噴火噴出思いの丈
アップルヴァリィドがいない?いやいや、ちょっと待ってくれよ。異常発生してたろうが。わんさかわんさか、まるで「あ、俺ここの住人っす」みたいな感じでわんさかいたんだぞ。
「………な、なんかの冗談だろ?アップルヴァリィドだぞ?あの美声系ゴリラだぞ?」
「知ってるわよそんなこと。アップルヴァリィドなんて高値がつく高級品さね、知らない方がどうかしているよ。」
だ、だよな……どういうことだ?
俺は別れを告げ、その女の人から今度こそ離れ、別の人達に「アップルヴァリィドがいるから広告しろ。」と言い続けてみた。
そしたらまた同じ「アップルヴァリィドなんかいやしないよ」という反応が返ってきた。全員からだ。
嘘だろ………あり得ない。あれはまぎれもなく美声系ゴリラだ。しかも大量に存在してたんだ。それなのにいない?………動物なら「集団で流れ着いた」で話が終わるんだが、あいにくあいつらは[植物]の部類に属する魔物だ。つまるところ植物と同定していいわけで、植物が何もないところから急に異常増殖するなんてあり得ない。
例え何かの拍子で種子が流れ着いたとしても、やはりありえない。人がいないような場所で増殖したとて、あんな馬鹿でかい図体が村人に気づかれることなく、人がよく通る道にまで溢れかえるほどに増殖するなんて不可能なのだから。
俺は考えながら帰路についていた。
沈みゆく夕陽を背に浴びて長い影を落としながら歩き続ける。
「……………」
アップルヴァリィドの異常増殖。非常に嬉しいことなのだが、何か違和感がある。取るに足らないこと………で済ましきれない大きな違和感。何かヤバいことが起きているような…………
ガサッ
突然道路の横の茂みが揺れた。
「誰だ!!」
だから俺は急いでその場所まで走った。
そこにあったのは、胸をえぐられたアップルヴァリィドの死骸だった。
「…………」
俺は遺骸をそのままにし、また帰路につく。
戦士か何かがアップルヴァリィドに襲われそうにでもなって撃退したのだろうか。そして葉っぱが揺れたのは、あれを食べにきた動物によるもの?………まぁ良い。正直どうでも良いことだ。アップルヴァリィドの異常増殖に関して考えなくては。
………そうだ。
俺は魔法で図鑑を持ってきて、歩きながら読み始めた。これによって少しでも原因を探りださなくては…………
アップルヴァリィド……13ページ目か。
[アップルヴァリィドは地面に深く根を生やすことができないため荒地を好む。これは陸上での歩行移動を可能にした為の弊害だと言われている。また、アップルヴァリィドは雑食、特に肉食を好むため、見晴らしの良い荒地は絶好の狩場なのだ。フルーツ研究家である王様によると水分を多く含む土壌、たとえば川があるような土地は短な根による固定ができず、苦手のようだ。また、ある学説では…………]
…………全然、違うじゃないか。
俺は我が目を疑った。図鑑に載っている情報と、この自然あふれる大地の条件が全くもって合わないからだ。
………まさか別種?あれはアップルヴァリィドではないんじゃないのか?
ベラッベラッ!!
俺はアップルヴァリィドの亜種がいるのかもしれないと思い、図鑑を隅々まで読んだ。
………ない。アップルヴァリィドに別種はいない。近縁種もいない!………どういうことだ?
俺は本を魔法で戻し、再度思考しながら帰路につく。
………ちっ、なんで植物ごときに俺がこんなに悩まなくちゃいけねーんだよ。
ダッ!
俺は髪を掻きむしって走り出した。
分かんねーことはひとまず置いて亜花だ。そろそろ起きて「腹が減った」とか喚き散らすに違いない。急いで帰らねーとな。
ゴゴゴゴゴ!!!
走っていると結構大きめな地震が起こった。足元が揺れ、一般人なら這いつくばらないと危険なぐらいな規模のだ。しかし俺は第二類勇者。これぐらいの揺れなら腹筋に力を入れて簡単に走りきれるから問題はない。……問題はないのだが、
………まさか、亜花のやつ、暴れて地殻の運動とか促進してねーだろうな!?
パァン!!!
踏み込んだ地面を粉々に吹き飛ばしながら、俺は全速力でウッドハウスに向かった。
「ふぅ…………」
ウッドハウスに着くと、亜花が外で呆然と立ち尽くしていた。地面には殴りつけたような破壊の跡。きっと暴れたのだろう。
少し荒くなった息を整えながら、俺は亜花の元に向かう。
まったく、俺がいなくなった途端に暴れるんだから………子供っつーのは面倒くさい生き物だ。
「…ご飯にす………」
「びぇぇぇええええんんんん!!!」
声をかけると亜花は思いっきり泣きだした。
「ちょっ、どうした!」
「うわぁぁああああんんんん!!!」
ガンガンガン!!!
ぐぉぉおおお!!!声がばかでけぇ!!!魔力で音を増幅すんじゃねーよ!!!
破壊的な泣き声をあげながら、亜花は涙を拭い嗚咽を漏らす。大地がまるで悲しみを表現するかのように揺れる中、それでもなお泣き続ける。
「えぐっ……うぇっ、いな、いなぐなるのやだぁぁああああ!!!!」
「………………」
それだけ言うと、また声にならない嗚咽を漏らしながら泣き続けた。噎せ返った音がやけにハッキリと聞こえる。
………そうか、…………そうか、そうか……お前からしたら、俺は唯一の[壊れない人間]だもんな。…………そうだな、そうだよな。
「すまんな。」
ポン
俺は笑顔で亜花の頭に手を乗っけた。
「もういなくならないから、泣くな。」
「びえっ、ううぅぅ……うぅぅううあああああ!!!!」
………ちゃんと、いなくなる悲しみを知っているんだな。……………そうか、そうか。
俺の顔を見て更に泣きじゃくる亜花。
…………悪魔かぁ。……悪魔ってのは悲しい生き物なんだな。居場所がなくて、それでいて笑っていて、だけど居場所がなくなることを恐れて…………笑ってないと耐えられないんだ。
「すまんな、泣くな。もういなくならないから、泣くな。大丈夫だから…………」
「うわぁぁあああああんんんんんん!!!!」
亜花が泣き止むまで、俺は亜花の頭を撫でながら静かに語り続けた。
歪な心は笑うことしかできない。壊れた心は笑うことしかできない。悪魔は………ただ笑い続ける。自分の孤独を埋めるために。でも、それじゃあ、泣けるこいつはまだ戻れるってことじゃないか。まだ、完璧には壊れてない。大丈夫、大丈夫だ。大いに泣け。泣いて泣いて泣いて……………少しぐらい悲しみにくれるんだ。大丈夫だ、側にいてやるから。
…………こんな感じだったのだろうか。
撫でながら俺は昔を思い出していた。スカラに拾われ、初めて泣き明かしたあの時を。両親の喪失への悲嘆と、1人で生きていかなくてはいけないという[泣き言もできない覚悟]がせめぎ合ったあの気持ちを……………
夜は静かに老けていく。静かな呟きと、感情の爆発と共に…………
「むぅー…………コーヒーーー……」
翌朝、泣き疲れて寝てしまった亜花を起こし朝食を済ませた後、俺は昨日と同じくコーヒーを淹れて飲んでいた。
それを見て亜花は難しい顔でふと、そう呟いた。
………昨日のことがあってコーヒーに対して嫌な思いがあるのだろう。ふっ、コーヒーなんてのは大人の飲み物だ。子供が飲む必要なんてないんだよ。ミルクでも飲んどけ。
「………飲みたい。」
「…………おいおい、何言ってんだよ。お前昨日苦すぎて吹き出してたじゃねーか。無理すんなよ。」
「…………一緒の飲みたい。」
「………………」
一緒の飲みたいって………お前、そりゃあ、バカな考え方だな。
「………吐き出すなよ、勿体ないからな。」
「うん!!」
まっ、そう言うのならやぶさかでもない。コーヒーを淹れてやろう。
俺は浅煎りのコーヒーを淹れて亜花に渡してやった。
「にがっ!!!」
ブフゥーー!!
案の定噴き出した。
…………アップルヴァリィドの餌にするぞてめぇ。
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