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奏魂のキョウ~魂を紡ぐ者~  作者: しまなみ
8/10

6


 気付けば背中にはごつごつと固い感触。

 石と枕木をベッドにしていたようだ。

 見上げた天井はどこまでも高く、綺麗な月が浮かんでいる。

「~♪」

 微かに聞こえる……寄せては返す波の音。

 意識を揺らす優しい波音が、意識を徐々に覚醒させる。

 ゴツゴツとした固い枕と布団。

 しかし、驚くほどにすっきりとした寝覚めだ。

「~~♪」

 そして、波の音に混じって聞こえる微かな歌声が。

「この歌は……」

 どこかで聴いたことがあるような、懐かしく優しい。

 知っている――だけど思い出せない。

 ミツキの記憶の片隅にある何か。

 記憶の糸を手繰り寄せるように、歌声に誘われるように、引き寄せられるように――。

 誘われるままに朽ちた枕木の続く先へと進む、カーブを描く路の先へ。


 そして歌声に誘われたその先、姿を現したのは海を臨む断崖絶壁と路を阻む岩山――いや違う。

巨大な建物だ。絶壁の上に巨大な建物がそびえているのだ。

 朽ち果てた線路の向こう――巨大な建物の中へと路は続いている。


 建物の中。

 所々ひび割れ、崩れたコンクリート壁。崩れた壁から覗く赤く錆びついた鉄骨。

 床にはそれらの破片が散らばり、歩く度に何かが割れる。

 そんな中、歌声が木霊のように響き渡る。

 壊れた窓の向こうから月の淡い光が降り注ぐ。

 

 それは月光のスポットライト。


 その下に少女がいた。

 背丈はミツキより高い。

 少女は歌う。

 歌う少女の元に月明かりが降り注ぐ。

 風が吹いて長い黒髪がふわりと舞う。

 窓の外には二つの月。

 揺れる髪は白銀色に煌めいて、それが少女の凛とした顔立ちを一層際立たせる。

 窓の遥か向こう、夜の海面では少女の歌声に合わせるかのように月がゆらゆら――月が踊っている。

 それは、この寂れた場所に似つかわしくない幻想的で――隔絶された空間。

 聖域とも言える空間が形成されていた。

 話しかけるのも恐れ多いようなモノを感じる。

 しかし、そこに引き寄せられるように――、一歩、一歩。歩み寄る。

 邪魔しないように、壊さないように――もっと近くで……もう少しだけ、あと少し。

 引き寄せられる。


 不意に歌声が止んだ。

 こちらを見て、視線が交わる。

 澄んだ瞳は、映る全て――心の内さえも見通してしまいそうな瞳。

 いつの間にか手を伸ばせば届きそうな距離に彼女がいた。

「ごっ、……ごめんなさい」

 知らず歩み寄っていたミツキは我に返り頭を下げる。

 それに小首を傾げてる。

「……?」

 そして、目線を合わせて、

「こんばんは」

 と少女は軽く微笑んだ。

 その眼差しは月よりも明るく――月よりも綺麗で、

「こ……こんばんは」

 優しくて、なぜか心が安らいでいく。

 見つめ続けていると吸い込まれてしまいそうな……蕩けてしまいそうな……。

「どうしたの?」

「……はっ! な、なんでもないです」

 なでなで。頭を撫でられた。

 なんだろう、心が落ち着いていく。

「落ち着いた? ……私はキョウ。あなたの名前は?」

「ミツキ……です」

「どこに住んでるの?」

 キョウはミツキのことや住んでる場所、ここにくるまでの経緯について尋ねてくる。

 それに答えていく。 

「だいたいわかったわ。それにキイリス教ね……気になるわね。教えてくれてありがとう」 

 と微笑んだ。

 それから、キョウは海の向こう遠くを眺めながら、何か迷っているのか、指を顎に指を添えて思案する。

「それから、あなたの記憶なんだけど……直接どうにかすることはできないけど」

 ミツキに向き直り、

「見せてあげる。あなたの過去のヒントになるかも知れないモノ」

 キョウが壁に向かって手を翳す。

 すると翳した手の先。

 突然、床が地響きを立てて動き出して下へと向かう階段が現れた。

「えっ……なにこれ」

 階下から光が溢れている。

 躊躇することなく階段を降りていく。

「着いてきて」


 キョウを追って階段を降りた先には広大な空間が広がっていた。

「これは……」

 広がる光景に思わず息を呑む。

 月明かりのような、淡く優しい光が空間を照らす。

 照らされて、黒く光沢を帯びた鋼鉄の塊。

 見たこともない鳥のような何か。

 巨大な鋼鉄製の人形。

 知っているのは車や機関車くらいだろうか。あとは見たこともない。

 ただ、鋼鉄の塊達は光を受けて淡く輝いて、今にも動き出しそうな躍動感が――。

 上で風が吹く度に木霊する音がまるで息づかいのよう――。


 そしてずっと何かを待ち続けている……気がした。


「どう凄いでしょ? こんな場所にあるのも外がボロボロなのもこれを隠すため」

「隠す? どうして……?」

「それはね……この場所にあるモノは全てに想い、夢、願いが籠もってる。大切な何かへの真心の籠もった魂の結晶。それぞれが凄い力を持ってるの。例え十全に力を発揮しなくても生活を一変させるだけの力。

 だけど、とある理由で作った思惑と違う使われ方をされそうになったの。どんな凄い力でも、いえ凄い力を持ってるからこそ使い道を誤れば大きな惨事を生む……そう思ったからここの人達は見つからないように隠したの」

 そんな物を見てしまって良かったのだろうか。 

 

 その内の一つにキョウが触れる。それは大きな四角い箱。

 キョウがそっと機械に手を触れると、始めに巨大な歯車が回るような音。

 そして音色を奏で始める。

 それは巨大なオルゴールだった。

 優しい音色が響き渡る。


「あ……これはさっきの」

 それはキョウが歌っていた――なぜかとても懐かしい曲。

「この曲が気になるのですね」

「うん……知ってる気がするんだ。ずっと昔から。それにとても大切な何か……」

 キョウはゆっくりと歩み寄り、優しい眼差しを向ける。

「目を閉じて耳を澄ませてみましょう……もしかしたら、何か思い出すかもしれないですよ」

 ミツキは瞳を閉じて流れる曲に身を委ねる。

 胸の奥が熱く、不思議な力が溢れてくる。

 でも、それだけじゃない。

 声が聞こえる――他の誰かの声が……知っているけど知らない誰かの声。

「これは……誰の声? なんで?」

 目を見開き辺りを見回す。

 キョウが、じっとこちらを見ている。

「ここにあるモノ達には、強い想いが込められています。

 それは人の真心、偽りのない大切な想い…………まさに魂とも言える強い想い籠められたモノ。

 それは、このオルゴールも例外ではありません。むしろこれこそこの場所の中心。

 聞こえる声は、その作り手や使い手の夢跡……その軌跡の起こした力です」

「……この声が人の想いの力」

 キョウは続ける。

「そのうちに思い出しますよ……それを聞くことができるなら」

 研ぎ澄まされた静かな空間、オルゴールの音が、そして聞こえてくる――懐かしい声が……。

 込み上げてくる、衝動とも言える狂おしい何か――。

 胸を掻き毟りたくなるような赤黒い感情。

 

 優しい手が撫でる。

 澄んだ瞳が見つめる――深く、深く。

 暗い海の底までも照らし出すような――それでいて優しい瞳。


 その澄んだ瞳が見つめる――深く、深く。

 暗い海の底までも照らし出すような、優しくて清らかな眼差し。

「落ち着いて。心の力、魂の力……それは毒にも薬にもなる強力な力です。

 揺るぎなく大きな魂の力は、性質次第では他を容易く飲み込んでしまうし壊してしまう。

 今のあなたには、この声の力は強すぎたかも知れない」

 その瞳に見とれていると、ミツキの頭へと手を伸ばして撫でる。

 手が淡く光を帯びた。

 温かくて、包み込むような不思議な光。

「感情に飲まれてはだめ。自分の心がわらないなら……今みたいに落ち着いて……それから心を研ぎ澄まして思い浮かべてみて、あなたの大切な物、守りたいモノを。きっと、そのとき、あなたが求めるモノは答えてくれる」

 心が穏やかになっていく。

 何もかも委ねたくなるような優しい感触。

「そうだ……これを。きっと役に立つはずです……そして気をつけて」

 そう言ってミツキの手に何かを握らせる。

「さぁ、お帰りなさい……今のあなたが帰るべき場所へ」

 蕩ける意識の中、キョウの声が優しく響く。

「キョウさん……君は……いや、あなたは一体……何者なの?」

 意識は泡沫のように――消えて行く。



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