10/⁇
気づけば秋になっていた。
僕の最後の夏は、洗剤が切れていることに気づいて腰をあげた夕時だった。それからの記憶がない。
もう僕がほとんど残されていないのだろう。
そういえば、ふと思ってしまった。
僕が消えたとき、櫟朝一として、僕本人としての誰かの中に残る記憶はいったいどうなるのだろう。忘れられてしまうのだろうか。消えてしまうのは嫌だな。
僕と、僕以外のあいつとの融合で生まれたもう一つの人格。
彼は僕であり僕ではない。僕としてこの世界で生きていくのなら、もしかしたら誰かの記憶には残れるのかもしれない。いや、消えてしまうほうが可能性的には高いだろうか。
ということは、この日記も消えてしまうんだろう。
こうして書いた文字に書きためた僕の感情と共に。
誰かに読んで欲しいわけでもないから消えてしまっても構わないのだけど。
でも、僕が残していくものが何もなくなるのはやっぱり嫌だな。
消えてしまうのは嫌だ。
僕が残らないのも嫌だ。
僕は生きたい。
僕は残したい。
何か。
この消えていく僕の残された時間で。
何か、一つだけでも良いから。残せるものはないだろうか。
僕が消える前に。
僕がまたあいつに乗っ取られる前に。
絵でも盆栽でも。
陶芸でも。
なんでもいいから、物を造る趣味を持っておけばよかったかな。
わからない。
何か残したい。残せる何かを得たい。
今さらだけど。今だからこそ。
僕は今、生きる理由を得たのかもしれない。