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奏魂のキョウ~魂を紡ぐ者~  作者: しまなみ
6/10

4 うたかた


 ――調理場。

「今日はご馳走よ!」

ユラが意気込んでる。

 とても楽しみだ。

 窓の外では昨日も使った釜から勢いよく蒸気が吹き上げている。

「ミツキー。ミツキは海藻を種類ごとに別の籠に分けておいて。私はお魚捌いてくるから」

 大きなザルの上に海藻の山がどさり。

 結構大変そうだ。

 大きくて茶色い海藻。赤っぽいもじゃもじゃした海藻。緑色で薄っぺらい海藻。

 地道に選別していく。

 ガンッ。

 と何かを叩き付ける音がした。

 選別しながらユラの作業を覗き見る。

 金槌を使って貝の殻を割った音のようだ。

 身を取り出して塩でもみ洗い。手慣れてらっしゃる。

 そして下処理を終えた貝を持って外へと出て行った。

 お湯を使うのだろうか?

 ……海藻の選別も終った。

「終ったよー」

「ありがと。それこっちに持ってきてー」

 熱いお湯が流れる水路。そこでなにやらしているユラの下へと海藻を運んだ。

 運んだ籠は次々にお湯の中に沈められていく。

「これどうするの?」

「こうするの」

 ユラは茶色い海藻の入った籠の中を棒でかき混ぜる。すると茶色っぽい海藻が――ぱっと鮮やかな緑に変る。

「あ、凄い……綺麗だね」 

 そして籠を引き上げて、冷たい流水で洗っていく。

「これはこれで結構美味しいのよ? そっちの籠も引き上げてくれる?」

「うん」

 その後もユラは手慣れた様子で料理を進めていく。


 そして夕食が完成した。


 皿の中央には、軽く湯引かれた貝が薄くスライスされて並ぶ。

 周囲に薄造りにしたイナ。血合いと白身がなす紅白の色合いが美しい。

 その合間に、鮮やかな海藻。庭で取れたスダチという柑橘やシソの葉が添えられる。

 大皿はそれらで色鮮やかに盛り付けられていた。

 洗いの盛り合わせの完成だ。

「どっちか付けて食べてね」

 小皿には酢味噌。

 味噌と酢は作るのが大変で秘蔵の品らしい。なんでも壺の中で何ヶ月も熟成させるのだとか。

 それと別に緑色の粉が盛られている。アオサ塩と呼んでるらしい。

 これは今日採ってきた海藻の一つを干したやつを塩に漬けて作る。

 加えて魚のお吸い物。芋と木の実を軟らかく煮た煮物が並ぶ。


「「いただきます」」

 洗いは絶品だった。

 まずは貝。コリコリとした食感で酢味噌との相性が抜群だ。

 酢味噌の持つ酸味とコクの深さが、貝の磯の風味と混ざり合いお互いの持つ甘みと旨味ををいっそう引き立てる。

 薄造りはしっかりとした歯ごたえながら、もっちりとした食感で噛めば噛むほど甘味と脂が溶け出してくる。

 次にアオサ塩に付けてみる。

 最初に香ばしい磯の風味が駆け抜けて後に引いていく。それでいて素材の旨味を素直に引き立てるすっきりした味わいだ。

 しかしこれは、それ以上に煮物との相性が最高だ。木の実と芋の淡泊な味に磯の風味と塩味が見事に調和する。

 さらに海藻やスダチ、シソと組み合わせることで食感や風味の変化が多彩な上に相性が良い。飽きが来ない味の変化だ。

 お吸い物との相性も申し分なく最高だ。

「すっごく美味しいよ!」

「そう? それはよかったわ」

 ユラは得意気に笑ってみせる。

 そして吸い物に口を付けて、こくこくと満足そうに頷く。次に洗いを一口……じっくり吟味するかのようにゆっくり食べる。

 じっと眺めていると、

「なに? そんなにジロジロ見ないでよ。食べにくいなー」

 ふい、とそっぽを向いてしまった。

 次からはばれないように気をつけよう。これは尊いものだ。


 ゆっくりふわふわとした時間が過ぎる。

 暖かな時間だ。心からそう思う。

 胸につっかえるモヤモヤすらも気にならないほどに。


 ああ、これは夢だ。

 それはすぐにわかった。

 遠く汽笛の音が聞こえる。

 ここは、何処だろう。

 断崖絶壁の岩場。

 砂浜と地形を変えながら、どこまでも――視界の先には延々と海岸線が続いている。

 そして、そんな地形の変化をものともせずに線路が続く。

 トンネルに鉄橋と海岸線を縫うように伸びる一本の線路。

 そして――その遥か先。

 街が陽炎の向こうで揺れている。知らない街、覚えていない街。

 遥か記憶の彼方に忘れてきた大切な何か……。

 さらに陽炎の向こうで黒い影が揺れている。

「おーい!」

 呼んでいる。

 それは顔もはっきりしない誰かの姿――だけど懐かしいナニか、忘れてはいけない大事なモノ。

 影が蠢く……身悶えて苦しそうに。

 ミツキは駆け寄る。

 もっと近くへ、もっと近くへ――その手が触れるまであと少し――何が追い抜いた。

 それは光と風か――風は光を纏い影を包み込む。

 これはいったい……?

 夢らしく目まぐるしく無秩序に、場面が展開される。

 次々に浮かんでくる、そして聞こえてくるのはメロディー。

 オルゴールの音が寂しく響く。

 あれは何だ? この曲は?

 俺はいったい何を失った……掻き毟りたくなるような狂おしい衝動があふれ出す。

 泡あぶくのように膨らむ想い。


 ――カラーン、カラーン。


 鐘の音。

 あぁ、朝を告げる鐘の音が響く。

 毎日聞いてる鐘の音。

 打ち鳴らされた鐘の音が、泡のように膨らむ思考をかき消していく。

 夢の輪郭すらも消えていき……全てが消える。

 ――夢が終る。

 一日の始まりだ。


 朝起きると胸にあるのは、なんとも言えない謎の喪失感。

 ミツキは、ぼーっと天井を見上げる。

「ああ、なんか頭がガンガンする……」

 ここはミツキにあてがわれた部屋。

 なんと温泉宿だった頃からミツキの間と呼ばれていた部屋らしい。なんでも月がよく見えるのだとか。

 実際、見晴らしは素晴らしいものがある。

 眼下には街の全貌が見渡せた。

 クレベの街の街並みが広がっている。


 ここはルナソール王国――クレベの街。

 まるで壁のような山々が三方を囲み、一方は海に面した地形。

 海と山に囲まれ、山手の急な斜面から海辺までは新旧様々の建物が犇めいている。

 そして、一際目を惹くのは港にそびえる巨大な塔だろうか。

 街と外界とのまともな交易がある――まさに玄関口である港区域と街を隔てて建つそれはクレベの顔だろう。

 また塔の天辺に先程まで街に音を響かせていた大きな鐘が見える。 

 キイリス教会だ。

 街の多くの住民が信徒で、朝も早くから塔へと続く人の列がここからも見てとれる。

 さて、起きないと。


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