の強さがあれば簡単にカバーできるだろ」

「えっ、えっ、えっ?」


 いきなりねじ込まれる話の流れ。闇魔法をいろいろ教えるということだそうだけれども、意図がわからない。

 そんな風に戸惑った反応をひたすらに返していたところ。


「何をそんなに戸惑う。街で一緒に遊んだろ?今度はこっちのお願い聞いてもらう番だ。俺の計画に協力してくれ。お前の力があればこの計画は十二分に回るはずなんだ。頼む!」


 いつの間にか、ウォールの魔族計画に、ノイロゥ・ツァイラも組み込まれていたらしい。

 これじゃ人質じゃなくてただの下僕じゃないか―――


◇◇◇


 あの後、待っていたのは修行の時間とトンネル堀りの日々だった。

 

「ふんにゅ!」

「あー、そうそうそうそう。そんな感じそんな感じー。でもちょっと力んでるな?」

 魔法陣に魔力を通す。それも、前にノイロゥが治療を受けていた魔法陣だ。

 その結果として、自分でつけた傷が少しずつ塞がっていく。


 修行は、宣言通り闇魔法について知っていることをウォールが伝授していくというものだった。

 曰く、お前は身体がそんなに強くないので直接戦闘には向いていないけど、闇魔法の素質はあるので後方支援や後衛、搦め手と逃げに特化していけば強くなれるということだそう。


「じゃあ次は、俺に続いてあそこの影に潜ってから端まで行くぞ!」

「またか、あれ疲れるんだよな…」

「闇以外の魔力適正が弱いからなぁ…。でもまあ、そのうち慣れるだろ、そのうち!」

 ぶーたれた様子のノイロゥに対し、ウォールはさっさと小屋の残骸でできた影に飛び込む。

 はたから見れば地面に頭から飛び込むという自傷行為ともとれるようなそれなのだが、『影潜り』と呼ばれる術ができる者に限って言えばそうでもなく。


 ―――とぷん。


 と、影に触れたところからウォールの身体が黒ずんでいく。例えて言うならそれは黒い水に黒い水を加えて溶け合って同化するような光景か。

 そのまま文字通り影に溶けこんだウォール。それを見届けてからノイロゥもその影に近づく。


 ―――ひた、ひた。

 歩いて影に近づくノイロゥ。そのまま目当ての影に片足を触れ、地面を踏みしめたことを確認する。

 

「えーっと、確か最初に土…」

 自身がまだかろうじて操ることのできる土属性と水属性の魔法。

 土、つまり周囲の地面や床に対して自らの魔力を通し、少しでもいいからその魔力、ひいては自分自身がなじむように働きかける。それを自動で行うための魔法陣を足に仕込んだのでまずは第1段階クリア。


「んで、次に水と闇か…」

 次に、水と闇の魔力を同じ魔法陣に流し込む。

 水の魔力がもつ「染み込む」という性質を自らと自らの影、そして地面に差す影に付与するわけだが、影に働きかけるので闇の魔力もここで必須になっていく。


 最後に、自らの影を動かして自身にまとわりつかせると、ノイロゥの体が地面に沈み込み始めた。


「…むぎゅ」


 だが、ここで一つ問題が発生する。

 先ほどのウォールはまるで水に飛び込むように影にもぐりこんだ。それは、彼自身の水と土の魔力の適性が高かったからに他ならない。対するノイロゥの場合は使えるものは闇を除けば一般人のそれよりも低い適性ばかりである。

 つまり。


「……」

 比較するならばウォールのそれは水泳。ノイロゥのそれは泥の沼。

 一通り必要な魔力を通せばあとは影の中に沈んでいくだけなのだが、ノイロゥの場合は足元からずぶずぶとゆっくり沈んでいくのだった。


◇◇◇


 明くる日。また明くる日。そのまた明くる日と続き。

 

「―――できたぁっ!!」


 ウォールがノイロゥの名前を騙って街で暴れてからおよそ1週間。

 二人は修行の傍らで山小屋跡の地下に穴を掘って過ごしていた。

 穴掘り自体はウォールの発案であり、ノイロゥはそれにやはり巻き込まれる形で協力した次第である。


 工法としては至極単純で、ノイロゥとウォールの二人でまずは土属性の魔力を目いっぱい使って穴を掘り、あとは魔力が有り余っているウォールがその魔力を持って堀った穴を全域にわたって維持する、というやり方だ。

 無論、トンネルを掘るにあたって必要なことは何もしておらず、維持にかかわることはウォールの魔力ですべて賄うのでウォールが仮に死んでしまった場合にはこのトンネルは崩れてしまうわけなのだが、それはそれとして。


「―――」


 この広大な迷宮をモチーフにしたトンネル(ウォールはこれを『ダンジョン』と呼んだ)は完成したばかりでまだ何も入っていない。

 せいぜいが明かりやら扉やら仕掛けやらで生き物と呼べるものは何も入っておらず、静寂が周囲を支配する。このことは穴を掘っている段階からウォールが気にしていたことらしく、完成するより前からウォールはノイロゥにある指示をしていた。


―――うぅうう、ぐるるるる…!

―――きぃ!きぃっ!!

―――ぴぎっ、ぷごぉっ!


 三者三様の、数えきれないほどの種類の魔獣が続々とトンネルの中に入っていく。

 ノイロゥはこれらの魔獣に対し、所定の位置にて生活を送るよう強く『暗示』をかけたのだ。

 その結果として、魔獣たちは自らの縄張りの記憶が強く書き換えられる。

 餌とかどうするんだろうと思っていたら、こいつらの面倒は王たる俺が見るとウォールが宣言しだした。

 具体的なことを言ってしまえば、魔力で連中の生命を維持するという離れ業を見せつけるものだから、ウォールが構想した明るい魔族計画は着々と進んでいるのだろう、といくらそのあたりの事情に疎いノイロゥでも感じるものがあったのだった。


◇◇◇

 最後に、ウォール発案の『ダンジョン』の運営の一幕を見せようと思う。

 

 当然のことながら、ノイロゥが周辺の魔獣の大部分をこのダンジョンに連れて行ってしまったので、山の魔獣の数は目に見えて減った。

 このことを不審に思った村人はまた山小屋の幼い悪魔がとんでもないことをしでかしたのではと思い、当然ギルドに通報する。


 最寄りのギルドは現在、マスターが負傷していて開店休業のような状態であるため、代理が街のギルドに情報を伝達する。


 捕縛依頼はそのままに、山の調査依頼も冒険者ギルドに張り出されるわけだが、異変がこうも立て続けに起こっているのであの山で何かとんでもないことが起こっているのではと推測された。


 そうなれば、冒険者の推奨ランクも報酬も上り、ウォールがノイロゥに適当言ったように強い冒険者が来るようになるわけで。


 結論から言うと、割と早めにダンジョンに冒険者がやってきた。


 ウォールはそうした人間を自分の手で倒してしまいたいらしく、彼がノイロゥに与えた役割はいわゆる案内人だった。

 ダンジョンは基本的に暗いので、ノイロゥは影に潜り放題。そんな中で冒険者が次にどこに行けばいいのかを『暗示』で少しずつ案内していく。

 ただし、万全を期するためにこれを行うのはウォールが朝起きて、食事と母に言いつけられていた歯磨きを済ませてからである。


「さって、今日も始めますかね…っと!」


 それまではダンジョンの入り口は固く閉ざされた上にわからないようになっていたのだが、時間が来たのでそのカギを解く。

 

「えっと、一人かな…。『こっちだよ…』」

 

 早速誰かが来ていることが確認された。ので、暗示でその冒険者を案内する。

 その後、カギを閉めなおした上で薄暗いダンジョンの中を影潜りで冒険者についていく。


「えっと、火属性の魔法を剣にまとわせる…。回復魔法はなし…。んじゃこいつあたりかな」

―――『行ってこい』



 力量を図って適当な魔獣をぶつけ、じわじわと冒険者を弱らせていき、確実にウォールがとどめをさせるという段階で最奥の自作の玉座に送り届ける。


「なっ、またこいつか!なぜこうも私の苦手なタイプばかりが出てくるんだ…!」


 ここまでがノイロゥの仕事。後は、このダンジョンの主たるウォールの仕事だ。

 玉座の間に入っていく冒険者を見届けたノイロゥは、ダンジョンに戻って魔獣の被害状況を確認、生きているものの治療にあたる。その一方で。


「お前が魔族・ノイロゥか!」

「いかにも!俺こそが!『ノイロゥ・ツァイラ』だ!」


 勇者然とした冒険者に、小さい体ながら偽名で威風堂々と相対するウォール。

 先ほどまでの、本物のノイロゥが実行した作戦とは正反対の、堂々とした名乗りだったのだが。


「この山一帯のの魔獣を懲らしめ、従わせ、わがものと―――ん?」


 名乗り口上を聞いた冒険者の目が点になる。

 それを受けて、沈黙が流れる


「…どうした?恐れをなして動けないか?」


 と、聞いてみたウォール。

 どちらかというとこれは相手が黙ったことによる反射に近いものだ。

 肝心のウォール自身も、どうだ恐れをなしたろうという誇示よりも、恐る恐る聞いてみたという口調であることがこの状況を雄弁に語っているというものであろう。


「…。あれ…。どっちかっていうと…。ノイロゥは魔獣皆殺しにしてる密猟者だって聞いたことが…」

「……」

「……」


 きゅぴん。


「とぅッ☆」


 瞬間。ウォールの目が細められ、赤く染まったかと思うと。


 ごしゃ。と、いつの間にか膝にまとわせていた金属の膝当てを相手の顔面に、ウォールは飛び膝蹴りの要領で当てていた。

Tips: 影潜り

闇属性に適性を持つ者たちにとって割とポピュラーな魔法。水と土の魔力を併用して発動する。

何かの光をさえぎってできた『影』に自身の身を潜ませる効果を持つ。

水や土の魔力が強いと影の中の移動速度が上がり、闇の魔力が強いと薄い影でも潜れるようになる。

光を当てると影が狭くなるのだが、これが術者の闇魔力のキャパを超えると影から弾き出される。


過去にこれを使った覗き事件が多発し、さしもの教団も怒れる女性には勝てなかったのかこれ対策限定で光魔法を教えた過去を持つ。

そこからしばらくの間、影潜りを好んで使用していた暗殺者は依頼とは関係なく覗き魔を血眼になって探していたのだとか。


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