幕間:とある少年の生い立ち
幕間と言いつつちょっとした前日談。
こういうさ、何をされてももう特に何も思わない人っていると思うんですよね。
少年はいつも一人だった。
「アンタが闇なんかに生まれなきゃ…」
というのは記憶にある母の独り言。
「これからお前はおじいちゃん、おばあちゃんと一緒に暮らすんだ。ちゃんと言うこと聞くんだよ」
と、記憶の父の最後の言葉は言う。
「やみぞくせい…」
生後6年、教会にておおよそ診断される魔法属性。透明な珠に手を当てた瞬間、真っ黒に染まったあの光景。他のどれよりも闇の力に強く秀でた証であるそれを特に自分はどうとも思わなかった。けど、周りの人にとってはかなり衝撃的だったらしい。
祖父母が言うにはあれから村の人々の、家族への対応が悪くなったとか。
闇の子を産んだことで偏見にさらされ、人ならざる悪魔として疎まれる日々。
それでも1年は持ったが、そのうち母が心を壊し、父がかばうように共々逃げていき、置いて行かれた少年は祖父母の家に預けられることになる。
それから、少年は家から殆ど出ることはなかった。
「うわ、アイツだ…」
「逃げろ逃げろー!」
「アクマだアクマだ!」
初めは他の子と同じように出かけることもあった。祖父も少年のことは気にかけてたので一緒に出ることもあった。
そこで出くわしたのは田舎ゆえの。あるいは子供ゆえの残酷さだった。
そのたびに祖父が子供たちを叱り飛ばすのをどこか遠い物語を見るように少年は見ていた。
何回外に出ても同じようなモノしか見ないので、その内少年は村への興味を失っていった。
初めは祖父のことを物語の勇者みたいだなと思ってもみたが、何回も見ればそのうち飽きは来るのだ。
外に出ないので日々本を読むか適当に魔法を動かして手慰みにふけるぐらいしか少年はやることがない。そんな様子を見て祖母は少し寂しいような表情を浮かべたが、そのことを責めはしなかった。
さらに2年。
もともと冒険家として狩りで生計を立てていた老夫婦は少年を連れてとある山小屋に移り住んだ。
そこで10に近い少年に狩りや魔法を教えつつ、必要最低限の獲物をとっては食べて暮らしていった。
老夫婦にしてみれば村に降りていったのはその昔、出産と育児に必要だったからであり、成人した子供は普通の大人として村に暮らしていたからだった。その子供が失踪し、忘れ形見の孫が村から謂れのない迫害を受けたとあればもう村にいなければならない理由などないのだ。
「いいか、魔法もいいが、最後に頼れるのはテメェの体一つだ」
祖父はありあわせの武器の製作と狩りの技術をもっていた。
「闇魔法が得意なのね。私は苦手だけど…、教えてあげられるかな」
祖母は魔法と調理の技術を持っていた。
「水と土の魔法が使えるなら、水には困らないわね」
「あー、火魔法が使えねぇのか。んならこうすりゃ火は起こせるからよ。よーく見とけよ」
二人して、少年がこの先困らないようにするために選んだのはサバイバル生活を教えることだった。
「体の中にね。君の場合は黒いのと、あとは青い感じ、茶色い感じのものが回るの感じない?ソレが魔力なの」
「剥ぎ取りってのはこうやるんだ。よぉく見とけよ。後でお前もやるんだからな」
そこからの少年は、生きるための方法を身につけることになる。
必要だったからかと言われてもそのつもりがあったかは分からない。ただ祖父母が教えてきたので自らも身につけていっただけ。教えられたことの一体どれだけを身につけられていたのかもわからないが。
ある日の事だった。
少年は自分の中に黄色い力が巡っているのを発見した。それは青い力とも、まして茶色い力と合わせても何も起こることはなかった。
つまらなさげに不貞腐れる少年は次に、一番得意な黒い力と合わせることにした。黄色い力を弱った獲物に流すとピクピク震えて面白かったし、黒を除けば他の色よりはしっくりくるイメージがあったのでなんとかもっと面白いことをしたかったのだ。
黒い力と一緒に黄色い力を出してみる。
ダメだった。
最も得意な属性と掛け合わせても何も起こらない。そのことに軽いショックを覚えつつも、これまでは二つの属性としか掛け合わせていなかったことに気づくのにはそう時間はかからなかった。
加えたのは茶色の力。これはダメだった。次いで青。これもダメ。赤や緑は元々使えないので論外。最後に祖母からちょっとだけ教わった白い力を混ぜてみる。
―――ここで異変はすぐに起こった。
頭の方で妙にザワザワする感覚がした。
何だか自分の考えてることがそのまま声になって頭に響くような感じもした。
「―――ご飯出来たわよー?」
ご飯の嬉しさに魔法を解除することを忘れ、簡単な居間に移る。
「なあに?お肉足りないの?」
「何だ。肉足りねえのか」
盛り付けられた肉料理が少なく、少し不満げに思ってたら偶然二人ともそんなことを口にした。不満な自分の頭に直接響いた自らの不満な声を自覚する暇もなかった。
あれよあれよという間に二人とも肉を分けてくれたので、その晩はおなか一杯になった。
「なあに?魔法を教えてほしいの?」
「なら明かり付けておくぞ。早めに寝とけよ」
寝る前、本格的に魔法を教えて欲しいと祖母に頼んだら二つ返事で了承を得た。
「3つ力を掛け合わせるのは聞かないわよねえ。だって疲れるもの」
言われて初めて溜まった疲れに気づいたのはその時だった。
他にも、組み合わせでどんな力が出るかは色んな人が探しているという話も聞けた。組み合わせ自体にも、調節が必要だったり人によって向き不向きがあるということも聞けた。
「黒と白と黄色…。…え?光と闇って…、かけ合わせられるの?」
黒と白と黄色をかけ合わせたら何が起こるのか聞いた結果の祖母の言葉には納得はいかなかった。
感じた違和感に対して好奇心を抱き、少年は何かあるかもと暇さえあればこの力を出すようになっていった。
最初は出るときと出ないときがあったが、「調節が必要」という言葉がヒントになり、徐々に安定するようになった。
果たしてこれが一体何につながるか。それはわからないが、とりあえず頭に声が響くこの感じとそのあとの疲れは割と好きだったのだ。
それから、少しずつ少年のわがままが通りやすくなっていった。
もう一年。
祖父母から毎日食べ物を分けて貰ったおかげで、少年はほんの少しだけ体が成長した。少し祖父母を手伝ってもいたが、魔法のことで手一杯とか言ったらソレが免除されることも一度や二度ではない。説教が嫌いなので後で聞くから黙っててと言ったら声の大きな祖父も暫くは黙ってるようになった。
新しいことを教えてもらう時間はめっきり減ったけど、そろそろ自分でいろいろな事できるようにもなったと思うので別段気にすることもなく。
―――『自分の思うことを刷り込ませる』
これは、そういう力なんだなとわかったのは三ヶ月くらい後の話。
少年に食事を分け与え、自らに必要な分を摂らないので衰えを見せてきた祖父母。少しずつやせ細り、いつのまにか自力では動かなくなった彼らを外に寝かせたのはその一ヶ月後の話。
外に寝かせた老夫婦がどこかにいなくなり、このチカラが周りのケモノにも影響及ぼすと分かるのはさらに一ヶ月後の話。
自らの魔法を自覚してから狩りは教わった技術の半分も使わなくなり、生態系やバランスの概念を知らないので新鮮な肉を求めて、あるいは娯楽として自分で食べる以上の量の獲物を狩っていく。
これだけの量を狩る腕前はあったろうにどうしてしなかったんだろうと心の中で祖父母にため息をつきながら退屈そうに、少年、ノイロゥ・ツァイラは狩った獲物をそのまま壁に、腐った獲物にかぶせるようにつるしていく。
そして―――
ぼこん、と自分の魔法で掘った穴に何かが落ちるのを感知する。
1つめはよく肉をとってる狼魔獣だが、もう一つが分からない。
もしかして人間―――?
Tips:暗示
闇魔法の中でも希少な魔法。
希少というだけあって使い手がほとんどおらず、効果のほどを記した文献も非常に少ない。
希少であることには理由があり、これは光魔法の資質も要求されるため。
光魔法と雷魔法をかけ合わせて電磁波を生み出し、そこに闇の『侵蝕』の効果を合わせることで相手の精神に何かしらの干渉を行う…という作者のこじつけ。要するに毒電波(違