5話 因果応報 後編
「サリアです、ご用件を伺いに来ました」
「うん、入っていいよ」
許可が下りたサリアが部屋へと入ってくる。
ザブニールは魔法具でサリアに連絡を取り、すぐに来てくれと頼んでいた。
サリアが扉を開けた瞬間、部屋に溜まっていた熱気や匂いが流れでてくる。これだけで今まで何があったのかはすぐに理解した。いや、サリアは元々分かっていた、自分も同じ道を通ったのだから。
室内に入ると至るところに行為の後が目に見えて残っていた。いつもの事なので、今ではどう掃除しようかと悩むだけだ。
サリアはざっと部屋を見渡すと、恐らく呼ばれた件についての人物がベッドでぐったりしているのを発見した。
「それで、どういったご用件なのでしょう」
「まぁ分かってると思うけど、彼女もう限界みたいだからさ、湯浴みの後ゆっくり休ませてあげてよ」
「畏まりました」
礼をしてからサリアはベッドで横になっているアキラのそばに寄った。
立てますか? と声を掛けたが、目が虚ろでふふ、ふへへと静かに笑っている。聞こえていないのだろう。
サリアは自分を認識させようとアキラの頬を軽く叩いた。すると怯えるかのように身体をびくっと震わせた。
「え、ああ、サリアか」
安心したのか、身体から力が抜けて大きなため息をついたアキラ。
「もう大丈夫です、終わりましたから」
サリアはそう言って用意していたタオルをアキラに掛けた。
「肩を貸します。辛いでしょうけど、頑張って歩いてください」
「……いや、一人でも平気だ」
アキラは産まれたての子鹿のように足腰を震わせながらどうにか立ち上がった。
ゆっくりと、一歩一歩確かめるように歩いて行く。
「あれ、まだそんなに体力残ってた? じゃあもう一回くらいヤレるよね?」
「ひっ!」
ザブニールの声にアキラは強い拒絶反応を起こす。震えていた足腰は容易く崩れ去り、ぺたんと座り込んだ。
アキラの脳裏にフラッシュバックする悍ましい記憶。
「ぷぷ、冗談だよ。可愛い反応だねぇ……。ま、僕も結構疲れたからね、今日はおしまいだよ。お腹も空いたしね」
サリアの肩を借り、アキラはザブニールの私室を去った。
廊下にでたアキラはすぐさまサリアの肩を押しのけた。
「一人で歩ける」
「ですが」
「一人で、歩ける」
アキラは壁に身体を預けながら、ずりずりと進む。混ざりあった体液が震える脚伝い、床に跡を残した。
風呂場へやっとの想いで到着したアキラはタオルを剥ぎ捨て、浴室へと突入する。サリアは脱衣所で待機していた。
アキラはお湯をふんだんに使って洗う。お湯を全身に掛け、石鹸でゴシゴシと擦り、肌が赤くほどに何度も何度も擦り続けた。
身体だけではなく、顔を洗って口をゆすぐ。それから喉の奥に指を突っ込み、飲まされたモノを吐き出した。
納得のいくまで洗ったアキラは浴槽につかる。
「あ゛ー」
する事がなくなったアキラは自然と思いふける。いつ間違ってしまったのだろうか、と。
この世界にきてまだ一月も経っていない、それなのに随分と昔に感じる。そういえば、今となってはどうでもいい事だったが、アキラはここにくる直近の記憶を思い出す。あの時は次の犯行の計画を練っていた。ターゲットは中学生だっただろうか。
「はん、あの女のおかげで助かったじゃねえか」
その少女はアキラがいなくなったことで未来が変わり、今現在も元気にしているだろう。
それで自分は何をやっている? 異世界とやらに飛ばされ、女の身体になり、男に犯される。はは、と思わず笑いが零れた。
――どうして俺がこんな屈辱を受けなけりゃいけないんだ。
「クソ!」
だん、と壁に拳を叩きつけた。普段なら容易く破壊できた石の壁も、今の体力ではびくともしなかった。
アキラは頃合いを見計らって掛けられたサリアの声をきっかけに風呂場をでた。
「アキ、お水です」
そう言ってサリアはコップを差し出した。
アキラはありがたく頂戴し、まずは一口とごくっと飲む。今考えるとあれだけ汗を流した後、そのまま湯浴みした事となる。順序が逆になった気がするが、アキラは区切りをつけるように息を吐き出した。
「それと、こちらをお飲みください」
「なんだそれ? 薬か?」
サリアの手のひらにあるそれは、一見すれば錠剤タイプの薬のように見える。
栄養剤か何かだろうか。もしくは疲労を抜けやすくするような類の薬と言った所だろう。行為の前なら媚薬の類を疑っていただろうが、このタイミングでは考えにくかった。
「避妊薬です」
「よこせ」
薬を機敏な動作で受け取ったアキラは、一秒も無駄にはできないと言わんばかりの早さで水と一緒に飲み込んだ。
それと同時に疑問が上がる。そもそも妊娠するのだろうか?
たしかに今はアキラは女の身体だが、元は男なのだ。それを考えると……。いや、この問いに意味はないとアキラは頭を振る。今の所、知りうる限りは余すことなく完璧に女の身体として機能している。どちらの可能性を考えた所で薬を飲まない選択肢は存在しなかった。
アキラはある一室に案内された。
ザブニール家では奴隷であるメイド全員に個室が与えられている。当然アキラにも一部屋あてがわれた。
扉を開けると目につくのはベッド、タンス、机の三点である。逆に言えばこれ以外は何もない殺風景な部屋だった。
六畳程度の広さだが、個室なので十分すぎるほどだ。むしろ奴隷に対してとは思えない好待遇である。
サリアに食事はどうするか聞かれたアキラだったが、食欲がないと断った。
「お休みなさいませ、アキ」
「ああ、お休み」
アキラはベッドに身体を投げる。身体はすでに限界でまさに疲労困憊と言った有り様だ。
サリアには寝る時にはと寝巻きを渡されていたが、着替える気力などある訳がない。
ごろんと寝返りを打ち、仰向けになったアキラは両腕で目元を覆い、光を遮った。
「ぐっ」
我慢しようとしても、すればするほど涙が零れそうになる。
これは自分の身体ではない。何度もアキラは自らに言い聞かせる。
アキラはふと気づいた――悲しみで泣いたのは初めてだな、と。