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忌み子の幻想放浪日記  作者: 一波栄
第2章:明るい魔族計画
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第4話:魔族が街にやってきた

なんといいますかね。

行き当たりばったりな魔族計画ですねえ。

ノイロゥはあちこち骨折ってるので動けません。

落としたりなんてしたら痛みで気絶するかもですね。

「ふん捕まえろ!さっさと僕の財布を取り戻すんだ!」


 がなり立てる恰幅のいい青年。


「おい、どうしたそのやる気のなさそうな顔は!」


 青年が言うには、昨晩お楽しみ―――ここは本人が明言したわけではないが―――をして、朝帰りをしていたらいきなり魔族にでくわしたらしい。そのまま、パニックになっていたところでジャンプさせられ、頭の中がぐちゃぐちゃのまま気づいたら結局財布を丸ごととられて放り出されていたらしい。


「はぁ…」


 その青年の前には少々うんざりした様子の、青年とはうって変わってガタイのいい男共。

 各々手に短剣なり槍なり得意とする武器を手にするのだが、どちらかといえばただ持っているだけで「構えている」とは少し言い難い。

 だが青年はそのことは気にしない。なぜなら。


「僕の家がお前たちを雇っているんだぞ!金を貰った分は働け!」


 というわけなのである。無論、私兵にも生活はあり、当然先立つものがなければ生活はできない。オマケにこの青年が笠に着ている御家の威光というのは割と馬鹿にはできず、ちょろっと逆らってクビになって明日をも知れぬ身分にされてしまったものは数知れず、いくらうんざりしていても自身が安月給でも青年本人がスゴくなくともそれを表に出してしまっては明日は我が身であり―――


「って、アレ魔族じゃなくないですか?」


 ―――閑話休題。


 その私兵が今、目にしているのは。

 

「ぅぅ…」

 薄汚い物乞いの子供がさらにボロボロにされたような、正直見ていて痛々しい様子の子供と。

「……」

 それに肩に担いで運んでいるこれまた同じぐらいの背の金髪の少年だった。


「は?何言ってるんだよ!あの花柄の趣味悪い服はどう見ても―――」


 青年が指した先の服は赤を下地に、金糸をふんだんに使って花柄をあしらったシャツである。

 カツアゲをされたとき、確かにこの趣味の悪いチンピラが来ていそうな服をあの銀髪褐色の魔族は着ていたはずなのだが。


「―――…。人間?」

 その服を着ているのは今、金髪で白い肌をした人間の子供であったのだ。


 一陣の風。赤く染まる空。

 めんどくせぇなあ、と心の中で独りごちる金髪の趣味悪い服着た子供ことウォール。

 そしてこういうのも日常の一コマなのか、通り過ぎる街の人々は意外と薄情で。


 動き出したのは私兵の一人だった。


「あのー。もしもし?ちょっと聞きたいことあるんだけど、いいかな?」

「今、こいつ運ぶのに忙しいんで、後ででいいですか?」


 当然、チンピラの服を着た金髪少年は取り合わない。


「いや、ごめん!ちょっとの間でいいんだ!」


 だが、ここで引き下がっては私兵としても当然困る。主に給料もそうなのだが、あの青年貴族の家は父も母も割とねちねちした性格なのだ。かわいい一人息子の頼みを聞けなかったということがあれば、一体全体何をされたうえで解雇されてしまうのやら。

 そんな必死な思いの私兵が子供の肩をつかんだ時だった。


ずるっ―――

「うべぅっ」

―――と。


肩を貸していたボロボロの子供がずり落ちてしまい。


ぽろっ―――

「あ」

―――と、その子供が変なところにでも引っかかってしまったのか。


ぽさっ―――

「―――」

―――と。


 金髪の子供の足元に。

 もうあまりお金の入っていなさそうな長財布が落ちた。


「……」

「……」


 一瞬の沈黙。

 

 私兵は考えた。

 青年貴族から聞かされていた財布の特徴。黒いボディに金色で縁取りを拵え、かつそれでいて金髪少年の花柄とはまた違ってお上品な雰囲気。

 幸か不幸か。ただの偶然か。今少年の足元に落ちた財布は、魔族に脅し取られたというソレの特徴とまったくもって一致していたのだった。

 腕に覚えのあるような冒険家であれば、この少年が実は魔族が変身していた姿なのではないか?などと推測を立てるところなのだが、この私兵はそれとはまったく別の方向で物事を考え始めていた。すなわち、この財布を持って、あの少年を魔族ってことにしてさっさと任務を遂行したことにしてしまおうか、ということだ。幸いにも件の貴族も頭が真っ白になった風であり、頭のそんなよくない自分でも今ならば言いくるめることができるのかもしれな―――


「ふーっはっはっはぁっ!!」


 そこから、私兵の記憶はあまりはっきりしていない。

 

「ばれてしまっては仕方ないな!!」


 何故なら。


「いかにも!お前たちの大事な貴族様から財布を取ったのは!」


 今、立っていられないほどの暴風と目を焼きつぶさんばかりの光を伴い。


「この俺!『ノイロゥ・ツァイラ』だ!!」


 迸る魔力。近づくだけで生半可な生き物など本能で跪かせるような威圧感。小さい中に、一体どれほどの力が秘められているかわからない引き締まった褐色の体。そして何より、銀髪の頭にまがまがしく赤い光を湛える角と背中からはいっぱいに広がった大きな黒い翼。

 のちに彼に挑み、命からがら逃げ延びた冒険者が口を閉ざすほどの力を持った魔族がそこに現れたからだ。


「ノイロゥ…、まさか…!」


 ざわつく私兵たち。


「え、何いまの?」

「爆発!?爆弾でも置いてあったのか!?」

「ってか、ナニアレ?魔族のコスプレ?」


 そして、たった今起こった魔族登場に伴う衝撃と音と光とで周囲の人々も野次馬根性を発揮していく。


 ざわつく人は次第に輪をなしていき、魔族の少年が出ていく場所をふさいでいく。

 この場、後々のウォールにとって都合がよかったのは近くに賭場帰りの冒険者がいたこと。


「おいおいおいおい…。『ノイロゥ・ツァイラ』っつたかぁ?」

 そしてその冒険者も『山小屋の悪魔』こと、ノイロゥ・ツァイラの名前を知っていたことだった。


「そうだ。俺が『ノイロゥ』だが?」

 悠々と、強い魔力が醸し出すオーラとともに答える魔族。途端に、相対した軽装の冒険者の周囲で強い風が吹き始める。

 冒険者の得意とする風魔法だ。魔力を持って周辺の大気をいち早く掌握し、己の意のままに操る。

 

 両者の間に走った異様な緊張感を前に周囲の野次馬も、さすがに距離を取りつつ輪は崩さない。

 

「マジかよぉ。とんだ田舎に飛ばされるような依頼だったから受けるつもりなかったんだけどよぉ…」

 言葉とともに冒険者を取り巻く暴風はより一層勢いを強める。

 大気を漂う自らの魔力の流れを次第に速めていき、気づけばもう簡単な剣や岩程度では吹き飛ばされるほどの風速で周囲に風を展開させてゆく。


「獲物がこんな近くにいるんじゃあ―――」

 そうして言い終わる前に。


 冒険者の足元から青い炎が噴き出てきた。


「―――」


 噴き出た炎は風に吹かれた程度では消えず。

 逆に風にあおられてあっという間に勢いを強め。

 冒険者が燃え尽きて灰になるまでの短い一瞬を、野次馬の目にたたきつけたのだった。 


 沈黙が周囲を支配する。

 あまりに一瞬のことで、すぐには状況を飲み込めない周囲の人間たち。

 だが、それも長くは続かず。


「きゃぁああああああ!!」

「魔族だ!魔族が襲撃してきたぞ!!」

「逃げるんだ!おい、お前逃げないならさっさとどけ!」


 恐慌が沈黙にとってかわった。

 逃げ惑う人々によって輪はあっという間に崩れ、散り散りになってゆく。

 この状況を見た魔族は何を思ったのか、手に持ったボロボロの少年をしっかり抱え、高らかに叫びだした。


「なんだ!もう終わりか!ずいぶん強い城壁をこさえた街だから強いのかと思えば!」


 声は風魔法を使って、本来の声量を超えて広く拡散する。

 聞こえた市民や私兵にとってその意味するところがどういったことなのか理解できないわけでもないので恐怖をさらに煽り立てる結果になる。


「こいつは人質だ!こいつに未来の魔王軍の資金を集めさせていたがもう十分!返してほしくば我が居城へ来ることだ!」


 言い終わるや否や、暴力的な熱を伴った暴風を吹き散らす。

 背中の黒い被膜の翼を大きく広げ、たった1回の羽ばたきで飛び上がればその熱風は周りに拡散される。

 その熱量と恐怖を前にしては、自身の生活苦にあえぐ一私兵やその周辺でたまたま通りがかっていた一市民ではどうすることもできず、ただただその魔族がボロボロの子供を連れて空を飛んでいくのを見守るだけだった。


 「…僕の財布…」

 

 後に残ったのは灰と、黒焦げになって横たわった財布のみだった。

Tips: 魔王

ファンタジー作品お馴染みの悪の化身。

ここの世界では、人間にとっての神の敵で悪の親玉。

そして魔族にとってはすべての魔族の頂点に立つ伝承上の称号。


「すべての魔族の頂点」という、いわゆる神みたいな非現実的な基準だけあって魔族側としては本気で目指す者もおらず、「もしかしたらどっかにそういうのいるのかもね」程度の認識でしかない。

それでも人間は神と敵対する魔王の存在を信じて疑わない。信仰深さは敵をも信じるのだ。

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