大地の監視者
「鳥!!鳥!!」
森の中を探索しながら、亜花は目に見えたものに対して喧しく反応する。
好奇心があることは良いが、やはり煩いのはちょっとなぁ………
「木!!木だ!!」
「そうだな、白樺だな。」
「しらかば!!しらかば!!………しか!!」
ダダダッ!!!
今度はシカを発見した亜花はそれに向かって突っ込み、手を振り下ろし……
「やめとけ。」
俺は先回りして亜花の腕を掴み、攻撃を止めた。
こいつは手当たり次第物を手で触れようとする。それは良いことなのだが、こいつは魔力を常に垂れ流しっぱなしで、しかも楽しい時に最大効力が発揮されると来ている。つまるところ興奮したら簡単に破壊するってことだ。物だろうと動物だろうとな。だからここ3日間は外出を控えて図鑑だけを見せていた。
でもまぁ、今みたいにこいつが飛び出すタイミングとかを粗方理解できたから、外出することにしたのだ。俺の速さなら止められる。俺がいれば破壊は止められるのだ。
「ゆっくり撫でな。」
俺はゆっくりとシカを撫でて手本を見せた。
「うん!!撫でる!!」
そしてそれに合わせて亜花もシカの背中を撫でる。
おーし、いいぞぉ、オッケーだ。
「あ、あっちにも!!」
亜花はもう一体シカを見つけたのか忙しなく走っていく。
まったく……子供っつーのは元気がいいよな。
「撫でる撫でる!!」
亜花は大はしゃぎしながら撫でていた。……自分の背丈以上もあるアップルヴァリィドを…………
グシャ!!
アップルヴァリィドの顔面を踏みつけた。
ちっ………鬱陶しいな。
「あーー………あっぷるぅ…………」
「こんなんここに腐るほどいるだろ。そう落ち込むな。………お、蝶だな。」
「チョウ!!チョウ!!チョウチョ!!
やはりなんら落ち込んでなかった。
そんな感じで動物や植物と触れ合いながら、俺達は目的地へと向かった。
「………良い雰囲気だ。」
俺達が向かったのは[大地の奇跡]という場所だ。この周辺の村の先祖達が眠っている、言わば墓地みたいなところだ。
しかし、墓地というにはやはり[奇跡]という言葉が似合わない。この場所は造山地帯の[裂け目]、広がる境界の丁度断層に存在しており、周りを火山に囲まれた湖となっているのだ。しかも裂ける前にはかなりの住民が住んでいたのだろう。いくつもの竪穴があちこちにあり、まるで大地が俺達を見つめているようになっている。湖も緑色をしており、まるで自然のようだ。
自然を讃えた大地の監視者。確かに奇跡と呼ばれるにふさわしい気もする。
俺は湖のほとりに寝転がり、湖を見つめる。
エメラルドのような色をした水は、太陽の輝きを反射して宝石のように輝いている。緑の大地の緑の湖………地球が見つめていたのも分かるってなもんだ。
「みずー!!およぐ!!」
そんな俺とは対照的に、亜花は俺が買ってやった服を脱ぎ捨てて湖に飛び込もうとしている。
………まぁ、いいか。泳いだって、先祖の霊は器が広いはずだ、バチなんか当たらないだろ。
亜花の監視は大地に任せて、俺は空を見上げた。
………やはり俺は、亜花と昔の俺を重ねているのかもしれない。泥だらけになって、自分が強いことを理解し、人を襲うのを躊躇わなかったあの時の俺に。幸い人殺しまではしてなかったが………スカラに倒されてなかったら、きっと俺は、順当にあのまま行っていれば人を殺していただろう。………亜花みたいに、なにかを殺しても笑っていたのだろう。
昔に捨て去った純粋な悪意。それをあいつに見出したから、俺はあいつを育てることを決めたのだろう。…………スカラみたいになれると思ったのか?…………はっ、バカバカしい。あんな守銭奴に憧れなんか抱くかっつーの。尊敬はしてるがな、それとこれとは別だ。
「泳いだー!!」
亜花は泳ぎ疲れたのだろうか、ビシャビシャの全裸のまま俺のところまで歩いてきて隣に寝転んだ。
………こいつ本当バカだな。
「…………なぁ、親の顔は知ってるのか?」
俺は聞いてみたくなった。こんなことを知ったところでなんら意味がないことは理解しているのだが、興味が湧いたのだ。本当に不意に。
「……………わからない。」
「……………そうか。」
こいつの両親が死んだのか、捨てたのかまではさすがに聞けないな。村で聞いてみるか。
「……………ほしい。」
亜花が呟いた。
「こわれないのほしい。」
「…………………」
………結局子供だな。…………やっぱり俺そっくりじゃないか。
俺は鼻で笑い、隣の亜花をチラ見した。
寝ていた。泳ぎ疲れたのだろう。
………結局子供だな。
俺は鼻で笑い、もう一度空を見上げた。
この欠如した常識は、時間をかければ補える。良いことにこいつは考える力はあるようだからな、なんとかなるだろう。
ただ問題がある。こいつは完璧に力の加減を知らなくて、そして、[壊すことに抵抗がない]ことだ。むしろ[喜び]を見出しているようにも思える。
きっとずっとずっと前、自我を持ち始めるずっと前から魔力が暴走していて、自分の身近なものを簡単に壊してきたのだろう。………だから、心が止まり少し歪んだ。壊れていくことに対しての悲しみが消え、むしろ喜びにすることで[心が壊れること]だけは耐えたのだろう。
………これを直すのは難しい。[壊れるって事がどれほど悲しい事なのか]をもう一度理解させなくちゃいけないんだからな。………そんな事をこの子供に体験させるなんて………無理だ。親もいない、人とも触れ合えないそんな子供に追い打ちをかけられるクズなんてこの世にはいないのだから。
「へっぷち!」
亜花の体はあっという間に乾き冷え、大きなくしゃみを一つした。
………こいつも魔力のせいか。
俺はそこら辺に脱ぎ捨てられていた服を拾い集め、亜花に着せた。
………大丈夫だとは思うが、風邪をひいたら大変だな。家に戻って布団にでも入れてやるか。
俺は亜花を背負って家に帰った。
「おっ、良い野菜だね。一袋もらおうか。」
「まいどー。カッコいいお兄さんには一個サービスしちゃうよ。」
俺は亜花を布団に入れた後、村に向かった。そこで野菜を売っていた女に話しかけ、じゃがいもを一袋買った。
「いやーーやっぱこの周辺のじゃがいもは美味いよなぁ。ホクホク感が違う。」
「そりゃそうさ、ここの大地は栄養豊富だからね。水を弾かなれば尚のこと良い場所なんだがねぇ。」
火山灰が堆積している、火山地帯らしい悩みだ。
「それはそうと、亜花の事について聞きたいことがあるんだ。」
「おーー亜花かい。元気でやってる?暴れてないかい?」
「暴れちゃって何回か木造家屋が全壊したよ。あいつ、しいたけ苦手なのな。」
「へぇーー椎茸がねぇ。子供らしいね。」
「全体的に子供だよあいつは。……子供以下かもな。」
「ははっ、かもねぇ。」
俺達は苦笑いしながら会話を重ねる。
「………あいつの両親について、何か知ってるか?」
「…………両親のことは知らないよ。3年前、1人でふらっとこの村に来たんだからね。」
………なるほど。
「笑いながら[僕亜花]って言葉を連呼しながらね。それ以外の言葉は知らなかったようだ。………きっと戦争孤児だね、今の時代珍しいことじゃないからねぇ。ここみたいにのんびり暮らしていけてる方が異常だもの。」
「………確かにな。」
目的も終わったことだから、その言葉を最後に俺はその場を後にしようとした。
「………あ、そうだ。なんでアップルヴァリィドが大量にいるって事を公表してないんだ?勿体無いぞ。」
しかし、老婆心というのか、ここまで世話になっているのだ。有益な情報ぐらいは落としてやろうと立ち止まった。
「アップルヴァリィド?そんな奴あの森にはいないよ。」
「………え?いや、群生してたんだけど…………」
「………………え、」
女の人の顔が驚きで溢れた。
「………………えぇ?」
俺も勿論驚きで溢れた。
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