03 オレの新しい名前
気分転換にこちらを進めてみました。
平家ばっかりだと別のをやりたくなってしまうこの感性ww
第3話
朝だ。天井を見上げてから窓を見ると太陽がわりと高い位置に来ているのが見てとれる。
たぶん朝は朝でも十時は過ぎている感じだな。
なんか凄く重要な夢を見ていた気がするんだけどなー。なんだったっけなー。
あーあ、結局昨日はこの女の体を弄る事が出来なかったなー。やっぱりもうひとりの俺がいる状態では中々出来るもんじゃないからね。ひとりだったら一晩中滅茶苦茶に女の神秘を堪能したのに。
ん!? 待てよ。って事はもうひとりの俺がいつでもいるこの状態では、オレはずーっと女の神秘を堪能出来ないって事になるんじゃないか?
これは問題だ。いや、大問題だ!
せっかくTSしたのに弄る事も出来ないってのは凄く嫌だ。なんとかしてひとりきりの時間を作らなくては!
TS界隈で言われ続けているトロトロになるくらいに蕩けると言うあの心地よさを体験する為に!!
……まあいいや、とりあえず隣の俺を起こそうか。
◇
「レディファーストだろ! オレが先に行く」
朝のトイレは戦争だって家族の多い人から聞いた事があったけど、これ程とは思わなかった。
って言うか、狭いアパートの一室でトイレをめぐって対決している男女ってのは絵にもならんよな。
「家主の俺が先に行くに決まってるだろ! お前はちょっと待てよ」
「えー、女の子には優しくしないんだ!?」
「いや、俺もそうしたいんだけど頼むよー。女の子が漏らしても黄金水になるけど、男の俺が漏らしたら最悪だろ?」
「ん……。うーむ。そう言う事になるのかな……。あー、もう判ったよ! でもさ、漏れそうだから早くしてこいよ。オレはまず体のどの部分に力を入れて小便すればいいのかすら判らないんだからな」
しかし朝のトイレでこんなに気を使った事なんて今まで無かったぞ。こんな事なら起こす前に済ませておくんだったか。でも、もう起こしてしまったんだから後のカーニバルだよなー。次からは起きたらまずオレが済ませてから起こそうっと。
ちなみにトイレは体に逆らわない様に本能の赴くままやったら上手くいったよ。
◇
「美味いな」
「ああ、美味いな」
丸い茶部台をふたりで囲んで遅い朝飯をとっているオレ達。だってもう十一時だぜ。これじゃあお昼と一緒だよ。
昨日着ていた黒のジャージはそのままに長い黒髪をツインテに結ったオレはガツガツと朝飯を食べている。テレビから流れてくるのは当然の様に昨晩の深夜アニメの録画だ。
目の前の俺はやけにこちらを伺いながら食べているんだけどやっぱ美少女が目の前にいると緊張するのかねー? いや違うな。オレを見て目の保養にしてるんだろう。元の俺の思考を考えればすぐに判る。こんなに近くに美少女がいて、さらに話しかけられるくらいの間柄なんだから、そりゃあ見たくもなるわな。逆の立場だったらオレだって見てしまうもんね。
でもな外見以外はお前と同じでオレ自身なんだけどその辺り判ってるのか?。
相手の思考を読むわけじゃないけど、片手間でそんな事を考えると会話を再開する。
「ここんところ毎日だからな。判ってる。だから全然違和感はないんだけどさ、せっかくオレみたいな美少女が目の前にいるのに朝飯にいつものベヤング焼きそばはないだろ!! しかも具とか一切無しの素のまんまだし!」
「仕方ないだろ! 俺だって何も好き好んでベヤングが食べたいわけじゃないのはお前だって判ってるだろー?」
そう言って壁に大量にあるダンボールを指差す。
うう、知ってるわい。前期アニメが豊作で今月は『俺サイドテールになります』『ビーフカレーライフ』『決戦異世界のアリア』のDVDを買いはじめたからな。お金が無いんだ。だから今月は特売のカップラーメンをダンボールで買ったんだよな。
「判ってる……でもさオレの心の中で美少女の格が音をたてて崩れていくんだよ」
カップラメーン群があるのは判ったけどさ、それでも格ってのがあるだろうよ。こんな美少女を前にしてよくもまあ平気で出せるもんだよ。カップラーメン系をさ。
もうちょっと、もうほんのちょっぴり気を使えよ! 美少女ってのはブランドなんだぞ! 人間が一番輝いている時期なんだぞ! 美少女のパンツが見えただけでその日、一日がハッピーになる。そのくらいのパワーを備えてる人間なんだぞ!
そう思うと少しだけ膨れっ面になる。
「そんな顔するなよ。可愛い顔が台無しじゃないか」
「可愛いとか言うなー! 嬉しくなるじゃないか」
「判った判った。ベヤングをもうひとつ作ってやるから機嫌直せよ」
「いやいやいやいや、オレの体を見ろよ。小柄だろ! そんなに食えるわけないだろうが! 量が少ないから文句言ってるんじゃねーよ!」
「お前面倒くさいなー」
「うるせー」
一通り言い合いをしてふたりで顔を見合わせてニヤリとする。傍目にはもはや男女の危機かと思われるほどの激しい罵り合いを展開するオレと俺だけど、じつは違うんだよなー。
「女とふたりきりでギャーギャー言い合うのが夢だった……」
「判る。判るぞ。だからオレもこの茶番劇に付き合ったんだぞ」
「うんうん。ありがとな。ありがとな」
そう、この罵り合いはオレの人生での夢だったんだ。オレは女の子にTSしてしまったからアレだけど、もう一人の俺はこれをやって欲しいだろうと当たりを付けての半ば演技っとこう言うわけ。
まあ、オレも女の立場の役柄だったけどこのシチュエーションの一端は担えたんだから気分は上々なんだよ。ああ、本当に心の底から嬉しい!
そんな事を噛み締めていたらもう一人の俺が話しかけてきた。
「しかしいつまでもお前って二人称は嫌だな……。おい、何かいい名前ないか?」
「そうだなー。名前も決めたいけど、最初はオレの身分も決めておこうぜ。ふたりで別々なスペックを言ってしまうとまずいだろ」
「ちょっと待て。よし、じゃあまずお前は俺の従兄妹な。お前の両親がいないから俺のアパートで一緒に住んでる。こんな設定でどうだ?」
従兄妹かー。無難だな。どうせ親兄弟も親戚もいないからいいんじゃないか?
「そうだな。そのあたりが無難か……。判ったそれで行こうか。オレはお前の歳の離れた従兄妹な」
「よし。それとさ、お前中身はともかく容姿は清楚系美少女なんだから『オレ』って言うのやめろよな。その言葉を聞くと萎え萎えになるんだわ」
「お、おう。いや判るんだけどさ。いくらTS物のアニメ好きでも自分から、わ、私とか言い難いじゃないか。だから……さ、お前が……突っ込むのをさ……待ってたんだよ……」
うう、ちょっと恥ずかしい。でもこれはやっぱりクリアしておかなけりゃいけない部分だよな。
オレはこの容姿を見ても一人称を『オレ』で通せるほど萌えに対して疎くはないんだ。だからこの子……あー、自分の事な。この子にはちゃんと『私』って話してもらいたい。
「よ、よし、これからは一人称は私で行くぞ! よし私。私。うん私。どうだ?」
「うはっ! ぐっじょぶ! それで行こう! うん。あー、ついでに一言頼んでもいいか?」
「ん? なんだ? 言ってみろ」
「ちょっと可愛くさ『私、頼道お義兄ちゃんの事だーいすきー(はーと)』って言ってみてくれ」
「氏ね」
「うぐっ」
ギャー、ニコニコしてたもう一人の俺が一瞬にして死んだ魚の目になった! 判ったよ。言ってあげればいいんだろ?
そう思うとあぐらから女の子座りに座り直して、恥ずかしそうな上目遣いで言ってやった。
「い、一度しか言わないんだからちゃんと聞いてよね! よ……、頼道お兄ちゃん。私お兄ちゃんの事がだーいすき!」
その後、壊れかけのもう一人の俺が復活したのは言うまでもない。
◇
「しかし、お前DVD買いすぎだろ? 少しは考えたらどうなんだ。前々期のやつもまだ買い終わってないって言うのに前期のを三つも買い始めやがって」
「待て、分裂するまで同じ人間だったヤツに言われちゃったんだけど。このやるせなさはどこへぶつければいいんだ」
壁にある本棚と言う本棚にはアニメのDVDが所狭しとギチギチに並んでいる。このぶんじゃ来年を待たずに本棚を補充しないとDVDが溢れてしまうな。
すでにこの六畳の部屋には五段の本棚が四つ。しかもそのうちのふたつは奥行きがあるヤツで前方はスライドする本棚だ。これはもう場所も大変だからつぎの本棚からは本棚の上に本棚を重ねなきゃならない……。
深夜アニメは化け物か!!
「しっかし物の見事にTS物ばっかりだな」
「聞いちゃいねえし! それにTS物ばっかりとは心外な。ちゃんと『ルイズの使い魔』も買ってるだろ」
「いや、私が言いたいのはTS物は全て買ってるなーって……分裂前に私自身が予約したんだから心境とか全部判るけどさ」
元はオレが買った代物。まあ、今はたぶんもう一人の俺の所有物になってしまってるんだよなー。だってオレって国籍無いじゃん? 働く場所もバイトみたいなのに限られるだろうし、すっげー人生の幅は狭まったなー。
保険も無いから病気したら一貫の終わりってのも考えられる……。
ちょっと怖いな……。
「で、どうだ? TSして美少女になった感想は?」
ん? ああ、なってみての感想かー。マイナスの思考中だったから複雑なんだけど、とりあえずはこの清楚系美少女を可愛い服でコーディネートしてみたいな。うん。薄い青色系が絶対に似合うと思うんだよ。オレってば美少女さんだからね!
そう思って今一度鏡で見た自分の容姿を考える。
小顔でくりくりっとした大きな瞳。そこにちょこんとくっ付いているお鼻と薄ら赤い小さなお口。全体的に見ればわりと幼さが漂う容姿かな。十二、三歳に見えるその可愛らしいお顔なんだけどじつは十六歳なんだよなー。
あれ……? なんで十六歳って知ってるんだろう? まあいいや。
そして長い黒髪! これを今のところ、この姿になった時と同じくツインテールにして結ってるんだ。
ツインテールはわりと楽チンに結えるし、可愛く魅せる事もできる優れもの! この髪型のままずっと過ごすのも悪くないかもしれない。
「うーん。可愛いくてとりあえずは満足かなー。でもこの黒のジャージは無いわー。だから朝ごはんも取ったし早く服を買いに行こうぜ」
「そうだな。白の下着もないしな。じゃあちょっくら車でも動かすかー」
「えー、車で行くのかー?」
「車は嫌か?」
「嫌ってわけじゃないけどさ。車だと買った服に身を包んだ後、周囲の野郎共に見せびらかせないじゃん。」
「なるほど。流石は元俺。TS者の心情の一端を判っていらっしゃる」
「うんうん。でもこれは私とお前だけの話だからな。TSは奥が深いんだ。私みたいにTSの葛藤が無いのは受け入れられない紳士だっている。この辺は弁えないと!」
「判ってる判ってる。皆まで言わずとも判っている。それじゃあシャワーでも浴びてから買い物でも行くか」
「そうだな。シャワーなら裸も見れるしな……」
下心満載なもう一人の俺を牽制しておく。だってまずはオレが見たいんだよ! すっげー残念そうな顔をしてるけど仕方がないだろ。そのうち拝ませてやるから今は待て!
あーあ、服を買いに行くのはもう少し時間が掛かりそうだ……。