7
鐘の音が鳴る。
吹き込む冷たい風で目が覚めた。
目覚めの良い朝だ。
窓の外にはクレベの街。
あれは夢だったのだろうか。
しかし、手に握り締めたペンダントが物語っている。
あれは現実であると。
不思議な場所、過去への手がかり、そして……。
「あの人はいったい……」
丸い琥珀のような輝きの宝石が付いたそれを眺めながら考える。
「気をつけて……か」
しかしどうやって辿り着いて、どうやって帰ったんだ。
たしか、ユラを待とうと……また迷惑かけてしまっただろうか。
とりあえず謝りに行こう。
ユラの部屋は遠い。
同じような扉が並ぶ廊下走る。階段を下りて角を曲がり、ようやく部屋の前に辿り着いた。
ユラの部屋だ。
呼びかけても返事がないので、中を覗くとユラはまだ布団の中ですやすや眠っていた。
それを見てほっと一息。
見ていると心が安らぐような穏やかな寝顔。
だけど、
「……うぅ…………ぅ」
その表情に悲しみが浮かぶ。うなされている。
「……お父さん」
その頬に涙が溢れた。
……それを見て感じるのは、最初にユラとあったとき同じ感情――既視感。
どうしてその表情を見ていると、こうも胸が痛くなるのか。
見ていられなくてその涙を拭う。
縋り付いてくるユラの背中を優しく撫でた。
いつもこうして……いつも?
ユラが落ち着くまで撫で続けた。理由はわからないけど自分も落ち着く……なんで人の身体ってこんなに心地良いんだろう。
尊い時間だ。
あと、なんだろう……なんだかドキドキする?
知らず背中に回した手に力がこもり、ユラを引き寄せる。吐息が顔にかかるほど近くまで……するとユラが目を覚ました。
至近距離、寝起きの目がトロンとしてる。
「おはよう」
返事がない。
「…………」
まだ寝惚けているのだろうか? もう一度。
「……? おはよう」
「ん……ぉはよぅ…………え?」
目をぱちくり見開いた。
「ひっ……いやぁぁぁぁっ!」
挨拶の代わりに帰ってきたのは悲鳴だった。
ビンタにキック、物が飛ぶ。
「わ、待って! なに、いっ……痛い痛い! ごふっ!」
叩き出されてしまった。
朝ご飯。
正面にはむすーっとして怒ってますと言わんばかりの表情。
真っ赤だ。
「……まったく、常識がなくて困るわ。反省してるの?」
怒らせてしまった。
でも、いったい何がいけなかったのか。
反省しようにもできない。反省しても後悔はないと思うけど。
「ごめん……何がいけなかったの?」
しどろもどろになって説明しようとするユラは言い淀み、
「何がって……えーっと、そ、それはその……ぅぅ。とにかく駄目!」
そう言い捨てた。
「えー……」
理不尽だー。これじゃ何が駄目なのかわからない。
「涙を拭くのが駄目だった? それとも背中を撫でたのが駄目だった? あ……もしかしてぎゅーってしたのが駄目だった?」
「な、なな……そ、そもそも寝顔を覗き込むの禁止っ!」
そこか。盲点だった。
「今度やったら承知しないからね……」
「だめなの?」
「だめ。……それで、本当は何のようだったの?」
そうだった。
昨日のことを謝りに行ったはずなのにどうしてこうなった。
「えっと昨日のことなんだけど……また迷惑かけてたらごめんなさい」
ミツキは昨日のことを話した。
誰かに呼ばれた気がして細い路地に入ったこと。気が付いたら知らない場所にいて、キョウという不思議な人に出会ったこと。そして気が付いたら部屋にいたこと。
洗いざらい全てを話した。
「本当の話? ちょっと信じられないけど嘘付くつもりじゃないのはわかるよ。あと……もし記憶を取り戻して出て行くなら、せめて一言言ってから出て行ってね」
「……うん」
外は良い天気だ。
眩しい日差しが目に染みる。
そして今日も教会へと行くことになった。
教会へと続く坂道をのんびり歩く。街中に入り人通りも増え始めた頃、
「やっほー、こんにちわー! さっそくお二人で仲良く参列ですか?」
背中に衝撃があり、肩に手が置かれた。
小声で囁く声に振り向くと、ニコニコと含みのある笑みを浮かべる顔があった。
「こんにちは。ルピア」
「ん、あれ……アトゥンさん? こんにちは、もうミツキと仲良くなったの?」
「いやー、きのう少しお話したんですけど、面白そ……良い人ですよ。ぜひぜひ力になりたいことがありまして……ねっ、ミツキさん?」
「……ふーん、そうなんだ。よかったねミツキ」
「……え?」
なんだっけ?
「ちょっとちょと!? それは酷くないですか? ミツキさんのために色々考えてきたんですよ」
よよよ、と泣く真似をする。
それは申し訳ないことをした。
「え、そうなの? ごめんね。それとありがとう」
「いーですよー。しょーじき必要なさそうですし」
相も変わらず含みのある笑みを浮かべていた。
話ながら歩く道すがら、ふと足を止める。
そこは昨日の古い路地。
苔の生えた石畳が続くこの道。進んだ先があの場所に繋がっている?
確かに足を踏み入れたその場所、しかし何も覚えていない。
「ユラ。ユラはこの道の先に何があるか知ってる?」
「ここに入ったのね……本当に何も覚えてないの? 旧市街よ。老朽化して危ないらしいから入っちゃ駄目だよ」
話のわからないルピアがユラに尋ねる。
「旧市街がどうかしたんですか?」
「ミツキが昨日入っちゃったの。旧市街から呼ぶ声の噂知ってる? あれ聞いたんだって」
「あ、その噂なら私も聞いたことありますよ。よく帰ってこれましたね……ミツキさん、この奥はどうなってました? 噂だと帰ってこれないんですよ」
さて、どう話したものか。
――カラーン、カラーン。
鐘が鳴る。
「あ、始まっちゃいますよ。二人とも急ぎましょっ!」
慌てて駆け出すルピア。
見る見るうちに小さくなる背中をのんびり追いかける。
「……ユラ、急がなくて良いの?」
「大丈夫よ。充分間に合うから」
遠く汽笛の音が空に響いた。