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1話 犯罪者の末路

「あん?」


 僅かな光もない暗闇の中に男が一人いた。

 気がついた時にはこの状況に放り込まれており、先ほどまでの記憶が曖昧だった。

 どうにか記憶を探ってみるが、上手く記憶が繋がらない。

 隠れ家の一つに帰ってきたのは覚えている。しかしそれ以降は思い出せなかった。

 例えば、ドアをくぐった瞬間この状況に放り込まれたのなら、何が起こったのだと慌てふためくだろう。

 しかしながら男の記憶では、最後の記憶と現在の状況が上手く繋がらなかった。その為なのか、逆に自分の状況を冷静に見る事ができた。

 

「一体どうなってやがんだ……?」


 光源とされるものがなく、自分の手すら確認できないほどの暗闇。慎重な行動が必要とされる。

 まずはとんとん、と足で地を叩く。土ではなく、コンクリート等で舗装をされている訳でもない。屋内だと想定しても床や畳、そういった感触は得られなかった。

 男が帰ってきた隠れ家は森の中にひっそりと建てられる掘っ建て小屋だ。

 となるとここは隠れ家の中ではなく、外の森でもないと思われる。

 ならばここはどこなのだろうか。

 隠れ家に潜んでいた何者かに何らかの方法で眠らされどこかに運び込まれた?

 馬鹿か俺は、と男はその考えを一瞬で捨てた。

 情報が少なすぎる今、事態を詳細に考えても無駄なのだ。

 ただ――分かる事は一つだけある。

 これは自然に起きる事ではなく、誰かの思惑が絡んでいると言う事だ。


 普通に考えるのなら、この状況で闇雲に動きまわるのは得策ではない。

 しかしこの状況を打破してくれる信頼の置ける仲間がいる訳でもないのだ。悠長に待っているのは相手にただ準備の時間を与えるだけに過ぎない。

 男は一歩踏み出そうと決めた――が、その判断はこの暗闇の中、小さな光が浮かび上がったのを見て取り下げる事となる。

 その小さな光は徐々に大きくなっていき、人の形へと姿を変えた。


「何が始まるのかと思えば……犯人様のご登場ってか」

「貴方に犯人呼ばわりされるのは釈然としませんね」


 女性……だった。

 眩い光をまとうその女性が本当に人間なのかどうかはともかく、少なくとも見た目においては類を見ないほどの美貌を持った人間の女性だったのは間違いない。

 彼女は世の男性を虜にするであろう微笑みを浮かべながら男に問いかける。


「それよりも貴方、どうしてここにいるのか……いえ、どうしてここに呼ばれたのか理解できていますか?」

「さあな、さっぱりだ」

「……もう少し真面目に考えてください。貴方なら心当たりがたくさんある筈です」


 男は彼女の身体を観察しながら冗談交じりに返答する。


「心当たりねえ……。実は俺は死んでいてここは天国……って仮説は中々に面白いと思わねえか?」

「ふふ、とても面白い冗談ですね。……ですが、誠に残念な事に貴方は生きています。ええ、未来の事はなので絶対ではないのですが、このままだと恐らくは30年以上は健康に過ごされる事と思います」

「ほぉ~、そいつはありがたいこって……。で、そろそろ本題を聞きたいんだが?」


 ふう、と彼女は息を吐く。

 彼女は男の真面目な返答をそれほど期待していなかった。この程度で真面目に考えてくれるような心の持ち主ならあんな自体に発展する訳がないのだ。

 しかし彼女は僅かな可能性に賭けた。賭けたかった。


「174――これが何を示す数字かお分かりになりますか?」

「なるほど。てめえが何者なのかはさっぱり読めねえが、何を言いたいのかは分かってきたぜ」

 

 174人、これは日本……いや世界を驚愕させる連続犯罪における被害者の数である。

 一度のテロ事件などでの被害者数であれば、1つの大事件として世界的ニュースにはなるものの、せいぜい数ヶ月も経てば人々の記憶から風化する。

 そして時折、昔にこんな悲しい事件があったとテレビで流れ、それを大多数の人が夕食でも食べながらこんな事件もあったなあと他人事のように思い出すだけだっただろう。

 しかしこれは連続犯罪であり、それは今なお定期的に行われている大犯罪だ。

 警察が対策本部を設置してから6年が経過してもなお、未だに犯人逮捕には至っていない……。


「そこで1つ朗報だ」

「……なんでしょうか?」

「正直に言えば、さすがに潮時だとは思ってたんだよ。最初の1年に比べて成功報酬に対する労力が割に合わなくなってきてるからな……。だからまあ――30年後に自首してやるよ」


 彼女は目を伏せながらため息をつく。


「それが貴方の最後の言葉ということで、もう――終わりにしましょう」

「あん? 殺してカタでもつけようってのか?」

「月並みですが、罪には罰をという言葉もありますし……ですから、貴方を異世界流しの刑に処します」

「イセカイナガシだと?」


 聞きなれない言葉に思わず男は復唱した。

 近い語感では島流しだろうか。ならイセカイとは何か?

 イセカイ、いせかい、異世界?

 男は創作物の世界には疎く、異世界と漢字変換を果たしてもピンとこなかった。


「私の親友はそちらを担当していまして、どうにか頼みこんで手伝って貰える事になったのです」

「――おい、待て」


 何が起こるのか理解はできない。しかし、嫌な予感しかしないのだ。

 いつの間にかトントン拍子で話が進んでいる。


「貴方の力を奪う事は私にはできません。なら、もっと過酷な環境へと身を移せば、身の程を知る事ができる筈です」

「少しくらい待てや! 考える時間をよこせ!」

「――私は6年待ちました」


 それは憑き物が落ちたようなスッキリとした微笑みだった。

 瞬間――突如闇に裂け目が現れ、まるでブラックホールの如く男を吸い寄せる。


「ぐっ」


 一瞬、耐えようとするも掴めるものが何もないのだ。抵抗らしい抵抗はできなかった。


「クソがああああああああああああああああああああ」




 ぐらぐらと揺れる部屋で男が――アキラが目を覚ます。ぼやけた頭ではあったが、先程の出来事を忘れる筈もない。

 今にも周囲に当たり散らしたいが、女神は『過酷な環境』と言っていた。まずは状況を確認し、とにかく安全を確保しなければならない。

 周りを確認してみると、蝋燭の小さな火のおかげで薄汚い部屋にいる事が分かる。

 まずは探索かと立ち上がろうとして気づく……自分は拘束されている、と。手足を動かそうとするとジャラジャラと音が鳴る。

 ――鎖だった。


「クソ、なんだこれ。ふざけんのもいい加減に……しろ……よ? あ゛ー? 風邪でも引いたか?」


 まるで女のように声が高い。可愛らしいソプラノボイスだった。

 気力が抜ける声になってしまったが、まぁすぐに治るだろうと問題を後回しにし、まずはこの枷をなんとかしなければと身体をうねうね動かした。

 そこで気づく、どうも身体付きがおかしいと。

 アキラの肉体は逞しく筋肉が引き締まってる筈で、このように柔らかくはなかった。

 特に胸の付近にある二つの塊。これが非常に邪魔だった。


「クソ、女じゃあるまいし、何なんだこれ。何か入ってんのか?」


 器用に身体をくねらせて、どうにか上半身を起こす事に成功する。


「……。……。あ゛? ……胸? 女の? は?」


 夢なら早く覚めてほしい、とアキラは思う。

 この声、そしてこの身体を見る限り結論は一つしかなかった。

 ――自分は女になってしまっている、と。

 結果だけは理解できたが、何故女になっているのか全くもって理解不能だった。

 しかし今は緊急事態であり、優先すべき事柄はいくつもあるのだ。

 アキラは自分の状況をもう一度確認する。

 拘束されているならば、それをした人物がいるのは当然だ。ならばここから逃げるべきではないか? しかし、そう簡単にいくとも思えない。

 そもそもとして、ここはどこだろうか。先程からこの部屋は妙に揺れているのだ。直感を信じるのなら、恐らくは船だろう。

 さすがのアキラもここから逃亡するのは難しい。

 というよりも、今までアキラは捕まった事などないのだ。この状況に置かれた時点でどうあがいても徒労に終わるのは簡単に予測できた。

 アキラは改めて冷静にこの部屋を観察する。

 ここは部屋と言うよりは牢屋であった。先程は気づかなかったが、よくよく見れば捕まっているのはアキラだけではなかった。


「……人身売買って奴かねえ」

 

 いずれも生気を失ったかのような女性が幾人も壁に鎖で繋がれている。

 彼女たちは役に立ちそうにないし、邪魔にもならないだろうと意識から外す。

 まずは今できる事から始める事にしよう、とアキラは体力消耗を避ける為、眠りについた。




 あれから何時間経ったのか、眠っていたアキラには分からない。

 なにやら牢屋の外が騒がしく、それによってアキラは目を覚ます。周りを見渡してみるが、先ほどと対して変わらない光景がそこにあった。


「奴隷ども起きろぉ!」


 牢屋の鍵を開けて二~三十代ほどの男が複数人入ってくる。

 彼らは女性たちを壁からの枷を外し、女性達同士の枷で繋ぎ合わせていった。扱いはまるで囚人のようだ。

 アキラも従順に指示を守り、外へと連れだされる。外へ出るとやはりか、船の上である。

 正確な時間は分からないが、太陽の方角を見る限り朝方のようだ。薄暗い牢屋に監禁されていた為、朝日が気持ちよく感じたアキラだった。

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