事実は小説より奇なり【ショートショート】
あまり実のある内容は書きません。拙作の極みで御座います。お時間に隙間が空いた際などにご覧頂ければ幸いです
警察と救急隊がこの屋敷に到着したのは午前零時を回った頃だった。
刑事は手早く現場を検証し、遺体を搬送させた。救急隊が留まっていたのはものの十五分ほどだったろう。絨毯には血糊とテープで縁取られたまぬけな人型の模様だけ残った。
犯行現場となったリビングには無論立ち入りが禁止されていた。わたしたちは、応接間で待機させられている。今日の参加者は五人。長時間に渡る拘束に、みんな疲労の色を隠せない様子だった。
オーナーの倉田は別室で刑事と何やら話し込んでいる。自宅で殺人事件が起こったのだから無理はない。まだまだ時間はかかるだろう。
私を除いてあと三人。まずは有名大企業の社長であるA氏。被害者とは金絡みで縁故であったようだ。そして倉田の友人であるB氏。普段はアメリカに拠点を置いているようで、今日はこのために帰国したと言っていた。IT関係の仕事をしているらしいが、よく素性の知れないやつである。最後に倉田の娘、有栖。外国人のような名をしているが、顔もスタイルも決してその名に負けないほどの美貌である。
A氏が咳払いを一つした。静かな湖面が揺れるように、少しずつこの部屋に音が戻り出した。B氏は如何に自分が被害書とは面識がなかったかを語りだした。A氏にいたっては、被害者を弔うような言葉をわざとらしく呟いている。十字を切る仕草があまりにも滑稽である。その間、有栖はじっと目を閉じていた。
私は安心して彼らを眺めていた。
誰も私が犯人だとは気付いていない。当然である。緻密に練り上げられた計画には寸分の狂いもなかった。動機はもちろん、アリバイ、密室のトリック、どれも突き崩せるわけがない。仮にホームズとポアロとニッキイがこの場に居合わせたら事態は変わっていたかもしれないが、この三人では何の足しにもならない。警察も尻尾がない狸は捕まえようがないだろう。とっかかりがなければ、推理ゲームも始まりようもない。
私は深く椅子に座り直した。その時、有栖の透き通るような声が耳元で聞こえた。
「お疲れになったでしょう。あと少しですから、お待ちくださいね」
私は顔を向ける。余裕に、にこりと笑って頷く。
有栖の表情は不気味なくらい落ち着き払っていた。ソプラノの声も同様に落ち着いていた。
「隠し防犯カメラの映像を見ればすぐに犯人は分かりますから。あ、ほら父と刑事さんがやってきたようですよ。もう安心です」
廊下を走る音が近づいてきて、ドアの前で止まった。
宜しければ他の短編、あるいは長編も御座いますのでご清覧下さいませ。