第8章-第75話 じゃくてん
お読み頂きましてありがとうございます。
「お、お前なんだってここに・・・。」
彼女を紹介した途端、いつも取り乱したことなどない洋一さんがこれ以上ないというほど取り乱した。
「あなたこそ・・・。」
「なんだ。知り合いか?どんな知り合いなんだ?」
「元夫よ。」「元妻だよ。」
あちゃ。ここにも元夫婦が居たよ。
馴れ初めは例の雑誌で話題が出たことで頑固者同士ならば多少我慢できるだろうし、共感できるところもあるだろうということで、とんとん拍子で見合い、お付き合い、結婚へと進んでいった。実際には、双方とも猫を被っていたからだったりするらしい。
結婚式が済むと双方とも、一気に本性を出したらしい。一応、1年程結婚生活を送ったらしいのだが、彼女が日本とアメリカを行ったりきたりする日々を過ごすうちに、そのまま行ったきりになり、離婚したそうだ。
「ふーん。彼女のいいところは?」
洋一さんに話を振ってみる、憎しみあって別れたのだろうか。そうすると仕事に支障が出る可能性も考慮する必要があるだろう。
「そうですね。仕事に頑固一徹なところですかね。」
意外にもマトモな答えが返って来た。
「彼のいいところは?」
今度は反対にさつきに話を振ってみる。
「我慢強いところですね。」
やはり、こちらもマトモな答えだ。
「それだけ、分かり合っててなんで別れたのか?」
全く不思議なものだ。
「ダメなんですよ。鏡を見ているようで、自分と同じ嫌なところばかり目に付いてしまって。」
そういうものか。
「じゃあ、仕事のパートナーとしてなら、どうなんだ?」
「「信頼できます。」」
息までピッタリだ。じゃあ、何も問題はない。
「なら、問題ない。別に君たちの夫婦漫才が見たいわけではないのでね。」
まあ、見たい気もするがね。
・・・・・・・
「洋一さんの弱点くらいは教えてほしいな。」
「それを1人になったときに聞きますか。卑怯ですよ。どうせ、同じことをあの人に聞くんでしょ。こっちが教えれば、逆襲されますので、絶対教えません。絶対です。」
うーん。さすがにダメなようだ。洋一さん、弱点らしい弱点が無くて、本当に俺なんかが上司でいいのかなって思うんだよな。俺はそう彼女に伝える。
「ああ見えて、結構普通ですよ。苦手なものなんて、例えば、床を這い回る黒い虫なんかは、黄色い悲鳴を上げて逃げ惑いますわよ。」
「あんなもん、苦手じゃない人間を探すほうが難しいだろう。」
実際に俺も嫌いだ。特に飛んできたときは・・・。
「そうですか。私は、平気でハエ叩きで殺してティッシュで丸めてゴミ箱にポイでしたが・・・。洋一には、涙目でビニール袋に入れろって、猛抗議されましたけど。」
強えええ。
「・・・ああ道理で。俺がミスリル鋼の特別枠を持っていると漏らした時、あんなに必死に欲しがったのか。」
それを知っていれば、もっとからかってやったのにな。
「その話も聞きました。さっそく、自分のマンションへ取り付けるんだって、張り切っていましたわよ。」
ふーん。なんだろう、この感情は・・・。
「へえ、いまでも連絡は取り合っているんだね。」
「まあね。絶縁状態では無いですね。たまのメールくらいですけど。」
もう一組の元夫婦とは違いこちらは、冷め切ってはいないようだ。
・・・・・・・
牛丼のスキスキの臨時株式総会でうまくことが運んだとしても、まだまだ課題は多い。そのうちの一つである深夜営業について、俺は悩んでいた。基本的には、採算が合わない店舗は2時から5時までは準備中とするつもりだ。
厨房の火を落としたり、閉店開店処理など面倒な処理で人件費嵩むのは避けたいので現状の1人バイトシフトのまま、営業しない方針でいく。
ただ、深夜の国道などのトラック便向け店舗など、どうしても準備中にできない店舗は、最低限2人体制や例の取締役のコネを利用し、手近なアパートに柔道部員を誘致することで維持するつもりなのだが、その場合でも強盗が出没するのを避けられそうにないのが問題なのだ。
実はマイヤーに教えてもらった泥棒避けの魔法を使って、たとえ強盗が出没しても必ず警察に捕まれば、その内減っていくだろうと思っている。
ただ、あれには魔法を掛ける宝物が必要なため、警察に言い訳可能なものを用意する必要がある。宝物は、案があることにはあるのだがそれを揃える伝手がないので、スカイペのグループチャットでチーム内に情報を流したところ、意外な人物から返事が届いた。
千代子さんだ。さっそく、自社にチームを集合させて、打ち合わせを行った。
「強盗に対する見せ金の1万円札に神社のお札を貼り合わせるつもりなんだが、1万円札よりも少し小さいサイズのものを100枚ほど、最終的には全店舗に入れたいから、1000枚くらい必要なんだが大丈夫だろうか。」
俺が必要なものを詳しく彼女に説明する。
「ええ、うちの父が、東京の立石というところで神主をしているの。融通はきくと思うけど。」
へえ。聞いたことがある地名だ。
「そうすると、巫女さんもやったことがある?」
「ええ、ありますよ。」
好都合だな。
「一つ、問題があって、強盗が入って警察に引き渡すときにその術を破る必要がある。そのときにお札を真っ二つに引き裂く必要があるんだが、失礼に当たらないだろうか?」
「副社長って、陰陽師かなんかですか?」
今度は彼女から質問される。魔法使いじゃなくて陰陽師なのか。そうするとやはり・・・。
「ああ、それに近いかな。簡単な術しか使えないがね。」
「その術って、時間掛かったりします。」
「いや、ほんの数秒だけど。」
「うちの父に見せて頂いても構わないですか?」
「陰陽師に造詣が深い方なのか?」
「明字家は江戸初期まで陰陽師の家系だったらしくて・・・。」
「へぇ、千代子もなにか出来るの?」
「そうですね。紙飛行機を飛ばせるくらい。」
それまで俺と彼女のやり取りを静かに聴いていた面々が陰陽師と聞いて、途端に騒ぎ出す。
「「「「やって、やって!」」」」
彼女は、コピー用紙で作った紙飛行機を机から上空をくるりと一周させて机に戻した。
「「「「凄い!」」」」
風魔法が得意な魔術師のようだな。俺もあんなにコントロールできないぞ。結構レベルが高いかも。
「これくらい、トムにも出来るでしょ。」
「いや、真っすぐ飛ばすだけだよ。」
『ウインド』で飛ばしたあと、少し対抗心があったのか、『移動』で机の上に戻した。
「あ。ゴメン!業者を呼んで直して貰って!」
失敗した。下の床ごと移動したようだ。
いつも評価頂きましてありがとうございます。
同じネタは、形を変えて2度まで?
定番は何度でも(笑)