第9章-第87話 いぞん
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さつきの背中に揺られながら、ようやく自社の社長室に辿りつき、電気コードを元通りに差しこみ。セイヤにスカイペで連絡して、別館のエアコンが問題なく付いたことを確認した。
「乗っていきません?」
「いや、遠慮したいな。」
さつきの運転が嫌なこともあるのだが・・・。自宅は、母が安値で購入したという母の思い出が多く染み付いた場所なのだ。今、考えてみると、母は『幻影』を使い、考えたくはないが人を騙して、自宅を安く買い叩いたのかもしれないし、少なくとも俺達家族の戸籍を作ったのは、彼女だろう。
彼女が父を愛していたことは、確かだと思う。しかし、愛する人の為なら他人を不幸にしてでも何でもできる人だったのかもという疑惑が今回の件で芽生えてしまった。
「では、ここで失礼します。」
さつきは、そう言うと会社の駐車場へ歩いていった。
俺は通りに出て、かつてマイヤーと過ごしたことのあるホテルに向かった。スマホで予約を取ると生憎と思い出のスイートルームは、空いてなくてジュニアスイートしかないという話だった。
ホテルにタクシーでたどり着き、フロントで手続きをしていると、肩を叩かれた。
振り向くとそこに居たのは・・・・・・・さつきだった。
「どうして・・・・。」
「それは、こちらが言いたいですね。自宅に帰られるのを見届けるまでが仕事なんですよ。タクシーを追うと、自宅へ向かわない。ホテルに入っていくじゃないですか。ここで誰かと待ち合わせですか?」
「・・・・君を待っていたんだよ。来てくれてうれしいよ。」
「え・・・そ・・・だ・・・・・・・・。」
そうなのだ。俺は、母の思い出深い自宅で1人で過ごしたくなかったのだ。だれかといっしょに居られるのがベストだが、まさか、ここ数日無理をさせているさつきに頼むわけにもいかない。ただ、マイヤーの思い出に浸って余計なことを考えないでいられるならとここを選んだだけだ。
俺が、うやうやしく手を差し出すと彼女の手が重ねられた。どうやら、まだ付き合ってくれるようだ。
ジュニアスイートは、ダブルベッドが2台並んだ。新婚さん向けの仕様になっていた。
「さつきは、着替えを持ってきているか?」
「いいえ。」
「なら、買いにいくか。地下にブティックがあるぞ。」
「ここは、だれかと・・・。」
「ああ、マイヤーを連れてきた。」
「そうですか・・・。」
「もう帰るか?」
「なぜです?そんな顔をして、帰れっていうのですか?」
「・・・・・・・・。」
「着替えなんて、なんでもいいです。お風呂に入りましょう。向こうではゆっくりできませんでしたし、いっしょに入りましょう。」
「いいのか?」
「いまさら、父のことでも思い出したんですか?もう遅いですね。貴方は私のもの。逃げるなんて許しません。」
彼女があきらかに芝居がかったセリフを言っているのは、解かったが俺はそれに甘えておくことにした。とにかく、今は彼女がいないと壊れそうなのだ。いや、今彼女に去られると絶対に壊れる。
・・・・・・・
広いベッドの上で小さく身体を寄せ合うようにして寝た。やはり、近くに温もりがあるのは、よく眠れるようだ。途中、夜中に自分の悲鳴で飛び起きたりしたものの、彼女が優しく頭を撫でてくれたので、またそのまま寝てしまったようだ。
「よく眠れましたか?」
「ああ、おかげさまでな。さつきは、起きていたのか?」
彼女の目元に、少し隈ができていた。
「ええ、貴方の寝顔に見とれていたの。こんなに可愛い貴方が私のものなんだなって。」
また、言ってる。もう追求しても仕方が無い。彼女は本気で言っている。物凄い節穴な目だけどな。
「なあ、俺と結婚してくれ!」
「はい、よろこんで!」
・・・・・・・
「本当に、着替えを買っていかなくてもいいのか?」
「逆に新品のブランドものを着ていっしょに出勤するほうが、恥ずかしいわ。」
そういうものなのか。しまったな。マイヤーと俺は、そういうふうに見られていたわけだ。
俺は、昨日の服をそのまま着た彼女に『洗浄』を唱える。
「これは?」
「ああ、気分はすっきりしないだろうが、汚れはとれる魔法だ。」
・・・・・・・
今日は念願のうなぎ料理店のプレオープンの日だ。いよいよ来週から、通常営業に移る。
さらに再来週から始る牛丼のスキスキでのうな丼の準備に入らなくてはいけない。こちらは自社の3階を改造して簡単なセントラルキッチンモドキを作る予定だ。異世界からうなぎ料理店では使えないが十分に美味しいうなぎを短時間だか、俺の中に展開した空間魔法に保存してこちらに持ち込む。
以前、空間魔法を展開したまま、帰ってきてどれだけの時間保てるか実験したことがあるのだが、半日で倦怠感がでてきたので、できるだけ近い場所で加工できるところを設置したかったのだ。
それを一食分ずつ、電子レンジ調理可能なようにして、タレで炊いたご飯と共に提供する。こちらは、1匹を4等分して800円、2切れで1100円の設定だ。下手をすると高級スーパーのうなぎより美味しいものを外国産のうな丼の値段で食べられるのだ。
もちろん、こちらも天然とか国産とかの文字は、コンプアライアンス上問題となるので未表示を貫くつもりだ。加工品を持ってきている以上、問題にならないはずだ。
もちろん、異世界から持ち込める数に限定があるので、各店舗で等分割するつもりだ。
・・・・・・・
うなぎ料理店は、基本的にプロジェクトに属する人間だけがスタッフとした。俺も今回は裏方だ。プレオープンでは2人。開業後でも3人居れば回せる。あれだけ、いろいろと気を配ったがきっと、クレームや問題が発生するだろう。そんなときにだけ俺が入ればいい。その姿を見ているうちに、スタッフが対処方法を学べばいいのである。
まず店舗入り口には、会員制の文字が大きく描かれている。たとえ、会員制だと知っていても、見落としたと言って入ってくる客は絶対にいる。
だが自動ドアの横には、ICタグの読み取り装置兼ミスリル鋼読み取り装置が設置してあり、かざすことでドアが開くようになっている。
プレオープンの際には、俺かスタッフが入り口付近に立って、招待状と引き換えに会員証をお渡しして、毎回自動ドアの開け方を説明する。これで同行者にも説明が完了するから、次来たときにわからないということもないだろう。念のためにスマホアプリにも自動ドアの開け方の説明をみることができる。
既にプレオープン前の時間帯だというのに、1人会員証を翳して入ってきた人物がいる。別に誤動作ではない。ゴン氏だ。
この店のカウンター席は、年間契約できる席が用意してあり、一定回数以上利用された会員に開放するつもりだ。それまでは、俺またはゴン氏が連れて来る客の席として利用する。もちろん、ゴン氏と田畑元会長は1席契約されている。
ゴン氏は、プレゼンが得意なので、きっとなにかを企んでいるだろうが。好きにさせておく、それがZiphone社内の統一見解なのだそうだ。まあ、氷水でも被ろうとしたら止める必要はあるが・・・。
・・・・・・・
「はい、おまたせ致しました。」
「おい、これじゃないぞ。先着10名のほうだ。」
「和義さん、開店前に入り込んでそちらを持っていこうとしますか?」
「早くくれよ。」
「じゃあ、代わりにお嬢さんをください。」
「ああ、わかった。あんなんでよければ持ってけ。さっさと出すのじゃ!」
俺は、腐らない袋からうな重を取り出して、ゴン氏の前に置いた。
程度の差はあれ、母親の性格は、しっかり主人公に受け継がれています。
本人は、気付いていないようですが・・・。
あと2話です。次は14時更新です。