アッ……アップルん………
「んーー………行くか。」
俺は朝目が覚め起き上がるとさっさと村を出た。
食べ物は森で取ったもので事足りるし、そもそも森全てを周りきるのに時間が足りないのだ。こんな朝早く出かけても、きっと4分の1も周りきれないだろうからな。それに……急いでも無駄だということは分かっているが、あの森に住み着いてる奴にすぐに会っておきたいという気持ちもある。まぁ、所詮探索のミニゲームみたいなものだ。トンカツの辛子みたいな感じで、メインはあくまでも観光。そいつのちょっとしたアクセントになればそれで良いのさ。
ガサガサガサッッ
俺は森の中を走りながら観光を開始した。結構良い土だ……それに葉っぱも生き生きと黄緑に輝いている。木の葉の隙間から照る陽光が光の道のようになっていて………あーー朝の自然って感じだ。いーねーいーねー!
「おっ、」
俺は立ち止まり、1つの木の前で止まった。
この木……勇者領周辺でよく見かける奴だ。木の実が美味いんだよなぁ。
俺は枝の先に付いていた赤い木の実を取ると、ヒョイっと口の中に入れた。
うーむ………フレッシュだな。少しの甘さと酸味が良い感じだ……噛んだ時のプチュプチュ感も堪らん。
「…………ご馳走さま。」
俺は2、3個だけ食べるとそのまま駆け出した。
ボフッ……
昨日見た火山から出た煙を突っ切りながら、俺は走る。昨夜頭に叩き込んだマップによると、後1キロで[豊穣の丘]だ。
名前からして作物豊かなのだろうか………ふふっ、いいね。たんと食わしてもらおうか。
ビュン!!
「うおっ!?」
森を突き抜け丘の全貌を拝んだ瞬間、巨大なモンスターが噛みついてきた!!
……アップルヴァリィド!?おいおい、こんなとこにもいんのかよ!!
「アップルゥゥウウウウ!!!」
「っぶねぇ!?」
ガチン!!!
そしてかわしたところにいたもう一体のアップルヴァリィドの噛みつきを身をひねってかわし、バランスを崩してついた右手で体を持ち上げ後ろに飛んだ。
ガチン!!!ガチン!!!ガチン!!!
しかし、俺が飛び退いた場所にことごとくいるこの化け物の噛みつきが俺の体をかすめる掠める!!
なん……て数だ!!ちょっと豊作すぎるだろ!!
ビュォオッッ
俺は飛び上がり、このリンゴの群れをかわすために木の上に降り立った。
「アップルゥゥウウウウ!!!!」「アッ、アッアッ、アップルゥゥ………」
アップルヴァリィド達は俺を見失ったのだろうか。地上で吠えながら、のっそのっそと歩きはじめた。
あの巨体……昨日遭遇したのと同じぐらいの大きさだ。もうここを名産地と呼んだ方がいいんじゃないのか?
「……………」
俺は口を閉じて観察を続ける。
10体……なんてもんじゃないぞ。20……30いるか?………ここ豊穣の丘だよな?
俺は腕を組んで、昨日覚えた地図の情報を頭から引っこ抜き、唸りながらそれを開く。
………間違いない。昨日の火山を超えて約1キロ走ったのだから。それに、遠くに湖が見える。地図の通りだ。
「アップ、アップゥ………アプアププ………」
俺が現在位置を確認している中、下ではアップルヴァリィド達が会話のように互いに声を出している。
いつも即殺してるから分からなかったが、こいつらこんな感じで会話してるのか………つーか地面の中に隠れないのな。いつも発見した時は顔半分だけ出して可愛らしい上目遣いだというのに………
「………やっぱりここは豊穣の丘かぁ。……想像以上の観光名所じゃないか。」
まさかアップルヴァリィドが大量に存在する丘が観光名所だとは思わなかったが、一回理解したらなんともまぁ楽しいところじゃないか。こんなに強そうなのが大量………これ以上に[豊穣の丘]らしい所もないな。
俺は枝に腰掛け、アップルヴァリィドが闊歩する様を見続ける。………うーん、ごつい。これがトイプードルのような小動物なら「アプアプ」言ってても可愛いのだけれど、なんとも悲しいことにこいつはゴリラの3〜4倍はある巨体と強面をもつ化け物だからなぁ…………
………結局あれだな、観賞用じゃないなこれ。食用だ食用。
ゴウッ………
俺は指先から風を生み出した。
「刺身にでもするか。」
スパパパパーーン!!!
それをヒョイっと投げると、その風は魔物達の間を駆け抜け、この場にいた全てをあっという間に切り裂いた。
ボトボトボト………
そして地面に音を立てて崩れる刺身。切り口から見える肉質が硬く、蜜があふれていてなんとも美味そうじゃあないか。
それを風で集めて一個ずつ魔法で自室に送る。………もう少し高等な魔法を教わるべきだったろうか………まぁ、面倒なだけだ。ガマンしようじゃないか。
俺の魔力は[暴風]。風じゃない、[暴風]だ。繊細さなど何もなく、ただまとめて対象物を持ち上げ切り刻むだけの能力だ。天変地異規模の大嵐も発生できるのだが、こういうナマモノ相手の運搬に利用できるだけで、日常生活ではそう使えないのが難点だ。
「……おっ、初めて見たぞこんなの。」
俺は自室に刺身を送る中、ある部位を見つけた。リンゴだというのにプルプルと弾力があり、蜜を垂れ流しているこの黄金色の部位……すぐに鮮度が落ちてしまい、しかもこの部位を取り出すことができるのは熟練の職人だけだということから、一切市場に出回らない幻のヒレ肉だ。
俺が人差し指と親指でそれをつまみ、ユッサユッサと揺らしてやると、タプンタプンと音を立てながら果肉が震える。
おいおい……めっちゃラッキーじゃねーかよ。良いのか?こんな極上品を朝ご飯に食っちまって良いのか?
「いっただきまーす。」
まぁ、そんなこと言ったって食っちゃうんだけどな。俺はそれを一口で頬張った。
なん……だと。柔らかい………だけじゃない!?口に入れた時は確かに柔らかいのに、歯を立てた瞬間に弾力が生まれやがる!!リンゴを食っているかのような食感!!そのくせ蜜があふれてまるでゼリーを食っているかのようで………極上のリンゴを食いながら極上のハチミツを飲んで極上のリンゴゼリーを食っているみたいだ!!!
「…………」
俺は飲み込んでから数秒、黙りながら地面を見続けた。心から溢れる感情に浸っているというのか、浸りすぎて我を忘れているというのか………もしくは両方か。感嘆に塗れたこの時を忘れたくないと舌が黙っているのだ。
「…………ご馳走様でした。」
俺は立ち上がった。次に目指すのは湖だ。確か名前は……[泥炭の湖]だったか。………不味そうだ。
そんな他愛もないことを思いながら、俺はその場所に走って向かった。
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