第3話:5月5日午後の街遊び
子供の日は子供らしく外で遊びましょうよ。
お金は持ってたらパーッとつかっちゃったほうがいいんですよ。
社会勉強ですよ社会勉強。
ぼこぼこにされるのもその一つです。
「ご…、ご注文はいかがいたしましょうか?」
そう、新人でもないのにたどたどしい様子で街の飲食店の看板娘が注文を聞けば。
「ミニサイズ仔オークの丸焼き2丁!お前もそのぐらい食うだろ!?」
と、元気のいい妙にキラキラした金髪の子供がその注文をよこす。ついでに。
「……(こくり)」
その連れだった妙に陰気で少し汚い風の茶髪の少年がぎょろっとした目をのぞかせながら看板娘を見る。
「(―――ひっ)」
声に出そうになったその本能的な反応を何とか抑え込んだ看板娘。そんなことはおくびにも出さず、言われたままの商品を魔導板にてメモを取りながら、最後に値段を弾き出す。
「―――全部で15万5800エンになります」
果たして本当に今目の前にいる子供2人がこの額を払えるだけの財力を持っているのかどうか。
仔オークという、一応当店の味も保証する看板商品を丸焼き2つという、バカみたいな注文を投げかけてきたのだ。
食べ盛りな子供二人ならもしかしたら食べきれなくもないのだろうが、大人でも1回の買い物でここまでの額を出してしまえば普通は次の給料までものすごく苦労する羽目になる。
要するに、1回分どころか1か月の食事としても到底釣り合うものではない注文だったのだが。
「うむ、ホラこれで足りるだろう」
果たして、金髪の子供が出してきた札束の額は20万エンだったのだ。
「……」
看板娘が恐る恐るお札の枚数を数えていく。
まさか躊躇なく、おつり付きで渡されるとは思ってもみなくて、今度こそ引きつく口角を隠せない。
「おーい、次のお客さんのオーダー!」
「ひゃい!?」
厨房のから響いた怒号。振り返ってみれば丸焼き2個を注文されて慌ただしくしているではないか。
2人の子供の前に突っ立っていたのをぼーっとしていると取られてしまったのだろう。看板娘ははっとして一瞬飛び上がる。
「あ、えっと、あ、おつりっ。まず大きいほうお渡ししますぅ!」
そのまま魔導板の下に仕込んである貨幣読み取りの箱型魔道具に1万エン16枚を入れて残る4枚を金髪の子供に返す。
ちりぃーん。
と小気味の良いベル音が鳴ったと思うと、板のほうに書かれた文字はうっすらと光ってから消える。ベルを鳴らした箱の下部には残る1000エン硬貨4枚と100エン硬貨2枚が落ちた音がする。
「それと小さいほうもお渡しします!あっ、ご注文っ、しばらくしたら来ますのでお待ちください!」
それを確認した看板娘がお釣りを金髪の子供に押し付けるように渡し、次のオーダーを取りに行ってからだいぶたったころ。
二人の子供は大騒ぎしながら食べる(ウォール)、フォークなどををろくに使わず犬食いで食べていく(ノイロゥ)、口の周りをちっとも拭かない(ノイロゥ)、ぼろぼろと香草やら肉の欠片やら派手に落としていく(両方)、注意しようものなら切れた様子で威圧しにかかる(ウォール)
といった具合で、見るものすべてに無差別に不快感を与えていったことから、後々この店で「上客といえどマナーのなってない人は叩き出す」という方針が出来上がったそうな―――
◇◇◇
「いやー、食った食った!」
「…(ヨロ…」
屈託のない笑顔で歩く金髪に変装したウォールと、その隣を歩いているのは若干苦しそうな面持ちのノイロゥだった。
オーク。一言で言ってしまえば豚のような造形をしたちょっぴり好戦的な魔物をいう。いつだかの女冒険者から聞いた話では、太った人間の上に豚の頭がつながってるような感じらしいのだが、なんでもその肉はかなりおいしいらしい。その上、大概の場合は徒党を組む割にはそこまで強いというほどでもないらしく。
とはいえ、腐っても魔物。そこら辺の村の猟師でとりあえずどうにかなるか、準備もできないまま遭遇して重傷を負って帰るかという程度には危険なので彼らの狩猟はほとんどが冒険者の日銭稼ぎとして依頼される。
かくして、冒険者ギルドではオークの狩猟は割とポピュラーな部類となり、その過程で得られるオークの肉は人気だがほどほどに高いという冒険者ギルドにとって濡れ手に粟な食材なのであったが。
先ほどノイロゥがウォールと一緒に食べ散らかしたのはそのオークの仔の丸焼きだった。
野生故に家畜の仔とは違ってなかなか手に入ることのできない仔オーク。故により高級品。ただし注文したのは薄汚いノイロゥと妙に強気なウォールという子供二人組。買うだけの金をどうやって手に入れていたのかといえば、先ほど決行したカツアゲ作戦で羽振りのいい貴族を巻き込むことに成功したからだったわけだが。
「よし!次はあそこだ!」
「…(うぷ」
その二人で手に入れたお金の使い道は主にウォールが決めるような感じで二人は街を回っていた。
ある時は冒険家ギルドの前に潜入して冒険者に頼んでおつまみセットを頼み―――
「ふげっ!?あの紙って…」
「そうなんだよな。お前のこと話題になってるんだぜ。山の悪魔って」
―――張り出されているノイロゥ捕縛の字を見てぎょっとした本物のノイロゥにウォールがしたり顔で解説したり。
またある時は適当なアイテムショップに立ち寄って―――
「おっちゃん、これっていくらするんだ?」
「……。ああ、そいつは10万エ―――」
―――ぞくり!!
「―っ!!、…、……。いや、1000エンだ…」
―――薄汚い格好とそれに見合わない大金を見た店員にノイロゥはぼったくりをされそうになったり(その時はウォールが魔族としての威圧感を出して事なきを得たが)。
そしてまたある時はちょっと薄暗いところの賭場に入り込んだり。その賭場にて興味を持ったノイロゥがゲームに参加したはいいが―――
「馬鹿野郎!二度と来るんじゃねえ!」
ぼかっ!!
「ぐべぅ!!」
―――ちょいちょい暗示の魔法を使って勝ち続けていたノイロゥが調子に乗ったあたりでイカサマを見破られ、見破られたゲームで得た金を没収された挙句にぼこぼこにされて路地裏に打ち捨てられたり。
「―――はぁ…。だからあんま調子乗るなって言ったのに…」
「うぎぃ…」
そんなこんな、ひとしきり楽しんだ二人は今街の少し外れの通りを歩いていた。
ぼこぼこにされたノイロゥにウォールが肩を貸して歩いている絵面である。ちなみに、ウォールはノイロゥが賭場で調子に乗り出したあたりで叩きだされると踏んでばれないよう外に出ていた。もちろん、巻き込まれたくないからである。
「ましゃか…、ヴぁれるなんて…」
「そりゃさぁ…。最初の暗示のコントロールはよかったよ」
おぼつかないノイロゥの足元に合わせて歩いてあげるウォール。ただし、ノイロゥの演じた失態を責める口は止めない。
「ちまちま細かくスキ突くようにやってれば人間で気づく人なんていないさ。それでも確実に効果は出るんだからああいう場で暗示はめっちゃ強いよ。でもさぁ…」
賭場のゲームにおけるルールを知らなかったノイロゥは初め、相手がわざと負けるように仕向けようとしてその手の暗示をかけていった。ちょいちょいと微弱な暗示を蓄積していくやり方は祖父祖母や女冒険者の時に自然と覚えいていたのでお手の物であったので、初めからノイロゥに金が少しずつ集まるようにしながら勝負は勝ったり負けたりを繰り返した。
「いくら実入り増やしたいからって、調子乗ったらさすがにばれるって」
ちょっとずつしかたまらない金にじれったくなったノイロゥはちょっとだけ、暗示を強くかけてしまったのだった。それも、カツアゲの時にやったような、一発で人を従わせるような強度で。
「ぅぅぅ…」
賭場には、『いかなる客も魔法を使うべからず』という絶対のルールがあった。要はイカサマ対策なのだが、賭場其れそのものにもそういった魔力発動を検知するような仕掛けはそこかしこに施してある。後はノイロゥが強い暗示をかけた瞬間にそれが作動し、サイレンとノイロゥに対する金縛りの術式が自動で発動し―――
「とりあえずその傷は帰ったら治してやるよ」
以上が、事の顛末である。
ひとまず、あの賭場が先のルール以上に『投了優先』を厳守するある意味でまじめなところでよかった。出なければ、ノイロゥが途中で得た割と多めのお金は全部没収されていたろうから。
そんなことを考えつつ、着実に街の出口に近づいて行っていると。
「―――あ!いたぞあそこだ!あのガキ共だ!!」
羽振りと恰幅のよさそうな男の慌ただしい声が聞こえた。
「おい!おとなしく縄につけ!」
ついでにその男が従えていると思しき私兵たちの声も聞こえる。
果たして、ノイロゥとウォールの目の前にいたのはカツアゲで財布を丸ごとった被害者の貴族その人であった。
Tips:貨幣
この世界、もしくは作中世界で流通している「通貨」を示す具体的なもの。
作中世界では、貨幣の一つ一つに「いつ、どこの国のもとで発行されたか」とか、
「どれだけの価値なのか」といった識別情報が魔法で刻み込まれている。
また、それを読み取るための魔道具があって、この時代ではいろんな施設に普及しているので、
この貨幣を用いたやり取りはある程度の信頼が担保できるというシロモノである。
ちなみに、これを発行する技術を持っているのは教団のみである。
そのため、基本的にどの国も教団に対して逆らうことはまずできない。