表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/19

3話 人形

 『1人殺せば犯罪者だが、100万人殺せば英雄だ』と誰かが言った。

 日本を揺るがす凶悪犯罪者、名を雉鳥(きじ)アキラと言う。彼の手にかかった者は優に100人を超える。ただの犯罪者ではないが、英雄にもなれないアキラはどの立場に置かれるのだろうか。

 現代日本では1人殺した犯罪者はメディアに叩かれるも、大多数の人は他人事だとすぐに忘れ去られる。

 では、犠牲者が100人にも上ればどうだろう。それも、強姦殺人などという女性を狙った凶悪犯罪である。さらに数年が経ち、未だに犯行が行われているにも関わらず警察機関は犯人逮捕に至ってはいない。

 遺族が言う。――私の娘を返して、と。

 恋人が言う。――犯人を死刑にしてくれ、と。

 他人が言う。――警察は無能だ、と。

 日本住民の感情は入り乱れ、管理者である彼女はどうにかしなければと考えた。

 彼女の策略により、アキラは異世界へと転生させられた。しかし、転生させた所でアキラの才覚は本物であり、ただ転生させただけでは異世界でも同じ事が起こるだけだ。

 そこで異世界に移す過程でアキラの身体を再構成し、エルフの女性へと転生させたのであった。




「ここが今日からアキが住む事になる屋敷さ」


 奴隷契約のあと、ザブニールはしばらくして意識を回復させたが、アキラはなかなか目を覚まさなかった。

 その為にアキラは気を失ったまま馬車に運び込まれ、ザブニール家に行く道中で目を覚ます。

 目的地に着くまでに自己紹介含め、簡単な会話を交わしていた。アキラは"アキラ"と名乗ったのだが、省略して"アキ"と呼ばれている。

 そちらの方が女性らしい名前だからなのか、愛称として確定してしまっているようだ。

 アキラとしても呼ばれ方にこだわりはないので異議を唱えなかった。

 

 馬車から降りたアキラが周囲を見渡せば、視界いっぱいに広がるのは立派な屋敷だった。

 奴隷販売をしていた屋敷と比べれば格段にこちらの方が上だろう。屋敷自体も大きければ土地も広い。そこにあるのが当たり前のように庭園や噴水があった。

 アキラは首に手を這わす。そこには奴隷らしく首輪が嵌っており、さらに奴隷契約の証である刻印が感じ取れた。

 刻印をなぞりながら考える。何度も考え何度も同じ結論になり思考がループしていくが、アキラが思考を放棄することはなかった。


 しばらく気絶していたとはいえ、道中で目を覚ましたアキラは馬車の小窓から町並みを観察する事ができた。

 そして、そこから分析し判明したのはなんとも杜撰な警備体制。これではアキラの犯行以前の現代日本以下――いや、これはその程度のモノではない。

 町並みの風景から連想されるのは随分と昔の……分かりやすく言えば年代が古いと言うべきか。そんな印象を抱かせる。

 地方も地方の田舎だろうと何か現代技術の片鱗程度はあるだろう。だがここにはその様な技術はまったく見受けられない。

 それらをすべて隠していると言う可能性もない訳ではないが……その可能性は低かった。


 目を覚ましたアキラは手枷などで拘束されている訳でもなく、そこはすでに檻の外。馬車で移動中だとしてもその程度は障害にもならない。ここでアクションを起こせば逃げおおせる自信があった――あったのだ。

 しかし、現実としてアキラはザブニールの屋敷にまで来てしまっていた。

 その理由こそが、首筋に存在するこの刻印だ。

 首輪は奴隷に相応しくするが為の飾り付けに過ぎない。問題はこの刻印だった。刻印から奴隷契約の(ことわり)が頭に流れ込んでくるのだ。

 そして、理解してしまう。


 ――逃げる事は不可能である、と。

 

 この刻印がある限り、主であるザブニールに逆らう行動を取ることができない。逃亡はおろか、アキラの死に起因する事以外ならば絶対服従となる。

 さらに、当面の問題はそのような些事ではないのだ。

 兎にも角にも、現在アキラは女性となっている。つまりは……ちら、とアキラは目線をザブニールへと向けた。


(このまま何もしなければコイツのナニを上や下の口にぶち込まれるハメになる! だが、何か対策を打とうと思った所で何もする事はできん! クソ! 冗談じゃねえぞ!)


 ザブニールが玄関前までくると付き人のメイド――恐らくはこの女性も奴隷なのだろう――が扉を開けた。


「「「お帰りなさいませ、ザブニール様」」」


 幾人ものメイドが整列し、ザブニールを出迎えた。誰も彼もが美人と評されるであろう美しさだ。


(……ほぉう、悪くねえ、だがこいつは……)


 メイド1人1人が見目麗しい女性、これは事実だった。しかし、その美しさを台無しにするかのように、一人残らず目に生気が宿っていないのだ。


「出迎えご苦労。サリア、この娘――アキを湯浴みに連れて行って。その後は僕の部屋に通して貰える?」

「畏まりました。アキ、ですね。こちらです、着いてきてください」


 アキラはサリアと呼ばれる付き人だったメイドに連れて行かれる。例に漏れずこのサリアもまた、瞳が濁っていた。




「こちらになります」


 サリアがある扉の前で立ち止まって告げ、そのまま扉を開いた。そこは脱衣のスペースとなっていて、浴室はさらに奥にある。

 アキラは脱衣所全体を眺めると、ある一点に視線が釘付けになった。全身を映すことのできる鏡――姿見が設置してあったのである。

 女の身体になったと言う自覚はありつつも、実際に鏡を使って確認する機会は未だなかったアキラ。

 どれほど無様な姿になっていようとも正気を保て、と自分に言い聞かせながらアキラは姿見の前に立った。


 姿見には誰もが美しいと評するであろう金髪の女性が映っていた。

 胸にまで届く長い金色の髪。サファイアを思わせる青い瞳。豊満な胸にきめの細かい肌と、誰もが羨む抜群のプロポーション。

 身長は男だった時と比べて約二十センチは縮んだと思われる百六十センチ程度。

 アキラは思う。これが自分じゃなければどれほど良かっただろうか、と。

 

 身体の確認はそれまでにして、アキラは手早く脱衣を済ませる。元々ボロ布一枚なので大した手間は掛からなかった。

 アキラはまだ脱衣を終えていないサリアを眺めていると、ふと気になったことがあった。


「……サリア、だっけか? そう呼ばれてたよな」

「はい、サリアと申します」

「なんつーか、お前耳が変に尖ってんのな」

「はい?」

「は?」


 一瞬、奇妙な沈黙が生まれた。


「ええ、それはエルフですから、と言うよりあなたもでしょう?」


 その言葉にアキラは自分の耳を触る。確かに尖っていた。

 まさかと思い姿見で確認しようと、長い金髪をかき分けた。するとエルフの特徴である尖った耳が姿を表す。


「……なぁ、エルフってなんだ?」

「それは何か……哲学的な問いなのでしょうか」

 

 人間ってなんだ? と同等な質問にサリアは答えに窮する。

 アキラは特に答えが欲しかった訳ではなく、思わず出てしまった質問なので、なんでもないと湯浴みをしに浴室へと赴いた。




「なあ、サリア」

「なんでしょうか、アキ」


 現代日本と勝手が違うので一つ一つ細かく教えて貰いながらアキラは身体を洗っていく。牢屋生活では水をかけられた後、適当に拭かれるだけだったので丁寧に時間をかける。

 アキラは身体を洗うことで、自らの性別の違いを改めて実感させられた。

 この仕打は全くもって理不尽であり、俺が何をしたというんだ、と幾度も自問していた。


「サリアはここに来てどれほどになるんだ?」

「4年……ほどになるかと思います」


 お湯を使って泡を流し終えたアキラは湯船に浸かり、それにサリアも続く。二人は会話を再開した。


「何年かかるかねえ」


 未だにどう逃げるか何の道筋も見えはしないが、諦めるなどもってのほかである。


「……一つ、先輩としてアドバイスしておきます」

「タメになるのを頼む」

「人形になれば、楽になれます」


 アキラはふぃー、とため息をついた。それはアドバイスに対してなのか、風呂の気持ちよさなのかは本人にしか分からない。

 人形とは、つまりは感情を押し殺し、耐えぬくと言う事だろう。確かにそれができれば楽だろうな、とアキラは思う。しかし人間と言う物はそんな器用な事、やろうと思っても簡単にはできない。できた時にはすでに廃人として完成している可能性が高い。


(人形、ねえ……)


 ちら、と横目を向けた先にサリアの背中があり、そこには痛々しい大きな火傷の痕が見える。


『人形になれば、楽になれます』

 

 そう言ったサリアの瞳には、微かに光が見えた気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ