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奏魂のキョウ~魂を紡ぐ者~  作者: しまなみ
9/10

7

 

 鐘の音が鳴る。

 吹き込む冷たい風で目が覚めた。

 目覚めの良い朝だ。

 窓の外にはクレベの街。

 あれは夢だったのだろうか。

 

 しかし、手に握り締めたペンダントが物語っている。

 あれは現実であると。

 不思議な場所、過去への手がかり、そして……。

「あの人はいったい……」

 丸い琥珀のような輝きの宝石が付いたそれを眺めながら考える。

「気をつけて……か」

 しかしどうやって辿り着いて、どうやって帰ったんだ。

 たしか、ユラを待とうと……また迷惑かけてしまっただろうか。


 とりあえず謝りに行こう。


 ユラの部屋は遠い。

 同じような扉が並ぶ廊下走る。階段を下りて角を曲がり、ようやく部屋の前に辿り着いた。


 ユラの部屋だ。

 呼びかけても返事がないので、中を覗くとユラはまだ布団の中ですやすや眠っていた。

 それを見てほっと一息。

 見ていると心が安らぐような穏やかな寝顔。

 だけど、

「……うぅ…………ぅ」

 その表情に悲しみが浮かぶ。うなされている。

「……お父さん」

 その頬に涙が溢れた。

 ……それを見て感じるのは、最初にユラとあったとき同じ感情――既視感。

 どうしてその表情を見ていると、こうも胸が痛くなるのか。

 見ていられなくてその涙を拭う。

 縋り付いてくるユラの背中を優しく撫でた。

 いつもこうして……いつも?

 ユラが落ち着くまで撫で続けた。理由はわからないけど自分も落ち着く……なんで人の身体ってこんなに心地良いんだろう。

 尊い時間だ。

 あと、なんだろう……なんだかドキドキする?

 知らず背中に回した手に力がこもり、ユラを引き寄せる。吐息が顔にかかるほど近くまで……するとユラが目を覚ました。

 至近距離、寝起きの目がトロンとしてる。

「おはよう」

 返事がない。

「…………」

 まだ寝惚けているのだろうか? もう一度。

「……? おはよう」

「ん……ぉはよぅ…………え?」

 目をぱちくり見開いた。

「ひっ……いやぁぁぁぁっ!」

 挨拶の代わりに帰ってきたのは悲鳴だった。

 ビンタにキック、物が飛ぶ。

「わ、待って! なに、いっ……痛い痛い! ごふっ!」

 叩き出されてしまった。


 朝ご飯。

 正面にはむすーっとして怒ってますと言わんばかりの表情。

 真っ赤だ。

「……まったく、常識がなくて困るわ。反省してるの?」

 怒らせてしまった。

 でも、いったい何がいけなかったのか。

 反省しようにもできない。反省しても後悔はないと思うけど。

「ごめん……何がいけなかったの?」

 しどろもどろになって説明しようとするユラは言い淀み、

「何がって……えーっと、そ、それはその……ぅぅ。とにかく駄目!」

 そう言い捨てた。

「えー……」

 理不尽だー。これじゃ何が駄目なのかわからない。

「涙を拭くのが駄目だった? それとも背中を撫でたのが駄目だった? あ……もしかしてぎゅーってしたのが駄目だった?」

「な、なな……そ、そもそも寝顔を覗き込むの禁止っ!」

 そこか。盲点だった。

「今度やったら承知しないからね……」

「だめなの?」

「だめ。……それで、本当は何のようだったの?」

 そうだった。

 昨日のことを謝りに行ったはずなのにどうしてこうなった。

「えっと昨日のことなんだけど……また迷惑かけてたらごめんなさい」

 ミツキは昨日のことを話した。

 誰かに呼ばれた気がして細い路地に入ったこと。気が付いたら知らない場所にいて、キョウという不思議な人に出会ったこと。そして気が付いたら部屋にいたこと。

 洗いざらい全てを話した。

「本当の話? ちょっと信じられないけど嘘付くつもりじゃないのはわかるよ。あと……もし記憶を取り戻して出て行くなら、せめて一言言ってから出て行ってね」

「……うん」

 外は良い天気だ。

 眩しい日差しが目に染みる。



 そして今日も教会へと行くことになった。

 教会へと続く坂道をのんびり歩く。街中に入り人通りも増え始めた頃、

「やっほー、こんにちわー! さっそくお二人で仲良く参列ですか?」

 背中に衝撃があり、肩に手が置かれた。

 小声で囁く声に振り向くと、ニコニコと含みのある笑みを浮かべる顔があった。

「こんにちは。ルピア」

「ん、あれ……アトゥンさん? こんにちは、もうミツキと仲良くなったの?」

「いやー、きのう少しお話したんですけど、面白そ……良い人ですよ。ぜひぜひ力になりたいことがありまして……ねっ、ミツキさん?」

「……ふーん、そうなんだ。よかったねミツキ」

「……え?」

 なんだっけ?

「ちょっとちょと!? それは酷くないですか? ミツキさんのために色々考えてきたんですよ」

 よよよ、と泣く真似をする。

 それは申し訳ないことをした。

「え、そうなの? ごめんね。それとありがとう」

「いーですよー。しょーじき必要なさそうですし」

 相も変わらず含みのある笑みを浮かべていた。

 

 話ながら歩く道すがら、ふと足を止める。


 そこは昨日の古い路地。

 苔の生えた石畳が続くこの道。進んだ先があの場所に繋がっている?

 確かに足を踏み入れたその場所、しかし何も覚えていない。

「ユラ。ユラはこの道の先に何があるか知ってる?」

「ここに入ったのね……本当に何も覚えてないの? 旧市街よ。老朽化して危ないらしいから入っちゃ駄目だよ」

 話のわからないルピアがユラに尋ねる。

「旧市街がどうかしたんですか?」

「ミツキが昨日入っちゃったの。旧市街から呼ぶ声の噂知ってる? あれ聞いたんだって」 

「あ、その噂なら私も聞いたことありますよ。よく帰ってこれましたね……ミツキさん、この奥はどうなってました? 噂だと帰ってこれないんですよ」

 さて、どう話したものか。

 

 ――カラーン、カラーン。


 鐘が鳴る。

「あ、始まっちゃいますよ。二人とも急ぎましょっ!」

 慌てて駆け出すルピア。

 見る見るうちに小さくなる背中をのんびり追いかける。

「……ユラ、急がなくて良いの?」

「大丈夫よ。充分間に合うから」

 遠く汽笛の音が空に響いた。

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