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奏魂のキョウ~魂を紡ぐ者~  作者: しまなみ
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3 海の向こうから

 教会に戻るとすでに身分証ができていた。

 身分証を受け取ったミツキとユラは、せっかくなので身分証がないと出入りができない港区域に立ち寄ることにした。

 街と港区域の間には高い堤防があり、普通に出入りができるのは教会前のゲートだけだ。


 昼下がりの海。

 遮るものは何もない。海向こうから潮の香りを乗せた風が吹き付ける。

 凄い風だ。

 ユラは目を細めて海の向こうを見ている。

「……」

 ユラが目を合わせてくれない。さっきから意図的に避けられているような……。

 いったん、そんなユラの横顔から視線を外し港へと目を向ける。

 何かないだろうか。

 港には大きな船が停泊しており神官が屯していた。中にはミツキくらいの年頃の子供もいる。

 船から積み荷を降ろしているようだ。

「わぁ……大きい船だね」

 少し大げさに驚いた風に言ってみた。

「ん? ソビシア……ソビシア国の船なのかしら?」

 ユラが船体に書いてる文字を読み上げる。

「……ソビシア?」

 その言葉に頭のどこかに引っ掛かりを感じる。

「海の向こうの外国よ……どうしたの、何か思い出した?」

 首を横に振る。

「ちょっと聞き覚えがあった気がしたけどそれだけ……だと思う」

「んー……有名な国だしどこかで聞いたのかもね。それに大神官とソビシアの王様と仲が良いらしいし。ソビシアの偉い人もよく教会に来るの……あの船もその類いかもね」

「へぇー」

「さっき、ミツキが神官の言うとおりにして教会の人になってたら……もしかしたらあの場所にいたかもね」

 生活できなくなった街人の多くは、ああやって教会に雇われるそうだ。

 今の私達にはあまり関係ない話だけどね、とユラは付け加えた。

 神官達は慎重に荷物を抱えて運び出す。えらく厳重である。

 これ以上見ていると何か言われそうだ。

 ユラと顔を見合わせる。

「……他、行きましょうか」

 

 堤防沿いに続く道。

 堤防に沿って移動し、砂浜や岩場の広がる海岸にやってきた。


 港に隣接する海岸だ。

 潮が引き干潟や磯が現れている。

 砂地で無数の小さなカニが踊って砂団子を作る。

 近づくとササーッっと砂穴の中に隠れてしまう。

 動かずにじっと穴を見ているとのそのそと穴から這い出してきた。

 手を伸ばすと再び穴へと身を隠す。

 なにこれ面白い。

 小さなカニと戯れていると、

「そうだ……ミツキ、潮が引いてる今がチャンスだよ」

「チャンス?」

 はて? 何のことだろう。

「ん。せっかくだから何か食べられる物を探そう」

 草で編んだ袋を手渡された。準備万端だ。

「……なるほど」

 周りに目を向けると砂地を漁る人がちらほら見えた。

 ミツキもユラに倣って所々に潮溜まりがある砂地を探る。

 実に色んな生き物がいた。

 小さな巻き貝が砂地を這っている。

 歩きも砂に潜るのも遅い縦に歩く丸いカニ。

 砂の上を這うように進む小さな魚。結構素早い。

 人の拳よりも大きな巻き貝。これ、昨日食べたやつに似てるけど……微妙に違う。

「こんなのどう?」

 貝をユラに見せる。

「ん? 立派なアカニシだね。袋に入れといて」

 そんな感じで貝大きめの貝などを袋に入れていく。

 あとユラがどうやったのか大きな魚を捕まえた。イナという魚らしい。

「ん。これだけあれば充分ね」

 最後に岩場にて海藻を採取し食料調達は終った。

 海の向こうを見ると、すでに空の境界線が焼けたように赤い。風も止まって穏やかな波。

 そろそろ帰ろうかというとき、

「おーい!」

 呼ぶ声が聞こえた。大きくて野太い声だ。

 ユラと目を見合わせる。ユラも聞こえたようだ。

 しかし、辺りを見回しても、それらしい人影は見当たらない。

「おーい!」

 また聞こえた。さっきより大きな声だ。

 声のした方を見ると、ここから遠く。夕焼けを背に誰かが手招きしている。

 顔は影になってわからない。

 何の用だろう。

 親しい誰かを呼ぶように呼びかける影。自分の何かを知っている?

 近寄って確認しようと自然に足が運ぶ。

「だめ。まって、ミツキ」

 ユラが服の裾を引っ張って止める。

 少し震えた声でユラが言う。

「落ち着いてよーく見て」

 改めて人影を見てみる。

 夕焼けを背に……足下の水面はゆらゆらと揺れて……海の上に立ってる?

「実は凄く浅いとか?」

「……んなわけないでしょ」

「おーい!」

 さっきよりさらに大きな声。

 おかしい。

 そもそも、なんでこれだけ距離が離れていてはっきりと聞こえるのがおかしい。

「私達は何も見なかった。いい?」

 無言で頷き二人その場を後にした。

 ちらりと振り向くと人影は手招きを止めていていた。

 じっとこちらを見ているような気がした。


 ――カラーン、カラーン。


 教会の鐘の音が聞こえるなか、知らず足早になる。

背中に感じる絡みつくような何かが気持ち悪い。



 帰り道。

 長い一本道に差掛かり、安堵の溜め息を一つ。

「あれ何だったんだろうね……よくあることなの?」

「ん? ないわよ。でも……噂なら聞いたことあるわ。噂とは場所が違うけど……旧市街から誰もいないのに呼ぶ声が聞こえる噂話があるの」

「全部あの影の人なのかな?」

「さぁ? でもたとえ聞こえても信仰を深めて等級が上がれば聞こえなくなるらしいわ。そんな気にすることでもないかもね」

「ほんとかなー」

 にわかに信じ難い。

「さあね。はい、この話は終り。急いで帰ってご飯の準備よ」

 ぱんっと拍子を打ち話を締めたユラは、坂道を駆け上る。

 背中に担いだ袋が重い。

「あ、待ってよー」

 もたつく足で遠ざかるユラの背中を慌てて追いかける。

 追いかける背中を見つめる。肩の辺りで切り揃えた癖のない黒髪が揺れる。

 優しくて温かくて……だけど小さな背中。

 これはつかの間の夢、泡沫の夢ではないか……不安がよぎる。

 薄闇に消えてしまいそうな――儚さを持つその背中――を見失わないように必死で追いかけた。

 

 少し上の視界には夕闇が迫り星が瞬き始めた空――白い煌めきが流れてく。


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