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04 続・オレの新しい名前

第4話




 ぼろアパートと言えどもキッチンくらいはある。ピカピカじゃないけどそれなりには清潔だと思う。毎日使うしね。

 その流しで先程使った中ジョッキをふたつコシコシと洗うオレ。もうひとりの俺にはその間卓袱台(ちゃぶだい)を拭いてもらっている。せっかく男女に分裂したんだから役割を分担した方が何かと便利だからね。

 ん? 中ジョッキって何かって? あー、今洗ってるこの中ジョッキだけど、これは別にビールを飲んだわけじゃないよ。焼きそばのお供に麦茶を中ジョッキに入れて飲んでただけだから。


 そんな風に洗い物やら遅い朝食の後片付けをしていたら卓袱台(ちゃぶだい)を拭いていたもうひとりの俺が話しかけてきた。


「なあお前、出掛けるのにこれから風呂へ入るのはいいけどその前にまだ決める事があるぞ」


「ん? 何かあったっけ?」


 後片付けと平行してお風呂場にある湯沸し器のスイッチを入れて戻ってきたらそんな事を聞いてきた。


「はあぁ……。お前、一番重要な事なんだから忘れるなよ」


「えっと……悪い。何だっけ? 判らない」


「判らないって……お前の名前だよ」


「あ! そっか!」


「あ! そっか!じゃねーよ! いいか、お前は未だに『諏訪頼道』のつもりかもしれないが世間様はそうは思っちゃくれないんだ。そこら辺の認識を身をもって知らなきゃならないんだぞ」


「わ、判ってるよ」


「じゃあ考えようじゃないか」


「お、おう」


 うーむ、どうする? ここは無難にいつもMMORPGで使ってるあの名前にするか? まあ大体どのゲームをするにも女主人公の場合はその名前にしてるんだ。読み方も日本人っぽいからね。

 えっ? そのMMORPGで使ってたキャラの容姿? そりゃあ、キャラの容姿は当然ロリ少女だよ。あったりまえじゃん!


「でもまあ、考える程じゃないよな。私に名前の心当たりがあるんだから、お前もどうせ判ってるんだろ?」


「まあな。DOLのキャラから付けるんだろ?」


 DOLとはオレのやってる大冒険時代オンラインってゲームの略称の事なんだ。

 さっきも言ったけど、このキャラクタはメイキングの時にロリ少女体型から選んだお気に入りだったりする。

 そしてそれからゲームに嵌ってしまい、後に何キャラも作るわけなんだけど、今回はその1垢目の名前にしようかと考えてるんだけど、それをもうひとりの俺も判ってるとこう言うわけ。


「そう言う事」


「それで何て名前にするんだ?」


「1垢目の『神酒(みき)』にしようかと思う。丁度背も低いし黒髪だからさ」


神酒(みき)か。そうだな。キャラそのままだしそれでいいんじゃないか」


 もうひとりの俺が言う様にゲームの中のキャラも今の容姿にとてもよく似ている。ロリ貧乳だし、年齢だって十二、三歳くらいにしか見えない。それに色白で黒髪だから。

 違いと言ったら今のオレは黒髪ツインテールだけど、ゲームでは黒髪ロングだったってくらいかな。あとはまあ、顔が似てないくらいかな。


「よし。私はこれから神酒(みき)な。諏訪神酒(すわみき)だ。……うん、これからもよろしくね頼道(よりみち)お義兄ちゃん」


 自分の名前が決まったぞ。いやぁ中々嬉しいもんだな。自分の名前が決定してとっても嬉しいからもうひとりの俺にまで矢鱈と笑顔を振り撒いてしまう。

 後光が射すくらいな笑顔じゃないかな。たぶんマンガ効果音があるとすれば『ペカー』なんて字が書いてあるはず。


「お、おう。よろしくな」


「何を顔真っ赤にしてるんだお前? 私に惚れたのか? まぁ私は可愛いから仕方無いか? なあ?」


 あはっ、オレってロリ可愛いからなー。お前のその恥ずかしそうな顔を見てるとさ、実を言うと心の奥が嬉しくなってくるんだよ。

 そう思うと卓袱台(ちゃぶだい)の向こう側に座ってるもうひとりの俺の側まで近づいて正面からガバりと抱きついてあげた。


「うわっ、お前っ!?」


「お前じゃないよ。私は神酒だよ」


「そんなのは判ってるよ。そんなのより、いきなり抱きつかれたらこっちも……」


 何か言ってるけど気にしなーい。だって抱きついていると何故か心が安心するから。


「ほれほれ、どうだロリ美少女が密着してやったぞ。嬉しいだろう? な? 嬉しいだろ?」


「う、うるせーし、いいから早よ風呂入ってこいよー!」


 うひひ。

 そう口では風呂へ行けなんて言ってるけど手でオレをどかそうともしない。今のオレは女子で全然力が違うんだから体を引き剥がすのも簡単なはずなのにな。では何故そうしないのか? そりゃあ女子が抱きついているんだから態々引き剥がしたくないからに決まっている。そうだよね? ねぇ頼道お義兄ちゃん(・・・・・・・・)


「ケケケ。判った判った。んじゃ遠慮なくお風呂に入りますかー」


 ちょっとからかい足りないけどあまり押し過ぎるのもつまらないから、言われた通りにそっと体を離して立ち上がった。そしてもうひとりの俺に片目を瞑ってにっこりと笑顔を送る。

 美少女がこれをやると可愛いよな。


「……まったく……からかうなよ。本気にするだろ!」


 後ろから何事か聞こえてきたけど、オレはさして返事もせずにお風呂場へと向かったのだった。




 うーむ……。

 しかし、からかう部分はあったとしても、何故かもうひとりの俺に心惹かれてしまうのは何故なんだろう?

 抱きついた時もそれほど嫌な感覚も無かったし……。昨日の晩の男臭さもすぐに慣れてしまったし、謎だなぁ。

 いや、オレがTSしてしまった事が一番の謎なんだけどね。

主人公のTSヒロインの名前は天保水滸伝の平手造酒から。

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