無力の決断
熱くドロドロとした溶岩流が複数の火山から流れ落ち続け、自然で覆われた緑があっという間に赤と黒に染まっていく。
煙と岩が散りばめられた大空。砂場が真上にあるようで、全てがひっくり返ったような目眩を覚える。
最悪だ…………天変地異そのものじゃないか。
「ドーン!!ドーン!!」
この、破滅的で壊滅的で、終末を想起させる光景を見ても、亜花ははしゃいで笑っている。何が面白いのだろうか。
「ドーンドーン!!あっはっはっ……」
「うっし、亜花。少し黙ろうか。」
俺は亜花の頭を掴み、腰を下ろしてゆっくりと笑った。
「噴火が見たいという気持ちはよーく分かる。楽しいよな。」
「うん!!」
「でもな、これからは禁止だ。分かったな。」
「えーー!!なんでーー!!」
「もし俺があのドロドロに当たっちまったらどうする。溶けちゃうぞ。それで良いのか。」
「うーん………こまる!!」
「だろ?だからダメだ。……そんじゃあ俺は村の方行くけど来るか?」
「うん!!」
説教を軽く済ませたところで、俺達は村へと急いで向かう。
全く困ったもんだ!説教の時ぐらいは冷静を装ったが、さすがにこの絶望的な状況でヘラヘラ笑っていられるメンタルはない。内心ハラッハラである。
ここ周辺全ての火山が噴火したのだ。想像以上の被害が起こるに違いない。……俺の風で吹き飛ばせるかどうか微妙だ。確かに水なんかよりもよっぽど溶岩は切り刻みやすいが、量が桁違いだろう。[小川]ではなく[大海]ぐらいの総質量であるという最悪の想定もしなきゃいけないだろうし、もし村を囲むように流れ込んできたら全てをカバーしきられる自信がない。もし出来たとしても村人を俺の魔力で殺さないという保証もない。
………それにまだ分かんないことがあるしなぁ。どうしたものか。
ブニッ
走っていると、何か柔らかいものを踏んだ。
あっと……この感触は生き物か?やべーな、考え事してると注意力が散漫に………むぅ?
俺は走りながら後ろを振り返り、踏んでしまったものを確認して少し思考が停止した。
あれって……何週間か前に放棄したアップルヴァリィドの高級部位じゃないか。
「…………………」
マグマが流れ広がっていく合間を走り抜けながら、俺は現実から逃避するように、今ここに明示された材料の1つをこねくり回し始めた。
あの部位は劣化が早く、あっという間に腐敗してしまうらしい。だから市場に出回ることがなく高級食材と冠されているのだ。
………しかし、さっき踏んだ肉はかなり弾力があり、柔らかかった。つまり腐っていないというわけだ。………あり得るのか?冷凍技術が発達したとかそういうわけではなく、そこら辺に放ったらかしにされている肉が腐らずにいるなんて。………無理だ。
「……………」
だが、今まさに目の前でそれを見てしまったわけだ。否定はできない。
………これが、あの塔を建てた動機か?
[腐ることのない最高級部位を創り出すこと]………品種改良が奴の目的?……いや、目的は金儲けだ。
[長持ちするようになった最高級部位]なんてものが産まれたら、それは間違いなく高値で取引されることだろう。1つ10万?……もっと高いかもしれない。それを市場に流せば莫大な利益を生むことができるのは間違いない。
品種改良自体はどうやったか知らないけれどもまぁ、俺動植物博士じゃないからな、よく分からんのも仕方ないだろう。それでももし俺のような初心者が疑うとしたら、[多様種との交配による異常進化]ぐらいの可能性しか思いつかないな。
金儲けが目的か………しかし、これは見逃せられないな。もしこの森全域のアップルヴァリィドの最高級部位を市場に流されてしまったら、市場価格が崩壊してしまう。それはつまり、各地のアップルヴァリィドを卸している人達の生活を苦しめるということ。………それはさすがに防がないとなぁ。
ジャッ!!
俺達は村に到達し、門の前で立ち止まった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴっっ
大海原の津波のように、マグマが流れ込んでくる。この質感………なんというのだろう。道路が脈打っているというのか、流動的な地面が暴れまわっているというべきか………地球が液体と化したように、全てを飲み込んでいく。
あれに飲まれたらグチャグチャだな。溶けるとかそうじゃなく、潰される。絶対に助からないだろう。
火山を避けて流れる溶岩。………良かった、全方向じゃない。
ガチャンガチャンガチャン!!!
俺は大量の鎧を生み出した。
「ゆ、勇者さん!!これは………」
そして、火砕流に向かうように鎧を並べていると、村長が出てきた。ふむ………まぁ、避難できないのもしゃあないわな。
「家の中……出来るのなら地下に隠れてくれ。死にたくなければな。」
村を助けたけれど、俺の魔力で村人を殺してしまいました。なんてことになれば後味が悪すぎる。
「!!………分かりました。」
村長は村へと走って行った。
さて、村人達に教えて隠れるのに5分かかるとして…………あの速さじゃ溶岩流は残り3分で到達だ。間に合わねーなぁ。
「つーかおい、隠れろ亜花。」
溶岩をボケーと眺めている亜花の頭を叩いた。
流石のこいつも、俺の全力魔力を食らったら死んじまう。ここの住人のようにどっかに隠れてないと困るんだがなぁ。
「………みたい!!」
「見たいってお前な………」
俺は更に鎧を生み出し、住人達の避難速度を上げながら、亜花と話し始めた。
「みたいみたいみたーいー!!」
「………まったく…………」
好奇心があることは良いんだがなぁ……もう少し体を労ってくれ、自他共に。
ガシャン!!
俺は自分の鎧を持ってきて、亜花に着せてやった。俺の鎧は第二類勇者に贈られる特別製の鎧を更に作り直した最高級品だ。使用者にあわせて伸縮するようにできているし、俺の風とも調和して、風に破壊されないときている。これさえ着ていれば俺の風で死ぬことはないだろう。
「いいか、これ脱ぐなよ。」
「うん!!分かった!!」
鎧からくぐもった明るい声が聞こえる。
「……………」
俺は亜花を見つめる。
根はいいやつなんだがなぁ……もう少し、早く会いたかったな。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴっっっ
限界まで引きつけたおかげで、溶岩流の地響きが腹に響く。
やべーな………本当に大地の波だ。高さは20〜30メートル?
「ちょっとグレンちゃん!!なんかそっちヤバいことになってない!?」
「………まぁな。」
目前まで迫った火砕流。そして、俺がいる地点での異常を察したスカラが連絡を入れてきた。
「こんな大規模な災害起こしちゃってなにやらかしたのよ!!あーー良い!?私が来るまで変な気起こさないように!!グレンちゃんがなんかしたらそこら辺が………」
「………はっはっはっ!!!もう遅いぜ。」
「ちょっ、グレンち」
俺はテレパシーをきった。
ゴォォォオオオッッッ!!!!
俺の体と、綺麗に並べられた鎧が風をまとい始めた。俺が普段に身につけている鎧とこの沢山の鎧は同じ素材でできているから、俺の風を受け入れることが出来るのだ。
「………さってと、」
俺は自分と鎧達の両腕を溶岩流に向けた。
「面倒だし………」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴっっ!!!!!
ギュォォォオオオオオ!!!!
迫り来る大地の波。それを迎え撃つ、真っ黒で巨大な風。
「全て消すか。」
ギュォォオオオオオンンンンン!!!!!
俺が放った風は、鼓膜を引きちぎるような高鳴りをあげながら前方全てを飲み込んだ。
その光景を見るに、風と表現するのは少しおかしいかもしれない。波動………いや、エネルギーの塊?………物質。エネルギーの総体が、まるで形あるなにかのように、全てを黒に塗りつぶしていく。
フッ…………
風の消失と共に、火山流は跡形もなく消えた。
山も根こそぎ消滅した。
大地はいくらかえぐれた。
風が全てを飲み込み、削り、吹き飛ばして消滅させたのだ。
良く晴れた空の中大量の埃だけが、空中を覆っている。
「………すごい!!すごい!!すご……」
亜花は興奮しながら兜を脱いだ。まだ鎧に離れていないのだろう、ガチャガチャとやかましい音を立て苦戦しながら。そして、俺のことを見上げてきた。
「だろ。もっと褒めても良いぜ。」
そして俺は亜花を撫でてやろうかと思ったのだが、おっと、両腕がなくなっちまってるな。両腕だけじゃない、体のあちこちも裂傷で出血し放題だ。
なんもできない俺はしゃあないから笑いかけてやった。
「………………」
「………あ、これか?まぁ少し無理しちまったからなぁ。………はっ、不器用な勇者なんてこんなもんよっと。」
ダン!
亜花に向かって飛んできた石を、俺は踏み潰した。
飛んできた方を見ると、村人達が両手に石を持って立っていた。
「………また、その悪魔の仕業か。」
「……………」
「…………仲間を沢山殺され、森を焼き払われ、観光資源を潰された。もう無理だ、私達の元から去れ。」
村長の語気が強い。
前までは仕方なく言っていたって感じだが、今回のは強い意志を感じる。
カンカンカンカン。
沢山飛んで来る石を、俺は蹴って粉砕した。それでもさすがに全部は無理だ。何個かが亜花の鎧に当たり、軽い音を立てる。
「そうだ!!お前さえいなければ!!」
「お前さえ……お前さえ………ううっ、お前さえ!!」
投擲が強く、そして、でたらめになっていく。
「…………俺の顔を立てて、許してやってくれないか。」
「……ダメだ。」
…………しゃあねーか。
「わかった。もうここには近づかない。約束するよ。だからその石を捨ててくれ、な?」
コツッ
額に当たった。
つーっと、鮮血が垂れる。
………そうか。仕方ないか。…………そうか。
「………亜花、いくぞ。」
「…………………」
俺は笑いながら、この村から離れた。
亜花が無言で村人達を見つめているのを、誤魔化すように。
「ふぅー…………」
それから三年経った。亜花は元から頭が良いからか、どんどん知識を吸収していきかなり出来る人間になっていた。好奇心の化け物だとは思っていたが、まさかここまで成長するとはなぁ…………きっと、狩虎の影響が大きいのだろう。あいつもまた好奇心の塊みたいな人間だからな。
小槌を机に置いて、居間へと向かう。
あの塔を建てた人間を見つけることは出来なかった。かなり世界を放浪したのにだ。隠れるのが上手いのか、そもそももう死んでいるのか………どちらにしろいずれ見つけないとな。あれをほったらかすのは色々と良くないから。
廊下をのんびりと歩く。
あの事件以来沢山のことがあった。本当に、沢山のことが。あいつのおかげである意味刺激的な人生を送れたように思う。あいつも沢山のことを学んで………だというのに、とうとうあの破壊衝動は消えなかった。本質的にそういう奴だからか?それとも俺が悪いからか?………狩虎が悪いということにしておこう。あいつに罪をおっかぶらせても誰も不幸にならないから楽で良い。
……掃討戦が5日後に控えているというのに、なんともまぁジジくさいことを…………
「………ねぇ先生。」
「どうした亜花、難しい顔なんかしやがって。らしくねーぞ。」
居間へと行き、亜花とご飯を食べていると、亜花が口を開いた。
ずっと無言で、何か言いたいことがあるのだろうということは想像していたが………なんだろうな。彼女でもできたのか?
「………僕達、戦わなきゃダメ?」
亜花が本当に辛そうに呟いた。
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