最悪な展開になってしまいました
前作を読んだほうがわかりやすいと思いますが、読まなくてもなんとなく分かるように書きました。
花柄のワンピースを着て、サンダルを履く。髪を巻いて、ナチュラルなメイクをすと、見目麗しいお嬢様の出来上がりだ。
天宮美鶴16歳。
そこそこの企業の代表取締役である父と、今年日本でトップの大学に入学した大変見目麗しい彰お兄様をもつ、そこそこのお嬢様だ。
そんな私は去年の夏アメリカの高校……と思いきや大学に進学し、在席2年目ではあるが、大学4年生に飛び級してしまった天才少女と周りから言われている。……何故そう呼ばれているのかって?
私は、前世の記憶をもつ、謂わば転生者だったのだ。
人生のやり直しだと思って張り切って色々やった結果、いつの間にかそう呼ばれるようになった。
だがしかし、私は今大きな問題を抱えている。
私が転生したこの世界は、私が前世でバイブルとしていた少女漫画の世界で、ヒロインとヒーローの仲を裂こうとする、ヒーローの婚約者兼悪役、それが私の役だったのだ。最終的に悪役は世間的に殺されてしまう結末。
そんな最悪なことを思い出してしまった私は、全力でその未来を回避すべく、婚約者ルートを回避しようとしたはず……なのだが。
私のパソコンに送られてきたメールを見て、うんざりする。
『来週の週末、そっちに行く。予定空けとけよ』
送り主は西園寺翔也。少女漫画のヒーローだった。
回避していたはずが、ある経緯で痴漢から助けてもらい、接触してしまった私は半ば強引に婚約者となってしまったのだ。
彼は手回しが良く、私が避けている間にお父様に婚約を申し込み、外堀を埋めたあとに事後報告を受けたような形だったのだが、断れるような逃げ場が残されておらず、結局状態維持のまま一年を過ぎてしまったのである。
その間にも西園寺翔也は休みの度に私の元を訪れるようなった。そのときはいつもどこかに連れ回され、最後には彼が予約したホテルのスウィートに泊まるはめになる。まぁ、私が断じて拒否をしているので一線を越えるようなことはしていないが、ベタベタとくっついてくるのにはうんざりする。
それに、連れ回されている時間を使ってレポートを書いたり研究をしたりできるのに……なんてことは本人の前では言えないけれど。しかし、それでも付き合わされる私のフラストレーションが溜まっているのは事実だった。
日本から私についてきてくれている付き人が日本に残った執事たちと共に調べてくれているのだが、どうやら桜ノ宮学園の高等部に宮野絵里、少女漫画のヒロインが転入してきて、西園寺翔也と密接に関わっているらしいのだ。
漫画のストーリー通りだと、そろそろお互いを想い、西園寺翔也の婚約者が邪魔になってくる時期だ。それなのに、どうして西園寺翔也は私にこうも会いに来るのだろうか。早く婚約を破棄してその想いを遂げればいいのに。
そうか、婚約は西園寺グループとお父様の会社が契約を結ぶ為に必要なものだったのだ、と気づくのにそうは時間がかからなかった。私が思いつきの企画をお父様に上げた結果更に経営状況が良くなって、お父様の会社もトップ企業の仲間入りを果たしそうだし、幾度にも渡って私の元を訪れるのはその契約の体裁を整える為なのだろう。
だが、それに付き合わされるこっちの身にもなって欲しい。そのおかげで私の時間は著しく少なくなっているし。
私は深い溜息をついてから西園寺翔也のメールに返信をしたのだった。
-----------------------------------------------------------------
「久しぶりだな」
「ええ、一月と一週間ぶりですね」
皮肉を込めてそう言うと、鬼の様な顔をされた。おお、怖い怖い。西園寺翔也は私を上等な車に乗せると、自分もその隣に腰を下ろした。……だから何でそうくっついて来るのか。
「それで、今日はどこに行くのですか?」
この間は本場の夢の国に一週間泊りがけで行ったし、アメリカの首都でショッピングをしたりもした。
「今回はお前の通ってる大学に行く」
「……はぁ」
何も面白いことはないと思いますよ?と言っても、それでもいいと言う。何だか釈然としないまま私は頷いた。まぁ、用事もあるしついでに片付けさせてもらおう。
大学に着くと、西園寺翔也を案内しつつ私は自分のゼミの教授の元を訪ねた。オフィスに入ろうとすると他のゼミ生もいたようだったので後でまた訪ねようとしたのだが、向こうの方から扉を開けられた。
「やぁ、美鶴ちゃん」
「あれ……霧崎さん」
霧崎悟さん、22歳の同じ大学4年生の日本人のゼミ生だった。
彼とは日本人同士ということで去年からの付き合いで先輩であり友人であり、卒業論文のこともありここのところ特に相談をしていた人だった。非常に優秀で、教授のヘルプとして論文を書いていたりもする。だが、驕ることなくおおらかで人当たりが良い。私にとっては話も合うし、接しやすい人だった。
「あの、お取り込み中ではなかったのですか?」
「全然。今は教授が手が離せないようだから、僕がオフィスを訪れる人の対応をしているんだ」
「そうですか!霧島さんは優秀ですからね」
邪魔ではなかったことにホッとして微笑むと、霧島さんも笑ってくれた。
「そんな、飛び級している君には負けるよ。それで、美鶴ちゃんは何の用できたの?」
「この間の演習で出されたレポートの課題のことで少し悩んでいることがあって」
「あ、もしかしてあの成長理論のところかな?」
「そうなんです!どうもしっくりこなくて書き出せないんですよね。それでちょっと相談に」
「僕も同じところで引っかかってね。さっき教授に聞いたから、シェアするよ」
「本当ですか?嬉しいです!それでは早速ですけど……」
そう言って私は霧島さんが座っているデスクの隣にある椅子に座って近寄る。彼のPCの画面を覗き込もうとすると、そこで邪魔が入った。
「おい」
……すっかり忘れていたわ。西園寺翔也が同じ空間に居たんだった。
「ああ、すみません西園寺さん。用事が終わるまで他のところを回ってもらって構いませんよ?」
大学を見たがって居たし、私に付き合って時間が取られるのも効率的ではないのでそう提案したのだが、西園寺翔也は頷かず、その顔はぶすっとしたままだった。
「いや、俺もここにいる。それよりも、お前はその男から離れろ」
「……はぁ?」
離れたらPCの画面が見られないではないか。その不満を隠さずに西園寺翔也を見遣ると、霧島さんは何を思ったのか私の肩に腕を乗せてきた。……というか、抱き寄せられている感じになっている。
その様子を見た西園寺翔也は、まさに鬼の様な形相でこちらに迫ってきて強引に霧島さんと私を引き離した。
「行くぞ」
「え!?ちょっと西園寺さん!私はまだ用事が」
「行・く・ぞ」
「……すみません霧島さん!後でメールでそのアウトラインを送信していただけると嬉しいです!」
オフィスのドアから出てしまう直前にそう霧島さんに言うと、彼は含んだ笑顔を見せて「わかったよ。じゃあまた今度ね」と言って手を振っていた。
何故こうもこの男は強引なのか。回避しようとしているのに会いに来たり、強引に婚約を結んだり、強引に会いに来たり……。何故私が思うとおりに行動してくれないのか。……本当にイライラする。
「お前、俺が誰だか理解しているのか」
強引にまた車に乗せられた私に、西園寺翔也は半ば睨みつけるようにしてそう尋ねてきた。
「……西園寺グループの跡取りである西園寺翔也様です。」
「そうだ。そしてお前はそんな俺の婚約者だろう。他の者が誤解するような行動は慎め」
「そんな行動をした覚えはありませんが」
「先ほどあの男にしていただろう」
研究でわからないところを先輩や友人に聞くことがどうしてそのような行動になるのだろうか?全く理解できない。首を傾げると、西園寺翔也は痺れを切らしたように私をシートに押し倒した。
「……!?何をするのですか!」
「お前は!俺という婚約者がありながら他の男に媚を売るのか!」
「そんな事してないじゃないですか!霧島さんだってただ親切心で後輩の私を助けようとしていただけで」
「あの霧島という男は、お前に気があった。お前も満更ではないのだろう」
「……っ!」
それがなんだというのだ。霧島さんはいい人だし、話も合う。ルックスだって良いし家柄もいい。憧れるのは当然だろう。それの……
「何が悪いのですか!あなただって、学園で密接に関わる女性がいるのでしょう?私にとってそれが霧島さんだっただけです!」
「……何?」
今まで溜まっていたフラストレーションが溜めきれなくなって、一気に吹き出す。
「大体!政略的な婚約で、その体裁を整える為に私にこうも関わってこようとするのでしょうけど!正直言って大変迷惑なんです!研究の時間が取られてしまうし!学園に好ましい女性ができて好きでもない私のところに来るのはあなたも嫌だったのでしょうけど、私だってあなたといると本当に苛々するんですよ!」
「……政略的……?体裁……?学園に、好ましい女性……?」
西園寺翔也は困惑した様子で私を見つめてくる。それが更に私の怒りを増幅させた。
「だから!他に好きな人が居るのに政略的な婚約の体裁をとるためだけに邪魔な婚約者である私に関わるのはもうやめてくださいと言っているんです!」
そう言い切ると、私はちょっと清々しい気分になった。もしかしてこれでもう西園寺翔也から解放されるかもしれない。
西園寺翔也は私の言葉を聴いて、目を瞬かせている。私はもういっそ全て言いたいことを言ってやろうと口を開いた。
「強引に婚約者にしたり、私の自由を制御するようにこうやって定期的に訪ねてこられて、私がどれだけ憤りを感じていたかお分かりになりますか?そんな時間があれば研究したり勉強したり、友人と遊んだりすることだってできたのです」
そう言うと、西園寺翔也は眉間に皺を寄せた。
「それは、俺が邪魔だということか」
「正直言うとそういうことになりますね。私のことを好きでもない婚約者に時間を割かれるのには本当にうんざりしています」
「……!」
西園寺翔也は私のその言葉に驚いたような素振りを見せた。それからしばらく沈黙したあと、彼は口を開いた。
「……それならば、あの霧島という男だったら良いというのか?」
どうしてここで霧島さんが出てくるのだろう?そうは思ったが、私にとって彼は尊敬する人物であり、将来私に訪れると予想される未来が回避されたならば、生涯のパートナーでも良いと思っていた人だ。
「そうですね。霧島さんは研究のことでも話も合いますし、接しやすいですから」
そう言うと西園寺翔也の瞳は苦しげに揺れた。私はそんな彼から逃れようと腕に力を入れていると、何を思ったのか彼が顔を近づけてくる。そして。
「……!?」
私の唇は、彼のそれで塞がれた。
一瞬何が起こったかわからなかったが、すぐに我に返り逃れようとする。だが、西園寺翔也は一向に離す気配が無く、息ができなくなって唇を開いた私の口の中にぬるりと熱いものが入ってきた。
「ん……っ!」
抵抗を続けていたが、徐々にその力が弱まってしまう。それからは思考が痺れたように何も考えられなくなった。
それを見計らったのか西園寺翔也はようやく唇を放し、それから私の耳元に口を近づけてそこに口づけをするように囁いた。
「他の男の事など考えられないようにしてやる……」
ゾクリ、と私の中に何かが走った。
それからはもう、何が何だかわからないうちにいつものように西園寺翔也が取ったホテルのスウィートルームに連れ込まれ、断固として拒否していた一線も簡単に超えられてしまった。
その時のことは口に出すのもはばかれるが……手つきは予想外に優しいもので、固く閉ざしていた筈の感情が溢れ出しそうになった。
西園寺翔也は、俺様キャラではあるが言うまでもなく大変見目麗しい。その上前世の私のバイブルであった少女漫画のヒーローだったのだ。そんな彼をこの世界が少女漫画の世界だと気づいた頃から見てきて、私が何も感じないわけがなかった。
ーーー私は、いつの間にか彼を愛しいと思っていたのだ。
だが、そんな感情を持ってしまえば少女漫画と同じように彼に固執してしまうかもしれない。そして、漫画の展開通りに私は悪役になってしまうのが怖かった。だからその回避のために色々理由をつけては感情を押し殺して来たのに。そのことを思い知らされ、私は西園寺翔也の腕の中で意識を飛ばした。
「……なんですって?もう一度おっしゃってください、お父様」
卒業論文も出して、無事に大学卒業の資格も得ることができ、あとは残りの授業を受けるだけだった私に、突然両親がアメリカまで押しかけてきた。そして、私は信じられない言葉をお父様から聞くことになったのだ。
「だから、大学を卒業したら日本に戻るんだ。流石にまだ婚約者の西園寺くんと結婚するには高校生だし世間体的にどうかと思うから、桜ノ宮学園の高等部に再転入という形にしておいたよ」
「待ってください。大学卒業するのに、また高等部に通う理由がわかりません」
「だって日本社会だよ?16歳でどの社会的集団に属していないというのは世間体が悪いし、それにまだ美鶴には学校で人間関係を学んで欲しいんだ。ちなみに、もう手続きは済んでるから取りやめはできないよ」
そのお父様の言葉に、私は絶句した。
これは、物語の強制力というものだろうか。今まで私が回避のために行動してきたものが全て水の泡になる様な気がして、ぞっとする。
そんな私の様子を知ってか知らずか、お母様が口を開いた。
「あなたったら、美鶴がそばにいないことが寂しいのだと正直に言ったらいいのに。……でもまぁ、美鶴。西園寺さんの息子さんも桜ノ宮学園に通っているでしょう?今まであなたがアメリカ(こっち)で生活していて彼の方が訪れて来てくれていたけれど、今度は同じ学校に通って、二人の仲を育むのも良い経験になると思うのよ」
「それは……そうですけれど……」
まさか、その婚約者から逃げたいから戻りたくありません、なんてことを両親の前では言えなかった。婚約をした時に喜んでいたから、きっと悲しい顔をさせてしまうだろう。
ここで私がどんな言葉を出してもいい方向に転がらない気がして、結局私は両親の言葉通りに数ヵ月後には桜ノ宮学園の高等部に編入することになる。
そこで対峙することになるのだ。ーーー物語のヒロインと、ヒーローの二人に。