第2話:5月5日午前の街遊び
お金の描写もあるにはあるけど、めんどくさいし相場云々は本質ではないので投げやりなのです。
作者的にお金って信用を形にしたものとも考えているので、お買い物とかお給料とかいろいろあるけどコレが絡んだ出来事って無下にしていいものじゃ絶対にないと思ってるのです(真面目なフリ)
ちなみにウォールが最後にやる光魔法は、ものが反射する光の波長(=色)を変えてるとかそんなの。
「俺はこれからここで、魔族としての名声を上げる!!」
唐突、というわけではないが一人の魔族の少年が叫びだした。
叫んだ少年の名前はウォール・エン・レリエッツ。前回、いきなりノイロゥが寝ているときにカチコミをかけ、小屋をバラバラにした挙句にノイロゥを巻き込んで天下を取ると言い出した魔族の男の子だ。
なんでも、街で遊んでいたらノイロゥのいる山で悪魔が暴れているなどという噂が立ち始めていたのでその悪名をとっかかりとして成り上がろう、という魂胆らしい。
一応、その野望に見合った実力は持っているようで、一方的に行われた自己紹介の中では雷を除く魔力を高い水準で扱えること、戦いの訓練を魔界でかなり積んできた、ということも伝えられた。無論、そんな文字通りの化け物を相手にしては闇属性を除けば魔力的も肉体的にも人より劣る力しか持たず、ろくに訓練もしていないノイロゥでは歯が立つはずもなく文字通りのコテンパンにやられてしまったわけで。
「……」
「…おい、なんか返事ぐらいしたらどうなんだ」
無視を決め込むノイロゥ。そのままがれきの山同然となった山小屋に戻り、まだ無事な毛布がないかを探してみる。
当然の話、ノイロゥとしては今の状況は面白いわけがない。いきなりやってきて住処を壊された挙句、勝手に手下にされそうになったわけだ。いや、実際には手下と言ったわけではないがノイロゥには少なくともそう映るものだ。
しかし、力で負けた挙句に自分の十八番<おはこ>である『暗示』の魔法もなんでか防がれてしまっている。
「……」
「ノイロゥ?聞こえているんだろう?」
つまり打開の目は一切ない。
「……」
「俺の言うこと無視しないでくれよ、おーい!」
ないのだが。
「……」
「なー、頼むから!」
果たして、この馬鹿魔族にいちいち付き合ったりしないといけないのかといえば、答えはノーである。打開できないから取り合わないといけない、という風には少なくともノイロゥの頭の中では結びつきはしない。
そんなことより毛布。ノイロゥにとって一番大事なのは毛布。寝るための毛布。ウォールに散々突っかかって体力を消耗した今なら、毛布さえあれば眠れるという確信がノイロゥにはあった。目下の最優先事項は寝るための毛布なのだ。
「……」
「……」
ほんのちょっとだけ長く続く膠着状態。
中途半端に燃え崩れてがれき同然となった木材をかき分ける。
ノイロゥのそんな様子を見つつ、かまってもらえないウォール。
「なぁー、話を聞いてくれたら、闇魔法とかいろいろ教えてやるんだぞー?」
「…―――」
突如として飛び出てきたウォールの譲歩。ノイロゥ的にはありがたいと言えばありがたいのかもしれないがどちらかといえば今すぐにでも退去してもらった方がよりありがたい。生きる技術はどこかへ行った祖父母に一通り教わったのだから、ここで惰眠を貪ったり街に向かったりするにあたってはすでにその力関連は間に合っている。
つまり、そう考えているノイロゥにとって、今のウォールの出した闇魔法の教授という条件は交渉としては弱い。闇魔法が特段強い身分、実は内心ぐらっと来た、なんてことはない。たぶん。一瞬炭と化した家をかき分ける手が止まったのは気のせいだ。
強くなることを夢見るより、今眠って夢を見た方が幸せだ。
「ダメかー?」
「……」
引き続きかき分ける。
何かが手に当たる―――血まみれの木の槍だったもの、これは違う。
何かが足に当たる―――虫眼鏡、割れてしまったので火おこしができない。
何かが視界に入る―――肉、腐ったものを焼いても食べられない。むしろひどいにおいをまき散らしている。
「…こんなところに住んでるぐらいなんだから、街連れてってやろうと思ったのになー…」
「―――」
ウォールが寂しそうにつぶやく―――
「―――承知いたしました、『ノイロゥ・ツァイラ』殿。無知なこのワタシに、いろいろとご教授願います」
―――ノイロゥ、街に行けると聞いて、手の平を返す。
「…まじ?」
「大マジですとも」
「やった!! よし分かった!じゃあまずは街に行くぞ!!」
ノイロゥが芝居がかった対応をした―――ウォール、嬉しそうにノイロゥを抱えて街に飛んで行った。
ちなみに毛布として使ってた服は山小屋を崩したウォールの火球に巻き込まれてすべて燃えカスになっていたけど、それはまた別のお話。
◇◇◇
二人はつつがなく街についた。そのままつつがなく遊びふけることが出来る、とノイロゥは思っていたが、そこまでつつがなく事が運ぶというわけでもなかった。
端的に言えばお金がなかったのだ。本当は女冒険者からノイロゥは金品を受け取っていたのだが、ウォールがうれしさのあまりに事を急いたせいでそれらは全部置いてきてしまった。
金がなければ人間の社会では何もできない。街ではご飯を食べるのも住むところを確保するのも、けがを治してもらうのもすべて金を払ってやってもらう物なのだから。
今手持ちの金がないことをウォールから聞いたノイロゥは。
「嘘だろお前、じゃあどうやって金調達するんだよ!」
そう言ってウォールを一度詰ったが、涼しい顔をして「何も問題ない」と返された。
ウォール曰く、お金の調達は何も問題ない。どころか、二人なら今日という日を遊んで過ごすのに十分なほどの量はすぐにでも確保できるのだとか。
作戦を持っていたウォールに淡々と従ったノイロゥ。
二人はそのまま人目のつかないごみごみとした路地裏に入り、他の人が入った時点で作戦を決行するのだった。
「―――ひぃっ!?」
「なあ、こいつに殴られたくなきゃ持ってる金全部出せ」
「い、いやだ!! お前ら下民なんかに出す金なんか僕は持ってない!」
「持ってない…。持ってない…。えぇ…、持ってないのか…どうしよ」
(…いや、真に受けんなよ)
「あ、そうだ。『ジャンプしろ』」
「うぐっ!? ―――」
(いや、ジャンプってなんだよジャンプって…)
ちゃりんちゃりん。
「その音、お金だな?じゃあ改めて…、『持ってる金全部出せ』」
「―――」
「ん? なんだこの紙の束。暖炉にでもくべるのか?」
(それは燃やしちゃダメな奴だよ!!)
ノイロゥの言うがままに跳ねさせられ、カバンに入っていたお金が躍る音を聞かれてしまい、そしてお金を出してしまう恰幅のいい青年。
その青年の目の前にはノイロゥと、いかにも魔族然として白い息を吐き、目立つ赤い角に魔力と思しき光をため込むウォール。馬鹿正直に相手の言葉を飲み込んだ挙句、ジャンプなどという古いカツアゲを思いついたノイロゥに彼は呆れていたのだがそれはともかく。
作戦とはすなわち、魔族の威容と暗示を使ったカツアゲだった。
「ぎゃあ! ま、魔族!?」
「そうだ魔族だ。ボクはこの方に献上する人間探しているんだ」
「ひぃっ!!」
「それが嫌なら、『有り金全部出せば見逃してやる』」
「は、はいいぃいっ!!」
恰幅のいい青年を放り出したころ、またもう一人の哀れな生贄がやってきた。
今度はものすごくあっさり生贄を食べることができた。
もちろん、直接体を食べたという意味ではない。
◇◇◇
「いやー、ノイロゥのおかげですっげぇ金稼げたよ良かったよかった!」
「ほへー…。こんだけあれば十分なんだな?」
「ああ、そうとも!」
ウォールがいつも持ち歩いている財布にしこたま入った金貨、銀貨、銅貨。すべて今回のカツアゲ作戦で得たものだ。その犠牲になった人数は両手の指を優に超える。
「これまではさ、この姿で、力をチョイ見せして脅かすだろ?歯向かってきたらぼこぼこにするだろ?そうやってああいうやつらの財布抜き取ってきたわけだけどさ」
嬉しそうに語るウォール。
「さすがにボコったら疲れるし、1回の実入りも少なかったからなー。その点、今回ノイロゥがいてくれたおかげで路地裏にたくさん暗示で誘い込めたし、ボコるなんてしなくてもノイロゥの暗示であいつらめっちゃビビらせられたし!」
「フーン…」
いつになく饒舌なウォールには目もくれずに彼の財布の中身にくぎ付けになるノイロゥ。
女冒険者や祖父母の話を思い返すに、簡単においしいものを食べるには銅貨20枚もあれば十分、もっと何かを楽しむのなら銀貨10枚、銅貨だと100枚になるがそれだけあればオッケー。銀貨100枚で何かの紙が1枚。その紙10枚が高価でも何とか庶民の手に届く範囲であり、その10倍、100倍ともなればそれは貴族が手にできる収入なんだと。
そう言うことを思い返すが具体的な使い道があまりわかっていないノイロゥが、紙が束で入っていそうな巾着袋をまじまじ見ているとウォールはそれを閉じて懐にしまい、ノイロゥの手を取った。
「ぃよし、早速俺といろいろ遊びに行くぞ! と、そのまえに。」
そういったウォールは一瞬、体を光らせたかと思うとそのまま風が優しくふんわりとウォールを包んでいく。
「うわっ! って…、え?」
一瞬の強い光で目がくらんだノイロゥ。その光は一瞬であり、その光が収まったことがすぐに分かったノイロゥはそのまま恐る恐る目を開ける。
「ふふん。どうだこの変装術!魔族の俺が人間の街を歩けるのはこういうことだからな!」
目を開けると、そこには人間がいた。角度を変えて見たりすると肌とかが妙に色が変化するような気がするので人間というには少し不適当かもしれない。が、ウォールの背中の翼を服の中にしまい込み、肌を人間同等に、髪を金色にしたうえで逆立てて角を隠し、黒かった目の強膜の部分を人間のように白くしてしまえばなるほどそれは確かに人間ぐらいには見えるのだろう。
お金の相場や使い心地を知らず、魔族が人間の街を歩くことはできない、ということも知らなかったノイロゥでも、光魔法による幻覚で人間に化けたウォールを見て驚かずにはいられない。
これだけ強い上にカツアゲといい変身といい多芸なのだから、これは確かに敵わない、とノイロゥは思った。思ったので、こいつからは逃げ出すこともたぶん出来ないのだろう、と何となく悟った。
「よっし、それじゃ早速あの店行くぞ!」
確かにこいつは強い。自分じゃみじんも敵わない。闇魔法を教えてくれるというのもホラとかじゃないんだろうと思わせるものを感じる。それでも初対面の印象から好きになんかなれるわけがなく。
「…ほーい」
街に連れてくれるというからついて行ってるが、ノイロゥの態度はどこか乗り気ではなかった。
Tips:通貨
この世界、もしくは作中に登場する国で流通しているもの。
物の流通を手助けするためのものであり、「物の価値」というものを表す媒体。
異世界作品では国をまたいで同じ通貨が流通することもあったりするので、国と国とで争いをやってる場合ではない世界であるパターンが多いことも読み取れるのかもしれない。
ちなみに今回登場する通貨の単位は「エン」。銅が10エン、銀貨で100エン。
読者のみんなはこれで大体察せるだろう。