07 肉じゃが
第7話
とりあえずTSしてから一週間目の夕方。オレはひとつ自分って言うのを表に出してみようかなどと考えていたんだ。元俺との区別化を計る為に。
だって性別はおろか、名前まで変えたと言うのにやってる事と言えば……。
『昼過ぎに起きてPC付ける。
ネトゲにログインする。
ベヤングを食べる。
元俺と交代で風呂に入る。
朝日を浴びるまでネトゲする(間食込み)。
寝る。
昼過ぎに起きてPC付ける。
……』
この繰り返しだもんな。健康にも悪いし、体裁も悪い。それになんと言うか世間様に申し訳も立たない。だからこのままいくとせっかくの美少女が薄気味悪い不健康な女に成りかねないんだよ。
その辺りを鑑みてオレは元俺に思うところを言ってみた。
「今日はオレが夕食作るから」
思うところってのは料理の事。
一応は女ってカテゴリーだしこれくらいは出来ないとね。男の頃はなんとも思わなかったんだけど女子になったらなんだかしてみたくなったんだ。
どうしてだろ?
「え? お、おう」
「肉じゃがだぞ。肉じゃが」
わざわざ笑顔を振りまいて、女子からの手料理の定番を作ってみると元俺にアピールしてみる。
「大事な事だから二回言ったのか!?」
「まあ見てろって。毎日ベヤングじゃあ飽きるだろ?」
「いや、飽きるけどさ、何故今月はベヤングなのかを考えれば仕方無いんだろ?」
「う、うん。DVD買いまくったからな」
「それプラスお前の服やら日用品やらも買ったからな」
う、うーむ。それを言われるとちょい辛いんだけど。
「あははは…………ああぁ……で、でもいいじゃないか。張り切ってるんだから肉じゃがくらい作らせろよ」
で、でもいいじゃないか! こうやって薄着の少女がいつでも部屋にいるんだからさー。
そう思うと自分の恰好を見る。
今は薄い青のティーシャツと白のふわふわした短めのスカート。それに白の普通の靴下。うん、可愛い。可愛いよな?
「判った判った。たださ、材料買いに行くなら五百円までで済ませろよ。節約してるんだから」
「五百円か。まあ何とかなるだろ」
「じゃあフライパンに油を敷いて、火をつけてっと。じゃあ買い物に行ってくるよー」
「おう、気をつけてなー。…………って! ちょーっと待てーい!」
「えっ?」
「『火をつけて』じゃねーよ。お前ホントに料理が出来るんかー!?」
「で、出来るに決まってるだろー。今のは軽いジョークだよ!」
気のいいアメリカンなおじさんがよく使うみたいなジョークですよ。いっつぁ・じょーく!
「ジョークねえ……。まあ、とにかく気を付けるんだぞ。お前は中身は俺と同じだけど外見は良すぎるからさ変なのに絡まれるなよ」
「判ってるって! そいじゃ、視姦されながらスーパー行ってくるさー」
「ホント気を付けるんだぞ」
◇
「まったく! あんな言い方しなくてもいいだろうによー。私がせっかく元俺の為に手料理を作ってあげようと思ったのに! もう!」
近くのスーパーでレジ待ちしている状態でプリプリ怒りながらさっきの事を思い出す。ホントに面白くない。元俺にはもっとオレの実力ってヤツを叩き込まなきゃな。
「じゃがいも五個で二百二十円。ひき肉二百グラムで百九十円。合計で四百十円です」
「はい。じゃあこれで」
「ビニール袋ご入り用ですか?」
「はい。ひとつ下さい」
がさごそ。ピッピッ。
「ありがとうございましたー」
レジから離れて窓際にある荷物台にカゴを降ろす。降ろしたカゴに入ってるじゃがいもとひき肉をビニール袋にササっと入れる。まあ、二品目だからね。さほど時間が掛からずに入れることが出来たよ。簡単簡単。
「さてと帰ろうっと」
スーパーを出て停めてあった自転車のカゴにじゃがいもとひき肉の入った袋を入れる。
よし、じゃあ帰りますか。
自転車で信号待ちをしてると向こう側のサラリーマンとかがこちらをチラチラと見ているのが判る。
なんだ? オレが美少女だから見てるにしてはちょっとおかしい。
うーん? なんだろう……? ん!? ああ、サドルに乗ったまま片足ペダル状態だから白のふわふわスカートの中身のパンツが見えてるのか。なるほどなるほど。じゃあ謎の正体も判ったし勿体ないから隠しますかー。
元俺になら見せてもいいけどただのサラリーマンじゃなあ。
アレレ? なんで元俺には見せてもいいって発想になるんだ?
…………。はあぁ、帰ろうか……。
◇
「ただいま」
「おかえり。材料あったか?」
「うん。じゃがいもとひき肉買ってきたよ」
よーし、じゃあ作りますか! 元俺、喜んでくれるかな。
「神酒、何か手伝うのあるか?」
「いいからいいから。男はテレビで深夜アニメでも観ながらドンと座ってなって! まだ夕方だけど」
「お、おう。そうか。じゃあ待ってるから」
そんな事を言う元俺をとびっきりの笑顔で居間に見送った。さて、ネットで調べた知識を総動員して料理をはじめますかー! 今夜のべヤングのお供は肉じゃがだぞーっ。
まずは材料確認。味りんと醤油、砂糖に塩ー♪ えーっと、味りんは無しっと……。仕方ない代わりに何いれようかなー♪ んー、まあいいや塩を多めに入れちまおう♪
まな板でじゃがいもをぶつ切りに致しますー♪
ガツガツガツガツっ!!
それからそれからフライパンに油を敷きましてー♪
油から煙が立ちのぼってきたらぶつ切りにしたじゃがいもをー♪
ジャージャージャージャー!
……………………。
…………。
……。
◇
いつものべヤング。その隣には出来上がった肉じゃがを皿にもってある卓袱台。
よし! 見た目は完璧。匂いも良さそうだ。ふふふ、これはオレの女子力もレベルアップしたに違いない。
「それじゃあ食べるか」
「うん。私の肉じゃがをとくと御覧じろ」
卓袱台の前で向かい合ったオレ達は手を合わせて頂きますをする。
「いただきます。もしゃもしゃ……うっ! しょっ……しょっぺーー!」
「まじで! もしゃもしゃ……うわぁ、しょっぺーー!」
うは! これはしょっぱすぎる。何だ。何を間違ったんだ。
あうあう、こ、こういう時は相手の目を見ずに後ろめたさ全開で聞くしかない。
「あ、あのぉ、お……おかわり……おかわりいっぱいあるから……」
「ご、ごめん神酒。食べたいけど流石にこれは無理だわ……」
「あははは……ですよねー」
どうやら出来上がった肉じゃがは味が濃すぎて不評だったようです。
煮込み過ぎたか?
「ちょっおま、これは煮込み過ぎなんてもんじゃないだろ! そもそも塩が多すぎるんだって!」
「おおぉ、アドバイスさんきう!」
「アドバイスじゃねー!」
独白までお見通しとは流石元俺。
しかし次こそは美味いと言わせてやる!