ほにゅ……魚だ。
「んーー?………」
俺が渡した鉛筆をいろんな角度から見つめる亜花。
………これはこいつの常識を測るためのテストだ。鉛筆も知らないようじゃ………ヤバい。まじでヤバい。小学生レベルの教養がないって意味だからな。
「ふむふむ………ほへー。」
何か閃いたのか。鉛筆の尖った方を地面に向けるように握りしめた。
そして………
「たい!!!」
ダン!!!
思いっきり地面に叩きつけやがった。
鉛筆は亜花の魔力によって粉々に砕け散り、黄色の塗装がついた木材を無残にも地面に横たえた。
……………ダメだこりゃ。
俺は頭を抱えた。
これはダメだ、なんとかしてものを教えてやろうと思ったが、これは深刻だ。……あの銭ゲバにでも頼んでみるか?………ん?
「あっぷる!!あっぷる!!」
亜花はしかし、砕いた鉛筆の黒煙を手に塗りたくり、手を使って石壁にアップルヴァリィドを描いていた。まぁ、芸術センスのない5才児の落書きみたいなクオリティだが。
………ちゃんとした使い方は分からなくても、本質はちゃんと見抜いているわけか。多分無意識なのだろうが………賢いじゃないか。
「………まずは寝床だな。」
ガシャンガシャンがジャン!!!
俺は魔力で複数体の鎧を作り出し、そいつらにウッドハウスを作るように指示を出した。
バキバキバキ!!!
ガンガンガン!!!
トントントン…………
鎧達は周辺から木を伐採し、魔力や各々の体を使って丸太や材木を作り始める。
ふむ………流石は俺が作った鎧だ。良い仕事をする。
こいつらには俺の寝床を作らせて、その間に…………
「おっし亜花。もう一度お前にこれを渡す。」
俺は鉛筆をもう一本、懐から出して亜花に渡した。
「あっぷるあっぷる!!」
「ちょっと待て。」
亜花はそれをまた地面に叩きつけようとしたから、俺は手首を掴んで止めた。
「いいか、これは使い方が違うんだ。」
「………違う?」
「そう、違うんだ。こいつは[鉛筆]って言ってな、こう使うもんなんだ。」
俺は懐から出したもう一本の鉛筆を使って、魔法で持ってきた紙にシルシルと、陽気に跳ね回る人物のラフ画を描いた。
「ほーーへーーはーーーほぉお!!はぁあ!?なにこれなにこれ!!」
亜花は俺が描いた絵よりも紙に夢中になっていた。
「……紙って言うんだ。鉛筆で色濃く何かをかけるんだ。凄いだろ。」
「かみ!!かみ!!かみー!!」
………まったく、こんなのも知らないのかよ。
俺は呆れながら、大量に持ってきた紙を亜花に手渡した。
「なんか描いてみ。」
「かくかくかくかく!!!」
亜花は鉛筆を紙の上を滑らせることに夢中になり没入していく。
グルグルとテキトウな線を引き、バシバシと直線を刻んでいく。
ガリッ
あまりの筆圧の高さに、鉛筆の芯が欠けていく様は無邪気そのものだ。
………幼児みたいだな、行動と思考の仕方は。………俺もあんな感じだったのだろうか。
亜花が紙をひたすらに黒で埋めていく中、俺は他愛もない思考を繰り返していた。
……いや、13才の俺はここまでバカではなかったな。両親がいたし。
「……………」
成り行きで亜花を世話することになったわけだが………はっ、俺らしくないな。「勇者だから」なんて言い訳も使うとはなぁ………らしくない。
こう見えても俺は、恩義のある人間に対してはちゃんと恩返しをして忠義を尽くす人間だ。だが、見知らぬ子供をわざわざ拾って育ててやるなんてことはしたことがない。あの銭ゲバに「引き取ってくれ」と頼まれても、断ったぐらいだからな。
非常に俺らしくない。こんな突き抜けたバカを自分から世話しようと思うなんて………
「………変わったのかなぁ、よくわかんねぇわ。」
俺は亜花が絵を描き殴り続けるのを黙って見つめていた。
「おら、こいつなんて言うんだ。」
亜花を引き取ってから3日経ち、そこら辺で買ってきた図鑑を使って俺達は勉強をしていた。
「鳥!!」
俺が指し示した絵を見て、亜花がそれを答えるというシンプルなものだ。俺からすればクソつまらないのだが、亜花からすれば楽しいのだろう。キャッキャと笑いながら答えている。
「大雑把だな……ちゃんと名前を言え。」
「烏!!」
「よーし、合ってるぞー。良くやったなぁ。」
「次!次早く出して!」
うっせーなぁ、そう急かすな。
「んじゃこれなんだ。」
俺は鯨を指差した。
「うーんと………魚?」
「違うな。こいつは魚じゃない。」
「魚!!じゃない!?形同じ!!」
「形は同じでも、魚じゃないんだ。俺達と同じ[哺乳類]って言うんだ。」
「ほにゅうるい………似てなーい。」
「そうだろー。………んじゃこいつは?」
俺はコウモリを指差した。
「………鳥?」
「違う、[哺乳類]だ。」
「同じ!?似てないー!!似てないー!!」
「哺乳類はな、進化が多様すぎるんだわ。………おし、次行くぞ。」
俺はペンギンを指差した。
「むむむ………ほにゅうるい!!」
「違う、鳥類だ。」
「とり!?……分かんないよーー!!!」
「そうだろそうだろ。世の中分かんないことだらけだ。だから面白いってのもあるんだがな。………こいつはペンギンだ。寒いところにいて、泳ぐのが得意なのさ。」
「泳ぐの得意………魚みたい。」
「みたいだろ。だが鳥だ。飛べねーんだけどな。」
「…………魚……」
「だが鳥だ。……鳥も哺乳類も、色々な場所で生きていこうと、[その場にいる動物から色々なことを学んでいった]んだ。泳ぐにはどうしたら良いか、飛ぶにはどうしたら良いか…………変わり続けようとしている。必死にな。お前もそう合ってほしいものだ。」
「……………??」
ふむ、やはり長文とこの手の話はまだ理解不能だな。………まぁ、いずれ思い出してくれることでも祈っておこうか。
「まぁ良い。飯だ飯だ!!」
「飯だ飯だー!!飯だー!!」
俺は図鑑を片付け、鎧をご飯を持って来させた。
このウッドハウスの家事全般はこの鎧どもに任せているのだ。
今日の朝飯はパンにベーコンにスクランブルエッグに中華スープ。………オーソドックスだ。
「美味しい美味しい!!」
それを亜花はがっつく。
…………いままでこいつ全てを生で食べてたからなぁ。初めて食べた時なんて、火の入った食べ物の美味しさに絶叫してたからな。
しかし良く生きてたものだ。あんな衛生面最悪な場所で、生肉ばっか食ってたのに………人間、追い詰められたら結構生きられるもんだな。
「おかわり!!」
「おーーどんどん食え。」
鎧に食べ物を持って来させている間に、俺は自分でコーヒーを淹れるため、ゴリゴリと浅煎りコーヒー豆を挽いていく。
「なにその黒いの!!」
「ん?………んーー秘密だ。」
「のみたいー!!飲みたいよー!!」
飲みたいと騒ぎ立てる亜花。
………ちっ、しゃあねぇな。
俺は自分用のコーヒーを淹れた後、亜花用に深煎りした豆を持ってきて別のミルで挽いていく。
「お前のために、苦くない方を持ってきてやった。喜べ。」
「わぁ!!ありがとう!!」
やっべ、善行をすると笑いが止まらなくなるな。この亜花の喜ぶ笑顔………クックックッ
トポトポトポ………
「これはコーヒーつってな、豆の香りを楽しむもんだ。……お前に理解できるかな?」
俺は亜花にコーヒーを手渡した。
「やった!!いただきます!!」
グイン!!!
「ブヘッ!!!!」
ブフゥーーー!!!
盛大に吐き出した。
「にがっ……ウォエ!!!」
口と喉に残る苦味を取り払うため、亜花は鎧が持ってきた食べ物をひたすらに口に詰め込んでいく。
「まっ、所詮は子供ってことだな。当分は飲むのやめとけ。」
咳き込みながらご飯をガッツク亜花を尻目に、俺は優雅に浅煎りコーヒーを飲む。明日は深煎りでも飲もうか………浅煎りを飲んだ後に飲むとその美味しさが際立つんだよなぁ。
………今日は探索でもしてみるか。
そんなことを思いながら、俺はこの雰囲気を味わっていた。
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