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泡沫の恋をしたっていいじゃない

作者: 月城こと葉

 ねえ、これはなあに?


 これは、あなた?


 さっきまでそこで笑っていたじゃない。


 どうして何も言わないの?


 ねえ、こっちを向いて。


 わたしに笑いかけて。


 ねえ。


 ねえってば。


 …………。


 どうしていつもこうなってしまうの。



 あなたがいなくなった世界で、わたしはこれからどうすればいいの。



          ◇



 おまえは普通じゃない。


 ずっとそう言われ続けていた。

 おじさんはいつもわたしを見て気持ち悪がるの。でも、おじさんはいつも違う人なの。違う人なのに、みんな同じくそう言うの。

 かわいいね。きれいだね。

 口々に言って、みんながわたしを見るの。おじさんは気持ち悪いって言うけれど、他の人はみんなわたしを楽しそうに見るの。きらきらした光の揺れる夜の道にわたしと同じような子達がたくさんいて、順番に選ばれていく。

 おじさんの元からどこかへ連れて行かれて、どこかの誰かのお世話になるの。

 わたしもそう。

 けれど、他の子達は言うの。おじさんの元に帰ってくることは二度とない。ってね。

 引き取り先の人の元で、育てられ、愛でられ、ある子は子供を産んだりする。そうして、そこで一生を終えるの。

 おじさんの元に戻ってくるのはわたしだけ。いつも違うおじさんなんだけれどね。


 かわいいね。きれいだね。

 そう言われて、わたしもどこかへ連れて行かれる。

 いろんなところに行った。いろんなお部屋を与えられた。いろんな人に見られた。いろんなご飯を与えられた。いろんな男と出会った。

 けれど引き取り先の人はみんないつしかいなくなってしまうの。

 そしてわたしはおじさんの元に帰ってくる。



          ◇



 この子がいい。


 あなたに出会ったのは、何人目のおじさんの所にいた時だったかしら。

 わたしを見て、あなたがとても嬉しそうに笑ったのを覚えている。

 たくさんいる中からわたしを見付けて、今日からぼくがきみの御主人だよと笑った。


 あなたがわたしに与えてくれたのは四角いお部屋。白い床に、きらきら光る玉の装飾。ゆらゆら揺れる植物が飾ってあって、かわいいお部屋。

 毎朝くれるご飯もとってもおいしかったわ。

 あなたはこれまでの御主人とは違って、知らない男を連れてくることがなかったわ。苦しいことがなかったの。

 それだけではなくて、あなたはとってもわたしを大事にしてくれた。

 これまでの御主人とは比べ物にならないくらいに大事にしてくれた。

 あなたがおはようって笑ってくれるから、あなたがおやすみって笑ってくれるから、お部屋に閉じ込められていても嬉しかったの。


 ああ、わたし、あなたが好きになってしまったの。


 これまでのようになってしまうって分かっていたのに。

 きっとそうなってしまったら、これまでなんかよりとってもとっても悲しくなっちゃうんだって、分かっていたのに。


 わたし、あなたが好き。


 この思いをあなたに伝えることはできないけれど、わたしはあなたが大好きよ。


 このままあなたの元で暮らしていたい。

 あなたのために踊って、あなたの目と心を喜ばせて、あなたに養われて。それってとっても素敵じゃない?

 あなたのために、この身を捧げたっていいって思えるほどにわたしはあなたが大好きなの。


 ねえ、ご主人様。



          ◇



 けれど結局いつもどおり。


 さっきまであなただったこれは、もう動かない。


 わたしのせいなの?


 だからおじさんはわたしのこと気持ち悪いって言うのね。



          ◇



 わたしはおじさんの元に戻ってきた。

 いろんなおじさんが大集合しているの。

 なあに? これ?

 おじさん達は気持ち悪そうに私を見るの。


 おまえは普通じゃない。


 誰かが言う。


 おまえを買っていくのは物好きばかり。けれど結局おまえを最後まで育てることができない。


 おじさんはみんなそう言う。

 初めて見たおじさんはわたしを桶に放り投げたけれど、あなたの元へ引き取られた時のおじさんはわたしを浅い水槽に放り投げた。今目の前にいるおじさんは、整備の整った箱にわたしを放り込んでいる。

 初めて見たおじさんは法被に股引だったけれど、あなたの元へ引き取られた時のおじさんと今目の前にいるおじさんはTシャツにジャージ姿。


 水面に映るわたしの姿が赤い影を揺らす。



          ◇



 ふうん、面白い子だね。


 きらきら光る夜の道。水に濡れたわたしを見てアナタは笑う。


 面白いってもんじゃないさ。


 おじさんが言う。

 おじさん達は結局、またわたしを売りに出した。


 面白いよ。この子が欲しい。


 アナタがわたしを集団の中から見つけ出し、すくい上げる。

 あなたと同じくらい、アナタはわたしを大事にしてくれるのかしら。

 おじさんは気持ち悪そうに私を見る。けれど、アナタはとっても興味深そうにわたしを見て、とってもにこにこ笑っているの。


 アナタに連れられ、わたしはおじさんから離れる。


 面白いね、きみ。


 アナタもいつものようになってしまうのかしら。


 手に入れたもの、みんないなくなってしまう。ボクのせい? 違うよ、みんながボクよりすごく早くいなくなってしまうだけ。きみならいなくならないでくれる?


 アナタはわたしとそっくりなのね。

 あなたのことは今でも大好きだけれど、アナタが今の御主人様。しっかりこの人に御奉仕しなくちゃいけないの。

 あなたなら笑って許してくれるかしら。


 今日からボクがきみの御主人様だ。よろしくね。ボクならきみを最後まで育てられる。ううん、最後なんてこないかもね。


 アナタがくれたお部屋は小さな鉢だったけれど、かわいいイルカの飾りが置いてあったわ。


 最後のないボクらで、ずっとずっと素敵な時間を過そうじゃないか。



          ◇



 わたしはずっと、彼を喜ばせ続ける。


 彼もわたしを大切にしてくれる。


 あなたのことは忘れていないわ。


 もしもまたあなたに会うことができたなら、その時はどうしようかしら。


 きっと大丈夫ね。


 あなたなら、わたしと彼を認めてくれるはず。




 でも、笑われちゃうかしら。




 三百年間何人もの主を渡り泳いできた死なない金魚が、不死身の男に飼われることになったなんて言ったら。




 最後まで読んでいただきありがとうございます。

 金魚です。

 タイトルにヒントありますね。この泡沫は儚いという意味ではなくて、水中に住む金魚がぶくぶくやっている泡沫でした。

 それではまた、別の作品でお会いしましょう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 拝読させていただきました。 とても面白かったですけどこれ恋愛ものですか? なんだか読んだ後ゾワッとしてしまったんですけど・・・ ホラーっぽいと感じてしましました。 いや 単に私がホラー好…
[一言] ふっふっふ、これは金魚かな?とわかりました。(笑) しかし・・・男がいなくなるのが疑問でした。 不死身だとは・・それも両方。がびーんです。
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