第1章-第1話 新しい領主さま
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「なっ。」
異世界での新生活は、公爵さまで年金生活者だぁ。と喜び勇んで異世界に来たというのに、セイヤから返ってきた答えに思わず、絶句してしまった。
国を2分する戦いに勝利したものの、そのために払った犠牲が大き過ぎたのである。
国の主力であった左軍は、一般兵は負傷者の大半が銃撃によるもので、1人1人銃弾を摘出後、治癒魔法を掛けたので死者は少なかったものの、今まで味わったことの無い負傷のため退役者が続出した。しかも将校の6割以上が失われ壊滅状態。
近衛師団もヤン団長を含め、ジャン公爵側に付いた団員の内半分は死に、もう半分は懲戒処分を受けたため戦力半減。
一番被害が軽かった右軍でさえも戦力2割減と惨憺たるものだった。
それを引き起こしたジャン公爵に味方した貴族は、降格及び世代交代を強制された。本来ならば一族全て処刑すべきところだが、戦争を前にして、これ以上戦力を落とすわけにはいかない。苦渋の選択をセイヤがしたのが本当のところだ。
しかも、一番近い血縁には俺が居るのだ。一族全てに対して何らかの処罰を与えるなら、当然俺に対する処罰の声を上げるものが出てくるのが必至なため、それらの行動を見越した選択らしい。
領地割譲などの恩恵が得られなかった中立派とセイヤに味方する貴族達の怒りの矛先は、ジャン公爵の血縁であり、一時は傀儡として即位寸前だった俺へと向かった。新公爵への就任は、それらの貴族達が大反対し頓挫してしまったらしい。
「しばらくは、王国の運営にも支障が出そうなんじゃ。すまんのう。ただ、全く爵位を持たない王族というのも、過去にただ1人もおらんでの、士爵位とすることにしたんじゃ。士爵ならば、王の一存で決めれるからのう。しばらくそれで我慢してくれ。」
よりにもよって、公爵が士爵だなんて、下がりすぎではないだろうか?もしかして素直に王位を受け取らなかった俺への意趣返しなのか?それとも、これから扱き使うための布石なのだろうか。よっぽど、俺が不信そうな目をしていたのか。セイヤが慌てて付け加える。
「ただの士爵位でない。襲爵可能な爵位なのじゃの。しかも、王室の直轄地の領主という役職付きじゃ。」
やはり扱き使う気満々のようだ。しかも領主だと、本気なのだろうか。
「ちょっと待った。俺は7日に1度しか来れないのだぞ。それで領主が務まるのか?」
俺は思わずセイヤに問いただす。
「それは、問題ないのう。領土の運営は、各地の管理者に任せておけばいい。トムには、王室から方針を伝えてもらうのが主な仕事だのう。トムなら『移動』でひとっ飛びだから、楽なものだろう?」
俺は伝書鳩か何かか?まあ、できることと言ったらそれくらいなのだろうし、仕方がないか。
「あとは、その土地の住民が困っていること。例えば、魔獣の討伐などに精を出してくれればいいのう。」
この頃には、先の内戦の時にライフルの威力を見せたのが功を奏したのか。魔獣の討伐くらいでは、何も言われなくなった。もちろん、護衛は必要だったが・・・。
「それなら、できるか。」
「あと、肝心なことを言い忘れておった。俺は左軍の将軍を兼務して建て直しを図るから、右軍の将軍を務めてくれ。」
う、俺について来る奴なんかいるのか?
「俺なんかでいいのか?」
「ああ、大丈夫だ。先日の戦いぶりで右軍からトムを揶揄するものは居ないぞ。そういえば、フォリー大尉もトムの指揮官ぶりを褒めておった。」
あのときは無我夢中だったから、どんな指揮をしたか覚えていないのだが、指揮というよりは真っ先に飛び出した覚えしかない。
・・・・・・・
早速俺達は、馬車で領主を勤める直轄地へ向かった。
王室の直轄地は、王国の領土の外周部にあるという。王都の北部には、高い山が聳えており、さらにその先に俺が領主を勤める直轄地はあるらしい。その直轄地に向かうルートは、山裾の西部を大回りしていく。
山の東部には、広大な湖が広がっておりそちらを通るルートは無いという。途中、何度も馬車が止められる。同行してくれている王宮職員に話を聞いた。この職員は、そのまま管理人として直轄地の運営に携わるらしい。
「ここは関所です。王宮の周囲には、その土地を治める貴族達の土地があります。その土地ごとに関所がありまして、そこでは、こうやって列を作って審査という名目で通行料を取っています。この馬車には王室の目印である旗をつけているので最優先で通れますし通行料も審査もありませんが通る際には、こうやって一度止められるのです。」
「通行料を払うのか。では、外周部に近い住人が王都で物を売ろうとした場合、随分高いものになってしまわないか?」
「ええ、ですから各村で隊商を組み、一度で運べる荷を多くすることでしか物を売りにはいけないようです。」
「それは、大変だな。」
「でも、各貴族に与えられた土地は、ごく狭いものなのでそうしないと収入が出ないというのが現状ですので、王国としても規制できないんですよ。」
さらに面倒なことに、関所で止められてこちらが王室の人間だと知れると領主の屋敷に招待された。今、王室の男は陛下以外に俺しかいない。領主の屋敷では歓待どころか内戦でどれだけ被害を被ったかの嫌味を聞かされるハメになった。
「トム殿は、温厚すぎます。あれだけ嫌味を言われて動じないのは、凄いと思いますが先の内戦ではトム殿に落ち度は無いですし、トム殿は王室の一員ですので例え相手が伯爵であろうと侯爵であろうと叱りつけても、全く問題はありません。」
「そうなのか?」
「それどころか先程のように、謝りの言葉を仰ってはダメです。」
「そうなのか?しかし、内戦で迷惑を掛けたのは事実なのだから・・・。」
さっき面会した領主とは、嫌味を1時間ほど聞かされて面倒になってきたので、さっさと謝って逃げようとしたのだが、それは問題だったようだ。
「貴方の言動は王室の言動なのです。そこのところをよく考えて・・・、・・・言い過ぎました。すみません。私のほうこそ王室の人間に、こんな口を利いてはダメですね。」
俺は慌てて取りなす。彼女が居ないと俺の領主生活は成り立たないのだ。
「アヤ、謝らないでください。王室の人間として甘いのは自覚してますから、貴女が頼りなんですから。」
この王宮職員は、侍従長のお孫さんだそうだ。
「・・・。わかりました。ビシビシいきます。」
頭を下げていた彼女が顔を上げると口角を上げている。どうやら、彼女の意図する通り動いてしまったようだ。
「お手柔らかにお願いします。」
セイヤからは、彼女が俺の側室候補であることが伝えられている。セイヤには王族を増やすことに積極的に協力すると伝えてあるし、さつきも了承しているので問題は無いはずなのだが、なんとなく割り切れないものを感じてしまう。
しかも俺には、もう1人側室候補が居るらしい。俺の王都の住居はジャン公爵邸を接収し、再利用するらしいのだが、そこの女主人が既に決っているということだった。その女主人は、とある男爵令嬢でヤン団長の婚約者だった女性だ。
親である男爵はセイヤ側近の貴族らしいのだがキズ物になってしまった娘を無理矢理、俺の側室候補にねじ込んできたらしい。まだその女性とは会っていないが、元婚約者の仇である俺に対して、どんな感情を向けてくるのだろうか。
・・・・・・・
朝、王都を出発して、夕方にやっと俺が受け持つ直轄地の一つの村に到着した。俺の受け持つ土地は一応繋がってはいるのだが王都の北部にある山や湖に遮られ山裾に点在する。
この土地の以北から国境付近まである農地の農産物が主な収入という、のどかな村々だ。その村のうち比較的大きな村に領主の屋敷があり、そこが俺達、いや、管理人であるアヤの住処になるらしい。
新しい領主が来るということで、近隣の村々からそれぞれ代表者が集まり、宴を開いてくれた。
「ここに、王室の方がいらっしゃるなんてよ。何年ぶりじゃろうか。しかも、こんなべっぴんさんの管理人を連れてよ。」
宴の席は、無礼講と伝えてあったせいか、いろいろと気安く話しかけてくる。
「今、なにか困っていることは、無いか?」
「そうですなぁ。時折、山に魔獣が見つかるくらいでなにもないですなぁ。」
「オラ、困ってるだよ。領主様、助けておくんなせい!」
俺が質問すると、始めはなにも無いように言っていた人々も、1人が口火を切った途端、雪崩がおきるように、それに同意する意見が大勢を占めた。相当深刻な問題のようだ。
さて、いったいどんな問題が・・・。